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『十角館の殺人』:綾辻行人|新本格ブームを巻き起こした「館シリーズ」の第一作

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 本格的ミステリーの秀作です。孤島に閉じ込められた7人の人物が、順番に殺されていく。「犯人は誰なのか?」「次は誰が殺されるのか?」緊迫感のあるストーリーに一気読みしてしまいました。ただ、30年前に発表された作品です。それを理解した上で読む必要があります。現在であれば、前提自体が成り立たない部分も多くあるからです。

 「十角館の殺人」は、終盤、たったひとつの台詞で犯人が明らかになります。そこから犯人の独白が始まり、動機・殺害方法など全てが明らかにされることになります。そこに至るまでに犯人に結びつく複線は、ほぼないに等しい。読み返せば辛うじて複線だったのかな、と思い至る部分はありますが。読者が推理を働かせて犯人を特定するためには、よっぽどの推理力が必要でしょう。それこそ名探偵である必要があります。 

 犯人が誰なのか。それを知ってしまうと未読の人に申し訳ない。なので、ネタバレなしを念頭に感想を書きます。あまり丁寧な感想になりませんが、ご容赦ください。 

「十角館の殺人」の内容 

十角形の奇妙な館が建つ孤島・角島を大学ミステリ研の七人が訪れた。館を建てた建築家・中村青司は、半年前に炎上した青屋敷で焼死したという。やがて学生たちを襲う連続殺人。【引用:「BOOK」データベース】  

「十角館の殺人」の感想  

たつのストーリーの同時進行

  孤島(角島)と本土
 このふたつの場所で、それぞれ違うストーリーが進んでいきます。繋がりは、登場人物が同じ大学の推理小説研究会に所属もしくは所属していたということです。ある手紙が本土にいる2人に届いたことをきっかけに、過去のある事故が浮かび上がります。その事故に角島の7人が密接に関係していたことにより、角島と本土のストーリーが絡み合ってきます。

 もちろん、直接的に角島と本土の彼らが接触する訳ではありません。元々、角島の7人は外部と接触できない状況ですから。ただ、その絡み方は物語の本質に迫るものなので詳しくは書きません。言えるのは、

  • 本土の2人は、角島で起こっている惨劇を知らない。
  • 角島の7人は、本土で届いている手紙を知らない。 

 という状況です。 

名でなくニックネームで呼び合うこと 

 推理小説研究会の部員同士は、著名なミステリー作家の名前で呼び合うことになっています。読み始めた当初、とても違和感がありました。子供っぽい話です。大学生のすることではないと感じてしまいます。研究会の伝統という理由付けはされていますし、その命名の仕方も説明されています。それほど深く考えずに読み進めていました。参考までに、登場するミステリー作家の紹介をします。

  • エラリイ(エラリ・クイーン)・・・アメリカの推理作家。フレデリック・ダネイとマンフレッド・ベニントン・リーが探偵小説を書くために用いたペンネームの一つ。代表作「Xの悲劇」「Yの悲劇」「災厄の町」など 
  • カー(ジョン・ディクスン・カー) ・・・アメリカの推理作家。代表作「火刑法廷」「三つの棺」「ユダの窓」「蝋人形館の殺人」など  
  • ルルウ(ガストン・ルルウ)・・・フランスの小説家。新聞記者。代表作「オペラ座の怪人」「黄色い部屋の秘密」「黒衣婦人の香り」 
  • ポウ(エドガー・アラン・ポウ)・・・アメリカの小説家、詩人、評論家。代表作「アッシャー家の崩壊」「黒猫」「黄金虫」「モルグ街の殺人」など  
  • アガサ(アガサ・クリスティー)・・・イギリスの推理作家。代表作「そして誰もいなくなった」「ポケットにライ麦を」「ABC殺人事件」 
  • オルツィ(バロネス・オルツィ)・・・ハンガリー出身の作家。代表作「隅の老人」「スカーレット・ピンパーネル」「レディ・モリーの事件簿」など 
  • ヴァン(S・S・ヴァン・ダイン)・・・アメリカの推理作家、美術評論家。代表作「僧正殺人事件」「グリーン家殺人事件」「カナリヤ殺人事件」など  

 物語の謎を明らかにする犯人の一言が発せられると、このニックネームで呼び合うことが最も重要な設定のひとつであったことが分かります。この設定がなければ、物語は成り立たなかったと言えるでしょう。 

0年前の発表作であること 

 30年前の発表作であることを理解しておく必要があると、先ほど書きました。何故なら角島に閉じ込められた7人は、外部と連絡が取れず孤立します。現在の大学生なら、当然、携帯電話を持っています。外部と連絡が取れないのは、携帯電話のなかった30年前だからこそ出来た設定です。 

 犯罪捜査に「DNA鑑定」が行われていないことも30年前だからでしょう。どの犯罪捜査で「DNA鑑定」が行われなかったのかはストーリー上重要なので書きませんが、現在なら当然「DNA鑑定」が行われる事件です。「DNA鑑定」が行われれば、物語中のある重要な仮説が成り立ちません。現在なら「DNA鑑定」が行われなければ違和感がありますが、30年前なら普通なのでしょう。 

 私が大きく気になったのは、この2点です。30年前に読んでいれば気にならないことであり、このことは作者のせいではありません。 

最後に 

 読み応えのあるミステリー作品であることは間違いありません。ただ、私が感じた腑に落ちない部分があることも事実です。あまり詳しく書くと、ネタバレしますので簡単に書きますと、犯人が完璧な計画を立てたと冒頭に言っておきながら、あまりに偶然に左右される殺し方ばかりだったと感じてしまう点です。終盤、犯人が独白する犯行内容を読んでいくと、穴だらけの計画だと感じてしまいました。唯一、アリバイ作りだけが緻密な計算によって行われていましたが。 

 だからと言って、ストーリー自体に面白さがないという訳ではありません。最初に言った通り、本格的ミステリーの秀作です。犯人が分かった時の驚きは読めば分かります。綾辻行人氏のデビュー作であり、多少粗削りな部分があるのでしょう。そういう部分を差し引いても、十分に読み応えがある作品です。