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『羊をめぐる冒険』:村上春樹【感想】|鼠三部作が、ここに終結する

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 鼠三部作の3作目です。この後に「ダンス・ダンス・ダンス」という続編が刊行されます。それが、どのような位置づけになるのか別にして、鼠三部作としては完結ということでいいのでしょう。
 「風の歌を聴け」は、現実の世界での物語と感じることは出来ました。現実世界の若者の心象風景を、村上春樹独特の文章で表現していました。「1973年のピンボール」で、現実感が薄まりつつありました。特に、主人公である「僕」のパートにおいては顕著であったように感じます。本作においては現実の世界を舞台にしていながら、そのリアリティは消滅していきます。観念的で抽象的な表現だけでなく、そこで起こる出来事までもリアリティから遠ざかっていきます。

 しかし、物語としては、今までの2作と比べて最も系統だったストーリーが展開されています。冒険というだけあって主人公が目的(自発的か強制的かは別にして)を持って行動していることが明確であるから、小説としては面白い。ただ、登場人物のセリフや心象は観念的・抽象的な部分が多くあることも事実です。

「羊をめぐる冒険」の内容  

あなたのことは今でも好きよ、という言葉を残して妻が出て行った。その後広告コピーの仕事を通して、耳専門のモデルをしている二十一歳の女性が新しいガール・フレンドとなった。北海道に渡ったらしい“鼠”の手紙から、ある日羊をめぐる冒険行が始まる。

美しい耳の彼女と共に、星形の斑紋を背中に持っているという一頭の羊と“鼠”の行方を追って、北海道奥地の牧場にたどりついた僕を、恐ろしい事実が待ち受けていた。【引用:「BOOK」データベース】 

「羊をめぐる冒険」の感想  

上春樹の小説の要素 

 村上春樹の小説で語られる事象には、いくつかの重要な要素があります。この小説においても同様です。
 最初に出てくる重要な要素は「喪失」です。この小説で「僕」は、様々なものを喪失します。冒頭に、妻が出て行ってしまう喪失から始まります。単なる離婚なのですが、「僕」にとって、それは別れではなく喪失と表現すべき事象であると解釈できます。妻を喪失した後に「耳専門のパーツモデル」であるガールフレンドと付き合うことになるのですが、それも将来訪れる新しい喪失を手に入れたに過ぎないように感じさせます。しかし、喪失が物語の展開のきっかけを作っていくのも事実です。

 次に、「羊」が最も重要な物語の要素です。「羊」が表すものとは一体何なのか。
 それは「悪」です。
 村上春樹の小説には、「悪」がしばしば登場します。それは、それぞれの小説において形を変えます。悪は、村上春樹にとって表現すべき重要な事柄なのでしょう。 

 最後に、この小説がリアリティを失う理由。それは、現実と異なる世界の出来事が起こることです。つまり、異世界の存在です。しかも、異世界の出来事こそが問題を解決するために重要であり、欠かすことの出来ないものであることは容易に読み取れます。その出来事が必要であるということが容易に読み取れるだけで、起こる出来事の意味を読み取ることが容易であるという意味ではありません。 

 この3つの要因について、感想を書いていきたい。 

「喪失」が物語の発端であることについて 

 物語の発端は、ある男が「僕」に羊を探すように依頼(強制)することです。その羊は、右翼の大物である「先生」の中からいなくなったと語られます。その段階で、男から羊の説明はなされますが、表面的で本質でないことは分かります。「僕」も強制されても、最初は探すつもりはなかったのです。 

 そこで、最初の「喪失」が意味を持ってきます。

 「僕」は、冒頭で妻を喪失します。彼女が出て行ってしまったことが、彼の心に喪失という空白を作ります。そして、ガールフレンドと出会い付き合うようになります。そのガールフレンドが「僕」を羊探しへと誘うのです。妻の喪失がなければガールフレンドと出会うこともなく、羊を探したかどうかも分かりません。そのガールフレンドとの出会いは偶然なのか必然なのか。必然であれば、妻との離婚も必然になります。全てが繋がっています。 

「喪失」が、様々な事象に繋がりを与えているのです。 

 羊を探すことになるのも、先生が羊を「喪失」したからです。先生の喪失と「僕」の喪失が繋がり、羊をめぐる冒険に出ることになるのです。「僕」が羊探しに出ることになり、共同経営者である相棒は「僕」を喪失します。僕は、現在の仕事も喪失することになるのです。「僕」にとっては仕事を手放すに過ぎないことかもしれないが、相棒にとっては喪失になるのです。他にも、鼠の頼みで、故郷の街の鼠が付き合っていた女の子に「僕」は会いに行きます。彼女は鼠を喪失したことに、どのように向き合い納得するのか分からずにいます。

 様々な場所で、様々な人間が、何かを喪失しています。喪失を受け入れることが出来なければ、それに囚われ身動きが取れない。前に進むためには、誰にでも訪れる喪失を受け入れなければならないということを表現しているのかもしれません。 

