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『しんせかい』:山下澄人|淡々と描かれる日記のような小説。芥川賞の理由はどこに?

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 第156回芥川賞受賞作。著者である山下澄人氏は、倉本 聰氏主宰の富良野塾の第2期生です。「しんせかい」は、山下澄人氏が富良野塾第2期生として過ごした1年間を記した自伝的小説と位置付けられるでしょう。

「しんせかい」の内容

19歳の山下スミトは演劇塾で学ぶため、船に乗って北を目指す。辿り着いた先の“谷”では、俳優や脚本家志望の若者たちが自給自足の共同生活を営んでいた。苛酷な肉体労働、“先生”との軋轢、地元の女性と同期の間で揺れ動く感情―。 【引用:「BOOK」データベース】  

「しんせかい」の感想  

説的な日記

  小説内では、倉本 聰氏を【先生】・富良野塾を【谷】と表現しています。「倉本 聰」「富良野塾」という固有名詞は一切出てきません。誰が読んでも倉本聰氏と富良野塾の話と分かることを、敢えて【先生】【谷】と呼ぶことには何らかの意図があるのでしょう。ただ、その意図がどういうものかは読み取ることができません。 

 先ほどから小説と言っていますが、小説というより日記に近いものがあると私は感じます。淡々と【谷】における日常生活を描写し、そこにいる同期生や1期生との生活を描く。著者自身の深い葛藤があったり、それを超えて成長があったりするようなことを読んでいて感じることがありません。富良野塾がどういうところなのか、そこで生活するのはどういうこのなのかを、日記もしくはドキュメンタリー的に描いているだけのような印象です。 

的がないから・・・

 そもそも著者は、俳優になりたいという強い願望から富良野塾に行った訳ではありません。俳優になりたいというより、現実から逃避する手段として富良野塾入塾を決めています。著者は関西出身ですが、遠く北海道の地にある富良野塾は現実逃避にはもってこい場所だったということです。なので、富良野塾での生活に積極的に意味を見出そうとはしていません。俳優になるための努力もしていません。ただ、日々に与えられた作業と授業をこなすだけの毎日です。それを文章で描かれても全く感情を移入することは出来ませんし、何を表現したいのかが理解できませんでした。

 また、著者が書いている同期生や1期生も魅力的な描き方がされていません。俳優・脚本家になりたい人々という形で一括りにされています。彼らは俳優・脚本家になりたいと考えている人たちなので、一般の人よりもかなり個性豊かな人たちのはずです。豊かで個々に異なる個性が、あまり伝わってきません。あまりにあっさりとした人物描写に加え、登場する人物の多さのために、最後まで誰がどんな人なのか頭に残りません。 

2期生同士で渾名を決めています。その渾名が一体誰のことを指すのか、頭に入ってこなかった 

 それともこの年代の若者は、自分の周りの世界との関わりが、このように薄いものだと表現しているのでしょうか。物事の表層でしか世界を捉えていない、ということを言いたかったのでしょうか。よく、分かりません。

終わりに 

 では、何を評価され芥川賞となったのか。選考委員たちの意見を一部ご紹介します。  

吉田修一氏

「たいていの十九歳は、自分がいる場所を生ぬるく感じている。(引用者中略)おそらく今作の主人公もまた、この生ぬるさが厭で、例えば「俺は誰かに胸ぐらを掴まれたいんだ」くらいの気持ちになって【谷】へ向かったのだと思う。ただ、やはりそこにも胸ぐらを掴んでくれるような人はいない。しかし、それが現実であり、人生であると気づく十九歳。この空振り感。そしてこの空振り感と出会えたことが、その後の人生をどれほど豊かにしたかに気づく五十歳。この三十年余りの距離こそが、本作を一流の青春小説に成らしめている。」

村上龍氏

「10名に増えた選考委員の、ギリギリ過半数を得て、受賞が決まった。(引用者中略)わたしの記憶と印象では、熱烈な支持も、強烈な拒否もなく、芥川賞を受賞した。」「『しんせかい』には、強烈な要素が何もない。そして、わたしは、「それが現代という時代だ」と納得することはできない。葛藤や苦悩や絶望、それにはかない希望は、複雑に絡みあった現実の背後に、また最深部に、まだ潜んでいると考える。」「つまらない、わたしは『しんせかい』を読んで、そう思った。他の表現は思いつかない。「良い」でも「悪い」でもなく、「つまらない」それだけだった。」 

山田詠美氏

「シンプル イズ ベスト。その美点を充分に生かしていて、だからこそ、ここぞというところで文章が光耀く。〈それでもこの星はものすごい速度で太陽のまわりを回っていたから、熱と光の最も届かぬ位置から抜け出して、春が来た〉……ただの文字の羅列が作者の采配次第で新品に生まれ変わる見本。お見事。」

堀江敏幸氏

「最小限の糸で自分の過去を縫う。それが山下澄人さんの「しんせかい」である。」「使っているうちに濁ってくる感情を縫う糸が、ところどころで切れている。にもかかわらず、読後、一瞬の間を置いてこちらの心がざわつきはじめる。「しんせかい」は、読者の胸にある。そこに惹かれた。」 

高樹のぶ子氏

「モデルとなった塾や脚本家の先行イメージを外すと、青春小説としては物足りないし薄味。難解だったこれまでの候補作にも頭を抱えたが、このあっさり感にも困った。青春小説とは、何かが内的に起きるものではないのか。」  

 宮本輝氏

「主人公である十九歳の寡黙な青年は、寡黙なのではなく語彙を持っていないだけであり、それはじつは作者その人の語彙不足なのではないかという懸念を払うことができなかった。」「実際に存在した北海道の演劇塾での一年間には、もっとどろどろした人間の葛藤があったはずだが、作者はそれを避けてしまっている。その点も大きな不満だった。」 

  結構、評価は分かれているみたいです。私は、村上龍氏の意見に同意します。

しんせかい

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