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『夢見る黄金地球儀』:海堂 尊|黄金地球儀を巡るドタバタ劇

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 海堂尊と言えば「医療ミステリー」を思い浮かべます。現役医師である海堂尊だからこそ描ける作品です。「夢見る黄金地球儀」は、医療から離れ、黄金地球儀を盗むドタバタコメディ劇と言ったところでしょうか。ドタバタ感とコメディ感が、やたらと目立ちます。しかし、黄金地球儀を強奪するスリリングさはあまり感じません。 

 登場する人物も少なめで舞台になる世界も狭く、ストーリーも黄金地球儀を盗むという目的のみです。複雑でないので読みやすいと言えば読みやすいのですが、物足りなさも感じます。著者の持ち味を十分に生かせる医療でなく、物理学の世界をベースに描いています。その物理学に、どこまでの信ぴょう性とリアリティを感じさせることが出来るのか。医療ミステリーから離れた著者が、作家としてどれほどの力量を見せるのか。 

「夢見る黄金地球儀」の内容 

1988年、桜宮市に舞い込んだ「ふるさと創生一億円」は、迷走の末『黄金地球儀』となった。四半世紀の後、投げやりに水族館に転がされたその地球儀を強奪せんとする不届き者が現れわる。物理学者の夢をあきらめ家業の町工場を手伝う俺と、8年ぶりに現われた悪友・ガラスのジョー。二転三転する計画の行方は?【引用:「BOOK」データベース】 

「夢見る黄金地球儀」の感想

性的な登場人物

 主要登場人物は、主人公の「平沼平介」と悪友「久光穣治」(通称ガラスのジョー)の二人です。この二人に、父親の平沼豪介や妻の君子。桜宮市役所管財課の小西輝一郎課長など個性的なキャラクターが次から次へと登場し、場を混乱させていきます。個性溢れる登場人物は、著者の魅力のひとつです。ただ、次から次へと普通でない人々ばかり登場させてくるものだから、段々と疲れてきます。登場人物が個性的で面白いのは間違いないのですが、段々と非現実的な人物になっていくような気がします。 

読み進めていくと、ストーリー上、都合の良い人物設定をしているだけのような気がしてきます。 

 物語の進行上、こういうキャラがいれば都合がいい。と言った感覚で作られているだけなのでは?面白い登場人物と、都合の良い登場人物は、全く違います。もちろん、どんな小説でも登場人物は役割を振られており、その役割のために作られているのですから、作者にとっては都合の良いのは当たり前です。しかし、その都合の良さを読者にあからさまに感じさせると白けてしまいます。登場人物の個性が都合よく作られていると感じてしまうところが、残念なところです。  

トーリーは

 突然現れた8年ぶりの悪友から持ちかけられた「黄金地球儀強奪」。時を同じくして、桜宮市役所から持ち込まれた黄金地球儀の警備依頼。警備と強奪の目的が同じ黄金地球儀というあまりに出来すぎた物語の発端です。物語の導入に自然さが感じられません。その後のストーリー展開も、ドタバタの中に都合の良い展開が続きます。状況が二転三転する度に、それに応じた新しい展開のための出来事が起こる。テンポがいいと言えば言葉が良いですが、ご都合主義と言えばそれまでです。 

 特に、平介の父の豪介が作った発明品が、その都合よさを際立たせてしまいます。彼が作った機械が、その後の展開に不可欠になるのが早々に分かります。伏線と言えるかどうかも疑問に感じてしまいます。そもそも深海七千という深海潜水艦を開発出来る技術力を持っている割には、町工場の雰囲気が漂う。ちぐはぐで整合性がないのでは。  

政批判?

 海堂尊は、どうしても行政批判を潜り込ませたい?医療ミステリーで医療行政に対する批判を含んでいるのは、特に違和感を感じません。逆に、現役医師だからこそ提言できることもある。それをミステリー小説という形で読者に伝えるのは、ひとつの方法として受け入れやすい。 今回はふるさと創世一億円の無計画・無軌道な政策と、それを活用できない地方行政の無能ぶりを表現しています。そして民間を食い物にして、保身を図る身勝手さも。 

 基本的に行政は悪者という形になっています。医療行政に関わる話なら分かります。著者は、医療行政の渦中にいる医者だからです。しかし今回の行政に対する批判は、一般人の保有する程度の批判にしか感じません。感情的な行政批判を、小説の中で悪者という形で表現しているように感じます。

 確かにここで描かれている行政の姿は、正しいのかもしれない。ただ、全ての行政が無能で無慈悲だと誤解を生んでしまいかねない印象を与えてしまいます。 

最後に

  全体的な印象としては、可もなく不可もなく。特筆すべき面白さは感じませんでした。全くつまらないという訳ではないのですが、物語の全てがわざとらしく作られたような印象を拭えません。登場人物の会話も、軽妙で面白みを感じさせるやり取りですが、伊坂幸太郎に比べると見劣りします。 

 コンゲームとして二転三転するストーリーも、ドキドキ感を感じさせません。登場人物たちに緊張感がないので、仕方ないのかもしれません。軽妙でテンポ良くし過ぎたために、肝心のストーリーが軽くなり過ぎた感があります。また、物語の結末に、ガラスのジョーの正体が明らかになりますが無理があります。平介の出世も同様です。それなりに楽しめますが、それなりでした。