「悪」としての羊

 「羊が先生に入り、彼を右翼の大物にした」

 先生の秘書である男が言った言葉です。この内容だけでは、羊が悪であると断じることは出来ません。秘書は、どちらかというと羊を肯定的に説明しています。羊がいなくなったことによる損失、羊がいたことによる成果を説明するからです。羊がいなくなった先生はすでに意識不明の状態であるので、秘書の言うことが正しいかどうかも分かりません。ただ、非現実的な話です。 

 その後、「僕」は羊を探すために北海道を訪れます。宿泊先である「いるかホテル」で、羊博士と出会います。彼は、過去に羊に入られていた人間です。今は羊が去り、羊抜けの存在になっています。彼は、羊抜けとなった自分がいかなる存在かを語ります。その内容が、羊が望ましい存在でないことを示唆するのです。羊を追い最後に訪れた場所で、「僕」は鼠と再会します。そこで鼠が羊について語ります。羊が「悪」として存在していることが分かるのです。 

 羊が入るというのは、非現実的な話です。悪の象徴として羊が使われているならば、羊が入るということは悪に取り込まれることです。何故、羊なのかは分かりませんが。 

 羊は、非現実的世界における現実的出来事として描かれていると感じます。悪の暗喩として用いられると同時に、非現実的世界で実態と化した羊が存在しています。勝手な憶測ですが、そのように考えていいのではないでしょうか。羊が人間にとって悪であることは、物語が進んでいくことにより明らかにされていくのです。 

世界での出来事 

 人に入る羊を探すという非現実的な目的ですが、舞台となる世界は現実世界です。東京から始まり北海道へと移動しますが、それでも人々が生活する世界の話です。 しかし、羊を追い最後に到達した別荘で、その世界は変わります。現実の世界でありながら、非現実の異世界でもあります。なぜなら、すでに現実世界にいない鼠が存在する場所だからです。別荘に到着してから、「僕」は段々と現実から引き離されていきます。日が経つごとに、人々が生活する世界との距離が開きます。非現実の異世界が、すぐそこに存在していることを意識的・無意識的に感じているのです。そのことが、鼠との邂逅を可能にしたのです。 

 現実世界と異世界の境界のあいまいさ。それが、物事の境界のあいまいさを生みます。そして善と悪のあいまいさを生む可能性もあります。そのような中、羊は悪であり続けるのです。それは根源的な悪・絶対的な悪・普遍的な悪と言えるものです。悪は、状況や環境によって左右されるべきものでないということ。それを表現しているのでしょう。この小説における重要な3つの要素です。 

 次に、「僕」にとって重要な2人の登場人物です。 

「耳専門のパーツモデルであるガールフレンド」と「羊男」 

 ガールフレンドは、「僕」が羊と関わることを予言します。彼女の耳が、それを予言させたと言います。「僕」もその耳に惹きつけられています。彼女の耳は、一体何の暗喩なのか。それは、よく分かりません。ただ、彼女は確かに予言をした。そのことが重要です。

 東京から北海道、さらに別荘まで彼女と一緒に行きます。それは、彼女が「僕」をそこまで連れていく必要があったからでしょう。彼女は、「僕」が最後の目的地に着いたところで姿を消します。別荘にいた「羊男」に追い返されたのですが、最初から決まっていたような印象を受けます。そうして「僕」の前から完全に姿を消してしまうのです。 

ガールフレンドは役割を終えたのです。それ以上、留まることは許されなかったのでしょう。 

 次に、羊男です。羊男は、一体何者なのか。正体は語られません。ただ、羊男が存在する必要性については想像できます。
 別荘は、現実世界と非現実の異世界があいまいに混ざり合っている場所です。異世界に存在する鼠と、現実世界に存在する「僕」が再会するためには媒介する者が必要です。それが羊男です。「僕」がどれだけ異世界に踏み入れようとしても、現実世界で生きている限り踏み入れることは出来ない。

 羊男が存在した理由。「僕」と鼠を再会させるための媒体。そのために、鼠は彼を利用したのでしょう。媒体として存在することが、羊男の存在理由なのです。 

最後に 

 この小説で、鼠の物語は終わります。「僕」にとって望ましい結末ではありません。この物語で「僕」は多くのものを喪失します。しかし、それ以外の終わり方もなかったと感じます。

 「羊をめぐる冒険」では、多くの謎が残されます。 

  • 何故、羊は鼠を選んだのか?
  • 先生と鼠には関係があるのか?
  • ガールフレンドはどこに行ったのか?
  • 先生の秘書はどこまで知っていたのか?

 など・・・ 

 読めば、多くの謎が残ります。この小説に現実的な解決を求めれば、更に謎が増えていくでしょう。何度読み返しても、全てが納得できるようになるとは考え難い。しかし、三部作の中では一番ストーリーがある小説です。読みやすくもあり、読みにくくもある。そんな小説です。   

羊をめぐる冒険(上) (講談社文庫)

羊をめぐる冒険(上) (講談社文庫)