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私の消滅:中村文則【感想】|人間の本質とは記憶の積み重ねなのか

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 文学的ミステリーと表現すればいいのでしょうか。一度読んだだけでは、よく理解できません。著者の表現したいことが何なのかということだけでなく、ミステリーとしてのストーリーについても同様です。  

 混乱する要因は、誰の視点で物語が語られているのか分かりづらい点です。ただ、誰の視点なのかは、物語の根幹に関わる部分でもあります。読み始めれば、しばらくは混乱するはずです。しかし、読者が混乱することを織り込んで書かれているのでしょう。 

 この小説は一言で言うと「復讐劇」です。それを、 

  • 人間の本質とは何か?
  • 脳と記憶が個別の人格を形成する根拠なのか?
  • 積み上げられた記憶が操作されたものなら?

 など人間の存在の根幹を問う文学としての要素を取り入れています。その文学的・根源的な問いと、語られる文章の視点、そして独特な文章表現の難しさ。様々な要素が、この小説を難解なものにし、かつ読み応えのあるものにしているのでしょう。ただ、好き嫌いがはっきり分かれる小説だと思いますが。

「私の消滅」の内容

このページをめくれば、あなたはこれまでの人生の全てを失うかもしれない。不気味な文章で始まる手記―これを読む男を待ち受けるのは、狂気か救済か。 【引用:「BOOK」データベース】  

「私の消滅」の感想 

ステリーとしての「私の消滅」 

 ストーリーの軸は「ミステリー」です。なので、極力ネタバレしないように書いていきます。

 最初に感じたのは、話が全く見えないということです。少しだけ書きますが、別人の身分を手に入れた主人公(と思われる人物)が、コテージで手記を読むところから始まります。この手記が長いし、意味がよく分からない。文章の意味は分かるが、手記が何のために存在するのか全く見えてこない。謎ではなく、混乱を招きます。 冒頭は、その手記をただ読み続けていくだけです。重要な人物の手記であり過去ですが、そのことが分かるのは終盤です。

 終盤に、主人公の目的が復讐だと分かります。その目的が分かれば、それまでの経緯も理解できます。ただ、それが分かるのがかなり後です。それまでは、目的のために実施される行為の過程だけを延々と読まされます。それに耐えて、最後まで読み進まないと物語は見えてきません。

途中の式だけがあって、問題も答えも分からない数学の試験のようです。しかも、その式の順番もランダム。 

 ミステリー小説は、すべて読み終えた後に今までの出来事が腑に落ちるものです。全てが伏線として繋がり、物語を形作るからです。この小説は、あまりに複雑すぎて腑に落ちないのです。その理由は、物証がほとんどないからかもしれません。人間の本質としての記憶・脳の中身を扱っているからです。記憶は物証になりません。なので分かりにくいのです。 

間の本質とは 

 人間の記憶がテーマです。ミステリーの鍵であるとともに、著者が考える人間の本質を「記憶」という観点から切り取っています。 

  • 記憶を作ること
  • 記憶をなくすこと
  • 記憶を置き換えること 

 記憶の積み重ねが人間の存在の本質ならば、記憶に人為的な作用が施された時、人間の本質は揺らぐのか。ミステリーとして、この記憶の操作が最も重要な要素です。それが、この小説の最も重要なテーマになっています。

 ミステリーの最も重要な要素なので、あまり詳細には書きません。ただ、頭の中の話なので掴み取りづらい。その掴みにくい事象をベースに書かれているので、小説の筋が分かりにくくなるのは仕方ないのかも。 

く共感できない部分 

 登場人物に共感できないのではなく、著者の考え方に共感できないという意味です。手記の中で「宮崎勤」の事件が登場します。あとがきで、「宮崎勤」事件については自らの分析を書いたと言ってます。すなわち、この事件に対する著者の考え方です。そうであるならば、大きくふたつ共感できないことがあります。 

 まずは、精神疾患についてです。宮崎勤は解離性同一性障害(多重人格)を発症しつつある時に事件を起こし、取調べ・裁判を経るうちに進行していったと書いています。その解離性同一性障害が、幼い頃のいじめによるものだとも。宮崎勤が現実にそうであったとしても、それは個別的な問題であって一般論ではありません。ただ、書き方が一般論に感じます。解離性同一性障害を抱えている人は、幼児期に宮崎勤と同じようないじめを受けていると思わせるのです。そのように受け取られかねない。 

 次に、宮崎勤自身の話です。著者は、宮崎勤の解離性同一性障害がどんどん進行していき、死刑執行の時には犯罪を自分自身で行ったものと認識していなかったのでは?と書いています。逮捕後、宮崎勤の精神疾患が、どのように進行したのかは分かりません。著者の言うとおり、死刑執行の時には、自身の犯行と認識できない状態であったかもしれません。自分自身の犯行と認識していないのであれば、死刑執行された宮崎勤は事件当時とは別人ということになり、死刑になった宮崎勤は罪もないのに死刑にされた。著者は、そう書いているように感じるのです。 

本当に罪を犯した宮崎勤は、そこにはいないみたいな表現に取れました。 

 「宮崎勤」という実在の事件を扱うのは、とてもセンシティブなことです。事実以上の考えを書くのであれば、反対意見も述べた上で書かれなければなりません。小説の中での考えが、一般的・普遍的な考えとして受け取られる可能性があるからです。この点から考えると、不用意で危険な内容だと思わざるを得ません。 

最後に 

 否定的なことばかり書きましたが、あくまで1回読んだだけの感想です。この小説は、読む回数を重ねる度に違う側面を与えてくれそうな印象があります。もう一度読めば、全く違う受け取り方をしているかもしれません。

 テーマとストーリーが複雑に入り組んでいるから、読み取りにくい。しかし、その複雑さを紐解いてあらゆる事象を簡潔に繋ぎ合わせることが出来れば、もっと奥深いものを感じることが出来るのでしょう。