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『町長選挙』:奥田英朗【感想】|三度登場!とんでも精神科医「伊良部一郎」

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 精神科医「伊良部一郎」シリーズの第3弾。さすがに三作目になると、伊良部のインパクトは一作目ほどはありません。短編集なので、長編のように複雑なストーリー展開ができません。簡潔な起承転結に落ち着かざるを得ない部分が出てきます。それを、伊良部一郎という特異なキャラクターで面白い話にしていた訳です。ただ、伊良部の奇行に慣れてしまうと面白みは減少してしまいます。キャラが濃い分、余計にマンネリ化を感じてしまいます。 

 そのマンネリ化を防ごうとしたのかどうかは分かりませんが、この作品では今までと大きく違う点があります。患者が一般人でなく、実在の人物をモデルとしていることです。収録作品の「オーナー」「アンポンマン」「カリスマ稼業」「町長選挙」のうち、「町長選挙」以外は一般人ではありません。具体的な内容は各収録作品ごとに書きますが、とても濃いキャラばかりなので伊良部のキャラが薄まります。ただでさえ三作目で伊良部に慣れてしまっているのに、更に存在感が薄まります。作者のマンネリ化を防ぐ意図かもしれませんが。

 一般人とぶっ飛んだ精神科医「伊良部」という構図が面白かったのに、患者も一般人でなくなったら、読者としては共感できる人物がいない。加えて、この三作には実在のモデルがいます。読んでいればすぐに頭に思い浮かぶのですが、それが頭にチラついてしまいます。そのチラつきを、面白いと思うかどうかは読者次第かもしれません。 

「町長選挙」の内容 

町営の診療所しかない都下の離れ小島に赴任することになった、トンデモ精神科医の伊良部。そこは住民の勢力を二分する町長選挙の真っ最中で、なんとか伊良部を自陣営に取り込もうとする住民たちの攻勢に、さすがの伊良部も圧倒されて…なんと引きこもりに!?【引用:「BOOK」データベース】 

「町長選挙」の感想

「オーナー」 

 モデルは元読売新聞グループ本社社長の渡辺恒雄、通称「ナベツネ」です。小説中では、大日本新聞代表取締役会長で人気球団「東京グレート・パワーズ」のオーナー「田辺満雄」、通称「ナベマン」。それで、ストーリーが「プロ野球再編」問題。これほど分かりやすい設定はないでしょう。 

 権力を持った人間でも、心を病むことがある。むしろ権力を持っているからこそ、心の闇が大きくなる。そのことを「ナベマン」を通して描いているのでしょう。権力者も普通の人間ということです。その権力者に対して、いつも通り全くひるまず応対する伊良部のマイペースぶりが面白い。いつも人を振り回す立場の「ナベマン」が、伊良部に振り回される。いかにも伊良部らしい。それでも通院してしまう伊良部の不思議な魅力があります。「ナベマン」が何度も伊良部を訪れる気持ちも分からなくもありません。 

 「ナベマン」のインパクトが強いので、伊良部のキャラは少し薄まります。まともなアドバイスをしているようにも感じます。精神科医らしい一面が覗いています。「ナベマン」は暗闇と閉所が怖い。カメラのフラッシュもダメ。それを聞いて、伊良部は、 

暗闇と閉所は、きっと棺桶をイメージするからだろうね。
フラッシュで視界が白くなるのは天国。
やっぱり、田辺さん、死が怖いんだよ。  

 いかにも、精神科医らしい診断です。年配の方なら、同じ思いをされている人もいるかもしれません。ただ、伊良部は治療方針がおかしい。サングラスを着けたらいい、とか。最後は、ほっこりと温かいエンディングが用意されています。「ナベツネ」に気を使ったのかな、と思ってしまいました。  

「アンポンマン」 

 モデルは元ライブドア代表取締役社長CEOの堀江貴文、通称「ホリエモン」です。小説中ではライブファスト社長「安保貴明」、通称「アンポンマン」。これも分かりやすいし、小説中の人物設定もホリエモンを想像させます。 

