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『フィッシュストーリー』:伊坂幸太郎【感想】|無音が及ぼした事象の連鎖が世界を変える

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 完全に独立した4つの中編から成る「フィッシュストーリー」です。収録作品は、「動物園のエンジン」「サクリファイス」「フィッシュストーリー」「ポテチ」の4作品です。文庫では中編と紹介されていますが、「動物園のエンジン」と「サクリファイス」は短編ほどのボリュームです。これまでも「死神の精度」「チルドレン」と短編集はあります。しかし、それらは連作短編集と表現できるものです。一貫した物語が存在します。この4編には、それぞれ関連性はありません。短編の中で完全に物語を終結させています。

 サクッと読めますが、読み応えがあるかと言われるとちょっと疑問かも。面白いですが、サクサクと物語が進んでしまうので物足りなさを感じてしまいます。贅沢な言い分かもしれませんが。 

「フィッシュストーリー」の内容  

最後のレコーディングに臨んだ、売れないロックバンド。「いい曲なんだよ。届けよ、誰かに」テープに記録された言葉は、未来に届いて世界を救う。時空をまたいでリンクした出来事が、胸のすくエンディングへと一閃に向かう瞠目の表題作ほか、伊坂ワールドの人気者・黒澤が大活躍の「サクリファイス」「ポテチ」など、変幻自在の筆致で繰り出される中篇四連打。爽快感溢れる作品集。 【引用:「BOOK」データベース】  

「フィッシュストーリー」の感想 

4作品なので、それぞれの感想です。 

「動物園のエンジン」  

夜の動物園で、元動物園の職員「永沢」は、シンリンオオカミの檻の前で寝ている。大学同期の恩田は、彼は「動物園のエンジン」だと言う。「私」と、河原崎さん、恩田の三人は、そんな永沢の奇妙な行動の理由を探り始める。 

 10年前の出来事の回想と言う形で物語は始まります。動物園が舞台の始まりですが、時間帯は「夜」です。そのことが、物語全体を暗くしている印象です。纏わりつくような空気が全編を通して伝わってきます。登場人物の会話や行動には伊坂幸太郎らしい軽妙さや可笑しさがあるのですが、「死」があちこちに出てくることも物語を暗くしている原因です。 

  • 小川市長の殺害
  • 先輩の河原崎さんの飛び降り自殺
  • シンリンオオカミの死

 同時に起こった死ではありませんが、多くの死が扱われているのは間違いありません。「夜の暗さ」と「死」。このふたつが、物語を重く沈めています。 

 物語が回想と言う形であるからか、掴みどころのない話になっています。元動物園職員の「永沢」の行動の話になったり、いなくなった「シンリンオオカミ」の話になったり。このふたつが大きく関わっていくのかと思えば、結末はそうでもありません。「永沢」のオチは面白いですが、「シンリンオオカミ」は可哀想かな。あっという間に読み終わり、物語も大きな起伏がある訳ではありません。  

「サクリファイス」 

「山田」という男を探す依頼を受け、小暮村を訪れた黒澤。人里離れたその村には、「こもり様」という生贄を差し出す風習がある。「山田」を探すため、村人に話を聞くうちに、黒澤は村の秘密へと迫る。

 表題の意味は、生贄(sacrifice)です。タイトル通り「生贄」が物語の主軸です。「ラッシュライフ」で登場したプロの泥棒「黒澤」が主人公です。副業である探偵としての黒澤が描かれています。冷静沈着で泰然とした黒澤は、伊坂幸太郎が描く登場人物の中でも好きなキャラです。冷静さが必要な泥棒と同じように、探偵も冷静で物事を推理する頭の良さが必要です。 

黒澤は泥棒だけでなく、探偵も似合っています。 

 「山田」を探すため山奥の小暮村を訪れたにも関わらず、そこに伝わる生贄の儀式に関心を引かれてしまう。現実的で合理的に判断する黒澤ですが、何故か首を突っ込んでしまう。黒澤と言う人物はクールで頭が切れる。謎解きをさせるには、絶好のキャラクターです。
「こもり様」に隠された秘密とは一体。
 それほど意外性のある結末ではありません。「こもり様」の謎を解き、さらに「山田」探しも終結させる。一気に終わらせたのは短編だからかな。伏線を引き回収する手法はいつも通りだが、短編なので回収を急ぎ過ぎに感じます。ただ、最後のオチは笑えます。黒澤も予想外でしょう。 

