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『パズル・パレス』:ダン・ブラウン【感想】|史上最大の諜報機関にして、暗号学の最高峰

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 こんにちは。今日は、ダン・ブラウン氏の「パズル・パレス」の感想です。 

 

 ダン・ブラウン氏のデビュー作品です。その後の「天使と悪魔」、「ダ・ヴィンチ・コード」で一気に世界中で人気の小説家になります。

 本作はフィクションのミステリーサスペンスですが、舞台になる組織「NSA(アメリカ国家安全保障局)」は実在しています。実在の組織を舞台にしていることで現実感があります。創作された物語と現実をうまく絡ませ、全てが実際に起こっているような気持ちにさせます。

 小説の構成は、NSAとスペインが交互に描かれます。スペインは命の危険が差し迫る緊迫した状況であり、NSAは国家の危機が差し迫る状況です。タイムリミットが迫る緊張感がひしひしと伝わってきます。

「パズル・パレス」の内容

史上最大の諜報機関にして暗号学の最高峰、米国家安全保障局のスーパーコンピュータ「トランスレータ」が狙われる。対テロ対策として開発され、一般市民の通信をも監視可能なこの存在は決して公に出来ない国家機密だった。が、この状況に憤った元局員が、自ら開発した解読不可能な暗号ソフトを楯に「トランスレータ」の公表を迫る。個人のプライバシーか、国家の安全保障か。【引用:「BOOK」データベース】

 

「パズル・パレス」の感想 

NSA(国家安全保障局)

 国家が行う情報収集は様々な手法があるだろう。ただ、具体的にどんなやり方なのかが全て明かされることはありません。秘密裏に収集するからこそ有用な情報になります。情報を入手していることがばれてしまえば、その情報はあっという間に無意味になるだろう。また、合法的なやり方だけでは、真に必要な情報は集まらないのも分かります。それがいいかどうかは別にしてです。

 どの国にも情報機関は存在します。目的は国家の安全と優位性を確保するためです。対象は外国だけでなく、自国民にも及ぶ。国家に危険をもたらす可能性がある者の行動を把握するためには対象を限定することはできません。

 NSAが行う活動は国家のためです。だからこそ、存在価値を認められています。国民の多くは理解しているだろう。しかし、プライバシーを覗き見される不快感は感情の問題です。大多数の人は犯罪者やテロリストや国家の敵ではありません。自身のプライバシーを勝手に調べて欲しくはない。

 一方、NSAで働く人たちは、国家のためだという自負があります。自分たちは正義のために情報収集を行っていると断言するだろう。それも間違っていません。ただ、国家のためなら何でも許されるかどうかは議論のあるところです。

 NSAの情報収集で思い出すのは、スノーデン氏による告発です。彼の告発の詳細はよく知りませんが、NSAが秘匿していたのは違法な情報収集です。彼の告発で、アメリカ合衆国はどれほどの痛手を受けたか分かりません。少なくともプライベートを重視する国民や他国家は反発します。

 一方、適法な情報収集だけでテロや犯罪を未然に防止することが難しいことも、人々は理解しているだろう。小説内で描かれているNSAは、組織の目的や活動などはかなり現実に近いのではないだろうか。もちろん情報機関の活動など公開されることはないので、断片的な情報を元に構築しているのだろう。それでも現実感があります。 

 

号と解読

 暗号を解読する者は、解読できない暗号は存在しないと信じているはずです。そうでないと自分の仕事の意義を見出だせない。一方、暗号を作る者は解読されないように様々な手法を考えるだろう。解読されない暗号がないとしても、解読までどれだけ時間がかかるかということも重要です。情報には賞味期限があります。一定期間解読されなければ用を成すこともあります。常に解読されるならば、常に新しい暗号を考えなければなりません。それも大変な作業です。

 人力で暗号を解読する時代は終わっています。物語中では、スーパーコンピューター「トランスレータ」が暗号を解読しています。トランスレータを作ったのは人間ですが、解読作業はトランスレータしか出来ません。解読自体に人の手は必要ありません。もはや人間は役立たないのだろう。人はトランスレータがスムーズに稼働するための作業を行うのみです。

 トランスレータは、稼働さえしていれば解けない暗号はないと信じるに足る結果を出してきた。トランスレータが解読できない暗号が現れた時、真っ先に疑ったのがトランスレータ自体の不調です。ウィルスに代表されるような事態です。それほどトランスレータに対する信頼性があったのだろう。

 一方で、トランスレータが解読できない暗号が存在する可能性も否定していません。コンピュータだからこそ陥る状況です。トランスレータの能力の高さが描かれるほど、新たな暗号の脅威も伝わってきます。

 解読できない暗号の論理は説明されますが、一般人にはなかなか深く理解できない。タンカドが作った暗号は単に解読できないのではなく、裏があった訳ですが。それがミステリーの重要な要素です。

 トランスレータに関する科学的な解説も、ある程度専門的にならざるを得ません。どうしても理解が追い付かないこともあります。だからといって、物語自体の流れを阻害するほどでもありませんが。 

 

ペインの追跡劇

 読みどころのひとつが、スペインの追跡劇です。パス・キーを求めて、スーザンの恋人である大学教授のベッカーがスペイン・セビーリャを駆け回ります。駆けずり回るといったところだろうか。

 状況から判断して、パス・キーは指輪に刻まれているはずです。タンカドが指輪を見知らぬ人に託した真意は推し量るしかありません。ただ、パス・キーは保険として正体不明の誰かにも渡されているように見えます。

 タンカドはNSAを敵対視していました。また、NSAもそう思っていました。だから、指輪を渡した意図について、保険以外の可能性を当初から排除してしまった。それが著者の意図であり、物語の結末の急展開に繋がります。

 ベッカーが追うのは、あまりに小さい指輪です。また、応援も期待できません。大学教授には手に余るミッションです。彼はわずかな手掛かりを追って、指輪に近づいていきます。しかし、わずかな差で手からすり抜けていく。もどかしさと緊張感が常に伝わってきます。追跡の途中で、自身の命が狙われていることにも気付きます。

 恋人のスーザンのためとはいえ、大学教授のベッカーがミッションを継続することに違和感があります。しかし、言語学者のベッカーでなければ、結末を導くことはできない。だからこそ、ベッカーに追跡を諦めさせなかったのだろう。NSAの存在に関わる事件であり、秘匿することが最優先だとしても、最も重要な任務を一大学教授だけに任せるのは無理がある気もしますが。 

 

終わりに

 解読されない暗号をベースに描かれるミステリーは読み応えがあります。最初に見えていた顔と違う顔が徐々に見えてきて、誰が正義で誰が悪かは混沌としてきます。正義か悪かは立ち位置によって見え方が違いますが。

 ベッカーの追跡劇は現実感が伴いませんが、NSAに関してはリアリティがあります。現実の姿とどれだけ乖離しているか判断のしようもありませんが。先の展開が読めない緊張感はページを捲る手を止めさせません。