 彼の病名は、若年性アルツハイマー。伊良部には、ひらがなが思い出せないので平仮名アルツハイマーとも言われています。「オーナー」で年寄りの患者を登場させたので、今度は若者代表として「アンポンマン」を登場させたのか。それとも、発行当時、ホリエモンは近鉄買収やニッポン放送買収など、世間を騒がせていたから登場させたのか。ストーリーも現実のホリエモンと同じように、ラジオ局ニホン放送買収やプロ野球球団買収失敗など、現実に沿ったストーリー展開です。

読んでいて、頭の中はホリエモンの顔ばかりが思い浮かびます。 

 アルツハイマーの治療というよりは、アンポンマンの世間に対する考え方が変化していく様子を主眼にしているのでしょう。伊良部の治療は、相変わらず無茶苦茶です。しかし、治療を通してアンポンマンが自分を見つめ直していきます。最後には「オーナー」と同じように、ほっこりと温かい結末で終わります。「アンポンマン」では、看護婦マユミがかなり重要な役割を果たしています。それも注目すべき点かもしれません。  

「カリスマ稼業」 

 最初、誰がモデルになっているのか分かりませんでした。東京歌劇団出身で、名前が「白木カオル」。女優で44歳。11年前に執筆されたことから年齢を逆算すると、現在50代半ば。そうすると、一人思い浮かびます。

 宝塚歌劇団出身の「黒木瞳」です。

 明確に黒木瞳に纏わるエピソードが出てこないのですが、これらの設定から考えるとほぼ間違いないでしょう。 

 白木カオルは、アンチエイジングに取りつかれた女優です。年を取ることに強迫観念を感じてしまう。老いることへの恐怖は、誰もが持っていることです。それが行き過ぎるとこうなるということでしょう。女優の視点からのストーリーなので、現実離れしたところは多くあります。元々、伊良部も現実離れしているからいいんですけど。

 ここでも、伊良部は結構、まともな診察をしています。太ることに異常な恐怖を感じている白木に向かい、  

太ったことないんでしょ?一度経験してみると怖くなくなるよ。人間っていうのは未知のものを恐れるわけだから 

  すごく納得してしまいました。マユミが解決したような終わり方でしたが、結局のところは自分が気付くかどうかなのだろう。  

「町長選挙」 

 本短編には、モデルがいないのだと思います。単に、私が思い浮かばないだけかもしれませんが。町長選挙は、これまでの3編と趣が違います。

  • 主人公の宮崎良平が、離島の役場の職員という極めて一般的な人物であること。
  • 彼の症状は、選挙の両陣営の板挟みから来る、統合神経失調症・情緒不安定という有りがちな症状であること。

 特異な症状を罹患している訳ではありません。

 「町長選挙」は、まさしく町長選挙が主役です。伊良部は、一人の登場人物に過ぎない存在です。そうは言っても、町長選挙がエスカレートするきっかけを与えるのが伊良部なのですが。離島の町長選挙の無法振りは凄まじい。現金が飛び交う。相手陣営を貶める。とにかく、当選するためには、どんな手でも使う。

 しかし、その裏にある離島の現実。島を思う気持ち。情け容赦ない選挙戦が心打たれる結末へと向かいます。登場人物それぞれに明確な役割があり、誰か一人が突出している訳ではない。非常識な結末ですが、納得してしまう愉快さもあります。  

最後に 

 「オーナー」「アンポンマン」「カリスマ稼業」は、最初に書いた通り一般人ではありません。共感しにくい登場人物です。しかし、彼らのような特殊な人物でも、我々一般人と同じ様に悩み、苦しんでいるということを描いていたのかもしれません。

 「町長選挙」においては、離島の現実を描くとともに自分の常識が世間の常識ではないということを描いていたのだと思います。東京では考えられない選挙は、島のことを大事に思う気持ちから生まれてきたもの。自分の物差しで測ることだけで、世界を見ることは出来ない。大事なのは、その裏にあることなのだということ。もちろん、贈収賄はいけませんが。 

 伊良部一郎を中心に物語を読めば、マンネリ化していて最初ほどのインパクトはない。しかし、伊良部も一人の登場人物として見れば、よく出来たストーリーだと思います。特に「町長選挙」は。

町長選挙 (文春文庫)

町長選挙 (文春文庫)