「フィッシュストーリー」 

「僕の孤独が魚だとしたら、そのあまりの巨大さと獰猛(どうもう)さに、鯨でさえ逃げ出すに違いない」という小説の文章を引用した曲があった。しかし、その曲には、演奏途中に突然、無音の箇所がある。その無音の箇所が、十数年の時を超え、未来を救う。

 表題作。「風が吹けば桶屋が儲かる」をミステリー風にアレンジし、軽快かつ巧妙に物語に構成した。読後には全てが繋がり、気持ちの良い爽やかさが残ります。 

 三十数年前、バンドのボーカルが録音中に放った心からの言葉。その言葉は消され、曲の合間の無音となっても彼の思いは残り続ける。とても浪漫溢れる物語です。単に過去から順番に物語を繋げるだけでも、その無音から起こっていく事象の意外さに引き込まれていくでしょう。 しかし「二十数年前」「現在」「三十数年前」と、時系列に沿わない形で語られることにより謎を生み出す。

  • 三十数年前に録音された曲の無音は、一体何を意味するのか。
  • 時間を逆に遡るのではなく入れ替えて構成する。 

 曲の無音が直接影響を及ぼしたのは、二十数年前の「私」。まずは、無音が直接影響を及ぼした事象を描く。そして、この事象が二十数年後の現在において、どのような影響を及ぼしているのか。無音が及ぼした事象の連鎖は大きく世界を変えていきます。 

まさしく、奇蹟を引き起こします。 

 現在においてハイジャックを撃退する「瀬川」の活躍は、爽快感と気持ち良さがあります。読んでいて一番心が沸き立つ場面です。そうやって、無音が引き起こした事象の繋がりを描いていく。読んでいくと、どうしても無音の理由が知りたくなる。そこで、三十数年前に戻り、無音の原因を描いていく。そこに込められた思いとともに。 

 世界の出来事の全ては、このような連鎖で成り立っているのだと感じさせます。そして、その連鎖は正の連鎖もあれば、負の連鎖もあるのでしょう。「フィッシュストーリー」は、正の連鎖の見本のようなものかもしれません。 

「ポテチ」  

大西は自殺しようとしたところを、どういうわけか空き巣の今村に命を救われることになる。それをきっかけに、二人は一緒に暮らすようになり、初めて一緒に空き巣に入る。掴みどころがなく何を考えているのか分からない今村だが、初めて一緒に空き巣に入って以来、今村の様子がどこかおかしい。その理由は、一体・・・。  

 4編の中で、一番好きな物語です。大西と今村の正反対な性格と行動。二人の漫才のような会話の掛け合い。伏線の張り方。この4編の中で、一番、今までの伊坂幸太郎らしい作品です。黒澤も登場することにより、二人の関係に絶妙なスパイスが入る感じです。

 今村の不審な様子は、大西だけならず読者も気になるところです。中編と言うことで、伏線の張り方も分かりやすい。伏線として描かれているんだな、と読んでいて分かります。そこから、結末も何となく読めてきます。しかし、結末が分かったからと言って、この物語がつまらないという訳ではありません。 

冷蔵庫のアイスに必ず名前を書くことを強要する今村。  

今村が生まれた時の産婦人科の混乱具合   

プロ野球選手の尾崎が同じ年で同郷 

 その他にも、伏線と分かる伏線はたくさんあります。その伏線から導かれる今村の秘密も早い段階で分かります。重要なのは、その事実を知っている今村の気持ちです。彼の気持ちはとても優しい。そして、彼の責任ではないのに責任を感じている。とても、心に迫ってくるものがあります。きっちりと救いも用意されています。それが、大西の何気ない次の言葉。 

 大西が頼んだ「コンソメ味」のポテチを買わず、今村は「塩味」のポテチを買う。それを食べ、大西は言った。
「塩味も食べてみたら意外に美味しいから」
「コンソメ食べたい気分だったんだけど、塩は塩で食べてみるといいもんだね。間違えてもらって、かえって良かったかも」
その言葉を聞き、今村は、無言で泣きじゃくり、ポテトチップスを口に入れた。   

  感動的で救われる結末が、心の響きます。 

最後に 

 短編と中編と言うこともあり、物語の展開は早い。伏線も分かりやすく読みやすくはあるのですが、物足りなさがあるのも事実です。伊坂幸太郎らしい軽快さや爽快感もところどころにありますが、やはり長編の方が伊坂幸太郎の神髄が発揮できると感じます。

  「フィッシュストーリー」と「ポテチ」は映画になっています。興味のある方は観てみては。私は、フィッシュストーリーは観ました。アレンジされていますが、面白かったです。

フィッシュストーリー (新潮文庫)

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