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『希望の国のエクソダス』:村上 龍【感想】|もはや日本に希望はないのか。そして、これが希望の国なのか。

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「希望の国のエクソダス」の内容

2002年秋、80万人の中学生が学校を捨てた。経済の大停滞が続くなか彼らはネットビジネスを開始、情報戦略を駆使して日本の政界、経済界に衝撃を与える一大勢力に成長していく。その後、全世界の注目する中で、彼らのエクソダス(脱出)が始まった――。【引用:「BOOK」データベース】  

「希望の国のエクソダス」の感想 

代背景が重要

  村上龍というと「Ryu's Bar 気ままにいい夜」というTV番組を思い出します。特に意味はないですが、余談です。

 それはさておき、この小説が書かれた1998年から2000年にかけての時代背景は、バブル崩壊による実害が表に出始めた頃です。実際のバブル崩壊は諸説ありますが、1990年代前半くらいと言われています。山一證券の自主廃業が1997年なので、まさしく抜け出せない不景気を実感している社会情勢です。また、Windows95が発売され、本格的にインターネットが普及し始めたのもこの頃です。

 それらの時代背景を認識した上で読む必要があります。何故なら、著者はこの作品で様々な問題提起を行っているからです。それらの問題は、この時代に抱えられていたものですので。 

待度は高かった

 物語の始まりは、ある事件から始まります。その事件がどのように展開していくのだろうと期待感を持って読み始めました。ただ、その事件は中学生の不登校のきっかけとしての位置づけに過ぎません。少し拍子抜けです。その後も、あまり盛り上がるところもなく平坦に物語は進み、読後に心に残るものがありませんでした。 

 なぜ、心に響かなかったのだろうか。おそらく、この中学生たちに共感出来ないからでしょう。日本の経済状況を絶望に陥れ、その状況を打開する未来を全く示せない大人たちを見捨て、自ら希望を作り出す。それは分かりますが、大人に対抗するために非合法な行為も辞さない態度が傲慢に見えます。特に暴力にも訴える様は、嫌悪感を感じます。

 社会のルールが大人に都合良く不公平だとしても、そのルールをはみ出して得た希望は単なる欲望の発露に過ぎません。ですが、中学生たちに欲望がないような描き方です。理解できませんでした。また、新しい事業を仕掛け成功していきますが、大人たちが作り上げた経済システムの中で新しい発想の事業を行っただけです。既存のシステムを否定した訳でもありません。

終わりに

 結局のところ、この小説の評価は中学生たちに共感できるかどうかでしょう。私は、前半の暴力に訴えるところで、拒否反応を示してしまいました。それと、これを読むには経済的知識がそれなりに必要です。後半は、かなり専門的な経済を読むことになります。私は、そこで理解できない部分も多々あり、もしかしたら面白さを逃していた部分もあるかもしれません。

希望の国のエクソダス (文春文庫)

希望の国のエクソダス (文春文庫)