読書LIFE ~毎日が読書日和~

本を読み、感想や書評を綴るブログです。主に小説。

ソロモンの偽証:宮部みゆき【感想】|タイトルの意味。それを知った時に全てが分かる。

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 文庫版を1年くらい前に購入していたのですが6冊というボリュームから、なかなか手が出ず積読状態になっていた小説です。ようやく読み始めましたが、もっと早くに読めば良かったと後悔しました。それくらい夢中になって読める作品です。超長編なのですが、そのボリュームを感じることはありません。 

 2002年から連載が始まり、2011年までの10年をかけて完結しています。2012年に刊行されていますので新しく感じますが。ある意味、古くもあり新しくもある作品です。これだけの超長編で10年という歳月をかけて書いているのも関わらず、物語に矛盾がなくあらゆる出来事がきっちりと収束しています。読み始めると先が気になり、どんどん読み進めていってしまいます。同じく超長編である「模倣犯」を一気読みした時の様に、あっという間に読み終わってしまいます。

「第Ⅰ部 事件」の内容と感想

クリスマスの朝、雪の校庭に急降下した14歳。彼の死を悼む声は小さかった。けど、噂は強力で、気がつけばあたしたちみんな、それに加担していた。そして、その悪意ある風評は、目撃者を名乗る、匿名の告発状を産み落とした―。新たな殺人計画。マスコミの過剰な報道。狂おしい嫉妬による異常行動。そして犠牲者が一人、また一人。学校は汚された。ことごとく無力な大人たちにはもう、任せておけない。【引用:「BOOK」データベース】 

 自殺と思われた一人の中学生の死が、とてつもない事件を引き起こしていきます。その事件のきっかけが「告発状」です。告発状が物語に登場してから、一気に事件は制御不能になり拡大していきます。その中で中学生たちは、ただ翻弄されていきます。

 この作品は、登場人物が多い。第Ⅰ部に出てくる人物だけでも相当な数です。読み始めてしばらくは混乱しました。大きく分けて、中学生・教職員・保護者・警察・報道記者といってところです。垣内美奈絵は別枠といったところかな。 

登場人物を覚えきるまで少し時間がかかりました 

 中心的な立ち位置にいるのは「藤野涼子」です。しかし、彼女の一人称だけで語るのではなく「野田健一」であったり「三宅樹里」であったりと、エピソードごとに一人称は変わります。登場人物たちの関係性や立場を丁寧に、しかもそれぞれに個性を十分に持たせて描いています。文庫2冊分ですから、次々起こる事件も、登場する人物もあますところなく描かれています。例えば、保護者と中学生の関係も各家庭によって状況は違います。保護者と中学生というステレオタイプ的な関係を描くのではなく、家庭ごとの中学生・父親・母親の個性を描き登場人物を形作っていく。そのことが、登場人物の行動を決めていきます。そして、違和感を抱かせません。 

「第Ⅱ部 決意」の内容と感想

騒動の渦中にいるくせに僕たちは何も知ろうといなかった。けど、彼女は起ちあがった。校舎を覆う悪意を拭い去ろう。裁判でしか真実は見えてこない!彼女の覚悟は僕たちを揺さぶり、学校側の壁が崩れ始めた…気がつけば、走り出していた。不安と圧力の中、教師を敵に回して―他校から名乗りを上げた弁護人。その手捌きに僕たちは戦慄した。彼は史上最強の中学生か、それともダビデの使徒か―。開廷の迫る中で浮上した第三の影、そしてまたしても犠牲者が…僕たちはこの裁判を守れるのか!? 【引用:「BOOK」データベース】 

 第Ⅱ部は、学校内裁判に向けた捜査です。中学生による捜査なので限界はあります。しかし、真相究明に対する確固たる熱意は十分に感じることができます。中学生にしては行動力が有り過ぎる気もします。かなりの大人たちが協力的なところもちょっと都合が良過ぎます。

 ただ、それ以上に物語の展開に引き込まれ、先述のような都合の良さはそれほど気にはなりません。登場人物はさらに増えます。 きっちりと整理し、頭に叩き込んでおかないと第Ⅲ部は困ります。 

「第Ⅲ部 法廷」の内容と感想

事件の封印が次々と解かれていく。私たちは真実に一歩ずつ近づいているはずだ。けれど、何かがおかしい。とんでもないところへ誘き寄せられているのではないか。もしかしたら、この裁判は最初から全て、仕組まれていた―?一方、陪審員たちの間では、ある人物への不信感が募っていた。そして、最終日。最後の証人を召喚した時、私たちの法廷の、骨組みそのものが瓦解した。 【引用:「BOOK」データベース】 

 裁判だけで文庫2冊分です。「長すぎるのでは?」と思いましたが、そんなことはありません。この辺りになると、結末はおぼろげながら見えてきます。それであっても、先を読み進めていってしまう表現力と展開に作者の力量を感じます。第Ⅰ部・第Ⅱ部での伏線が収束していき、予想していた結末以上の終わり方です。読み終えた充実感と小説の中の登場人物たちが感じたであろう充実感が重なり合うような感覚です。 

宮部みゆきさんのライフワークとも言うべきこの作品は必読です 

 タイトルの「ソロモンの偽証」の意味について、著者は次のように言ってます。 

敢えて説明してしまうなら、そうですね、最も知恵あるものが嘘をついている。最も権力を持つものが嘘をついている。この場合は学校組織とか、社会がと言ってもいいかもしれません。あるいは、最も正しいことをしようとするものが嘘をついている、ということでしょう。  

 この意味を是非、本作から読み取っていただきたい。 

終わりに

 ミステリー作品として「週刊文春ミステリーベスト10」で第2位、「このミステリーがすごい」でも第2位を受賞しています。自殺と判断されたある中学生の死が、自殺なのか?他殺なのか?もし他殺であれば犯人は誰なのか?それを学校内裁判で明らかにしていく訳です。と言っても、物語の前半で答えの大半は提示されています。読者にとってミステリーの答えは、既に最初の段階で分かっています。しかし、著者は登場人物たちがそこに至る過程を圧倒的な力で読ませます。中学生たちが何を求めて学校内裁判を行うのか。そこで何を得て何を失ったのか。それこそが、著者の描いていたことです。 

 刊行開始記念インタビューで、次のように述べています。  

一九九〇年に神戸の高校で、遅刻しそうになって走って登校してきた女子生徒を、登校指導していた先生が門扉を閉めたことで挟んでしまい、その生徒が亡くなるという事件がありました。その後、この事件をどう受け止めるかというテーマで、校内で模擬裁判をやった学校があった。それがすごく印象に残っていたんです。  

 この学校内裁判という設定は、決して突飛なものではありません。中学生ではなく高校生ですが自分たちの周りで起きたことを、このような形で真剣に取り上げた学校があったことには驚きました。 

 余談ですが、文庫の最後に掲載されている「負の方程式」についてです。藤野涼子の20年後の話を書いています。「負の方程式」は、是非とも「誰か」「名もなき毒」「ペテロの葬列」の杉村三郎シリーズを読んでから読んでください。そのほうが、数倍面白いでしょう。