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『ちょっと今から仕事やめてくる』:北川恵海【感想】|追い詰められた時、逃げると言う選択肢を選べるだろうか

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 ブラック企業に勤める青山 隆が主人公。タイトルが「ちょっと今から仕事やめてくる」。タイトル通りの内容で、特に意外性もなく、淡々と読み進み、あっという間に読み終わってしまいました。テーマは、とても深いです。社会問題となっているブラック企業で働く人間がどれほど抑圧され、使い捨てられているか。それにどのように立ち向かっていくのか。著者は、実際にブラック企業に勤めている人たちに人生について訴えようとしています。ただ、そのテーマに比して内容が軽い。切迫感があまり伝わってきません。

「ちょっと今から仕事やめてくる」の内容

ブラック企業にこき使われて心身共に衰弱した隆は、無意識に線路に飛び込もうしたところを「ヤマモト」と名乗る男に助けられた。同級生を自称する彼に心を開き、何かと助けてもらう隆だが、本物の同級生は海外滞在中ということがわかる。なぜ赤の他人をここまで?気になった隆は、彼の名前で個人情報をネット検索するが、出てきたのは、三年前に激務で自殺した男のニュースだった―。 【引用:「BOOK」データベース】  

「ちょっと今から仕事やめてくる」の感想  

い詰められた感

 ブラック企業に勤める青山が、突然、小学校の同級生のヤマモトと出会うところから始まります。出会いの場での青山は、仕事に疲れ果て、まさしく人生を終わらせようとしていた瞬間です。そこをヤマモトに繋ぎとめられるのです。

 重要なのは、人生を終わらせようと思い詰めるくらいの状況を読者に伝えることです。そのことにより、読者が共感を覚えるのです。小説の概略でも「ブラック企業に勤める主人公」と説明されています。青山が勤めているのはブラック企業という前提です。ただ、そのブラックさが伝わってきません。そこまで思い詰める主人公にあまり共感できないのです。 

ラック企業の現実

 どのような会社なのかを伝えるエピソードや描写はいくつかあります。他の社員の前で罵詈雑言で叱りつける。仕事でミスをすれば怒鳴る。成績が上がらなければ怒鳴る。存在自体を否定される。確かに酷い上司ですが、社会に出れば程度の差はあってもこんな人はいます。そんな人の態度は直らない。私には、この小説における上司は、まだ許容範囲に感じます。今の若者は、そう感じないかもしれませんが。 

怒鳴り散らしてパワハラを行う上司がいいと言っている訳ではありません。念のため。 

 次に、長時間労働です。長時間労働がブラック企業の一番の問題です。作中の会社は、一応、土日休みのようです。ただ、仕事でクレームが入るなど緊急事態が起きれば、土日関係なく呼び出されます。青山は土日に呼び出されることについて、とても不満を抱いているようです。しかし、クレームが入れば土日関係なく対応に当たるのも、ある程度は必要なことです。もちろん、クレーム対応には、当事者だけでなく上司も含んで対応する必要があります。休日に呼び出されることだけをもって、ブラック企業と言っていいものかどうかも疑問です。 

 長時間労働のもうひとつの問題である残業です。残業は必要最低限の場合のみ認められるというのが常識です。この小説における残業は必要最低限のものなのか、それとも常態化した不必要な残業なのかがよく分かりません。最後に残業代が支払われていないという部分が出てきますので、残業においてはブラックなのでしょう。 

ブラック企業なら電車で帰れる時間に会社を退勤できないとも思ってしまいますが 

 さらに、会社内での競争のために、同僚が不正な手段を使って青山を陥れます。これは、その同僚の資質の問題であって会社とはあまり関係ないと思います。 

 青山にとっては耐えられないものであり、ブラック企業と認識したのでしょう。そして、追い詰められていったのです。人それぞれに感じ方は違いますし、青山が追い詰められるのであれば、ブラックなのかもしれません。ただ、ブラック企業と言うからには、説得力のあるブラックさを出して欲しかった。大学生とか新社会人くらいならブラックに感じるのかもしれませんが、ある程度社会で働いた人ならダメな会社だと思っても、ブラックかと言われれば微妙かもしれません。 

故、会社を辞めないか 

 以上の話は別にして、青山が追い詰められていることに変わりはありません。追い詰められていることを前提に感じたことについてです。青山は自分が追い詰められている原因を、会社でなく自分のせいだと思っていくところに不思議さがあります。また、それが非常に現実感を伴います。

 彼は自殺しようと思い立ちます。そこで最初の疑問が出てきます。どうして自殺を考えるなら、辞めてしまわないのだろうということです。しかし、この小説を読んで理由が分かった気がします。辞めるという選択肢が元々ないのです。会社が酷いと思っていながらも、自分に責任があるとも思っています。会社でなく自分に責任があるのなら、会社を辞めるという選択肢は出てこなかったのでしょう。それに加えて、辞めるということに怖さを感じているようにも見えました。 

 閉鎖した考え方と視野に、ヤマモトを名乗る男が関わることで青山が変わっていきます。しかし、ヤマモトを名乗る男は3年前に自殺していることを知ります。ヤマモトを調べていくことで、様々なことが明確になっていきます。

 死んだはずのヤマモトが目の前にいる理由。ヤマモトが青山と関わった理由。ヤマモト自身に隠された秘密。それらが、徐々に解明されていきます。青山がヤマモトの全てを知ったときに、タイトルに意味が出てきます。  

終わりに

 予想された結末になるので、物語としての面白みはあまりありません。それでは、この小説の最も言いたかったことは何だったのか。逃げることも大事なことだ、と言いたかったのでしょう。もちろん安易に何事からも逃げることは、自分にとってプラスではないでしょう。ただ、追い詰められ、どうしようもなくなった時は、逃げるという選択肢もあるんだということを伝えたかったのです。 

 息子を自殺で亡くした母親が言うセリフが心に残っています。彼女は次のように言って悔みます。

息子を育ててきて、彼に逃げることを教えていなかった

 逃げることを教えていれば、息子は死なずに済んだかもしれない。そう言って自分を責めるのです。

 小説としては、面白かったとは言い難い。いいテーマだと思うのですが、簡単に軽く書き過ぎたのではないでしょうか。しかし、心に残る部分があったことも事実です。映画化もされています。予告編しか見てませんが、映像の方が、ブラック企業ぶりが際立っていて、面白そうな感じがしました。