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『四月になれば彼女は』:川村元気【感想】|現在と過去。ふたつの時間軸で物語は描かれる

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 川村元気さんの本を読むのは初めてです。「世界から猫が消えたなら」の作家として知っていました。この本を読むにあたり経歴を調べてみると、あまりに有名な映画プロデューサーということを知りました。小説「世界から猫が消えたなら」も100万部以上を売り上げているようなので、才能豊かなクリエイターという印象です。  

 本屋さんで素晴らしく美しい装丁の本が目に入り手に取ってみると、この「四月になれば彼女は」でした。昔の彼女から届いた9年ぶりの手紙。物語は、そこから始まります。恋人との結婚を控えた現在の藤代。9年前、大学生の藤代。ふたつの時間軸を交差させながら、物語は進んでいきます。 

「四月になれば彼女は」の内容 

4月、はじめて付き合った彼女から手紙が届いた。そのとき僕は結婚を決めていた。愛しているのかわからない人と―。天空の鏡・ウユニ塩湖で書かれたそれには、恋の瑞々しいはじまりとともに、二人が付き合っていた頃の記憶が綴られていた。ある事件をきっかけに別れてしまった彼女は、なぜ今になって手紙を書いてきたのか。時を同じくして、1年後に結婚をひかえている婚約者、彼女の妹、職場の同僚の恋模様にも、劇的な変化がおとずれる。愛している、愛されている。そのことを確認したいと切実に願う。けれどなぜ、恋も愛も、やがては過ぎ去っていってしまうのか―。失った恋に翻弄される、12カ月がはじまる。 【引用:「BOOK」データベース】  

「四月になれば彼女は」の感想 

をテーマにした割には・・・ 

 主人公「藤代」を中心に、人を愛すること・愛されることについて描かれています。昔の恋人「ハル」からの手紙をきっかけに、

  • 婚約者「弥生」
  • 婚約者の妹「純」
  • 職場の同僚「奈々」

の3人との関係の中で、揺れ動く藤代の心が物語の中心です。ハルとの愛を取り戻すのではなく、ハルと別れた時に失った「愛」そのものを探す。 藤代が失ってしまったと感じている「愛」とは、一体どういうものなのか。何故、失ってしまったのか。取り戻せるのか。 

 淡々と綴られる日常が、読んでいて退屈さを感じる。愛や恋をテーマにしているからか、文章や表現・言葉・比喩などは美しく構成されています。ただ、藤代があまりにも感情の起伏を感じさせない。もちろん、感情の起伏を感じさせないことによって、愛という感情を失っていることを表現しているのかもしれない。 

それにしても9年ぶりのハルからの手紙を受け取っても、彼の感情にはあまり波風が立たないようだ。

 唯一、純との関係は生々しく人間的で現実感がありましたが、それ以外はふわふわと非現実的な印象ばかりです。綺麗な部分ばかりを詰め込んでしまった結果、内容が薄くなってしまったと感じます。愛というテーマでありながら、人の心の表面ばかりを綺麗に表現しただけの印象です。

トーリー展開

 ストーリーの展開の都合の良さも気になります。
 まずは、ハルが死んだこと。あまりに安直に、読者を悲しませようとする意図が見えてしまう。彼女と別れたことにより愛を喪失する。そして最後に彼女自身を失うかわりに、彼が愛を取り戻す。そういった流れでしょうか。出来過ぎ感が有り過ぎです。そして、ラストのカニャークマリで弥生を見つけ出すシーン。有り得ないでしょう。読者を感動させようとするあまり、非現実的な結末を作ってしまったのかもしれない。 

 淡々とした日常を綴るだけの展開から、ハルの死弥生との再会と大きな流れでエンディングを飾る。日常の中で愛を失ったのなら、日常の中で愛を取り戻してもいいのでは。  

最後に 

 表層的な美しい部分だけを、オブラートに包んだ表現と言葉で描いた小説です。ところどころに印象的な言葉があるのだけれど、登場人物たちに共感できないから心に響かない。愛は人の欲望のひとつだと思います。人の本質に係わる事柄なのに、綺麗にまとめ過ぎな感が否めない。映像化を念頭に置いて、執筆したのかもしれません。映像化するならば、これくらい綺麗な内容で劇的なエンディングが分かりやすいかもしれません。 

 あっという間に読み終わって、あっという間に記憶から消えていってしまいそうな小説でした。

四月になれば彼女は

四月になれば彼女は