読書LIFE ~毎日が読書日和~

本を読み、備忘録的に感想を綴るブログ。主に小説。映画もたまに。

ゴールデンスランバー:伊坂幸太郎【感想】

 文庫で650ページ超という長編作品です。

 罪のない一般人が、身に覚えのない首相暗殺の罪を着せられ、逃亡を続ける。その陰には、目に見えない大きな力が働いており、どんどん追い詰められていく。主人公はいかに・・・。

  

 ハリウッド映画でも、日本映画でも、使い古された設定です。もちろん、小説の題材としても、目新しいものではありません。

 その設定の中、伊坂幸太郎は、どのようにして読者を楽しませてくれるのか。

 首相暗殺事件から、3日間の出来事を描いています。その3日間を描くのに、650ページ超です。伊坂幸太郎の意気込みが感じられます。

 

 また、作品のタイトルである「ゴールデンスランバー」。ビートルズのアルバム「アビイ・ロード」の中の一曲。

 伊坂作品は、音楽が重要な要素であることが多い。「ゴールデンスランバー」は、物語中で、どのような意味を持つのか。

 

   

「ゴールデンスランバー」の内容

衆人環視の中、首相が爆殺された。そして犯人は俺だと報道されている。なぜだ?何が起こっているんだ?俺はやっていない―。首相暗殺の濡れ衣をきせられ、巨大な陰謀に包囲された青年・青柳雅春。暴力も辞さぬ追手集団からの、孤独な必死の逃走。行く手に見え隠れする謎の人物達。運命の鍵を握る古い記憶の断片とビートルズのメロディ。スリル炸裂超弩級エンタテインメント巨編。【「BOOK」データベースより】

 

「ゴールデンスランバー」の感想

物語の構成

 第一部「事件のはじまり」から、第五部「事件から三か月後」までの五部から構成されています。とは言っても、第四部の「事件」が約550ページと、ほぼ第四部で占められています。

 第一部、第二部、第四部は同じ時間軸です。

 第一部は、事件の前から、事件が起こるまで。

 第二部は、事件が起こってから、結末の直前まで。

 第四部は、事件の前から、結末まで。

 

 変わって、第三部は、事件から二十年後。第五部は、事件から三ケ月後。

 

 時間軸で言うと、第一部+第二部=第四部 です。なので、それぞれの事象が絡み合う場面も出てきます。部を跨いで伏線を張っていることも。

 

 第三部は、事件の検証を。第五部は、エンディングを。それぞれの部には、明確な役割が与えられています。

 

第一部

 視点は、「樋口晴子」。

 ここで描かれるのは、彼女と彼女の元同僚「平野晶」との何気ない世間話だけです。もちろん、何気ない世間話に、その後のための伏線が大いに仕込まれているだろうことは容易に想像できます。

 ただ、伏線を仕込んでいるからと言って、世間話が不自然になることはありません。洒落の効いた会話のやり取り。どことなく噛み合わないような、微妙で軽快な会話の妙は健在です。

 

 第一部は、謎が多い。樋口晴子は何者なのか。彼女たちの会話に出てくる人物や状況は、この後の物語に、どのように影響してくるのか。

 

 ただ、はっきりとした事実として書かれているのは、仙台の街中に置かれた「セキュリティポッド」の存在。現実に存在しないセキュリティポッドの存在を、前提条件として理解しておかなければならないということでしょう。

 

 金田首相暗殺までを描いているので、事件が勃発した瞬間に第一部は終わります。

 

第二部

 視点は、入院患者の「田中徹」。

 状況も、登場人物も、樋口晴子とは全く関係がありません。彼と、同室の「保土ヶ谷康志」の入院生活が舞台です。

 入院生活と言っても、話題は、金田首相暗殺事件。

 彼らが、視聴者(事件の傍観する一般人)として、報道される暗殺事件を3日間追い続ける。テレビで一方的に報道される事件を通じ、事件の概要が描かれていきます。もちろん、概要としてですが。

 

 ここで、重要なことが明かされます。

 事件2日目に、警察発表された容疑者が「青柳雅春」だということ。

 樋口晴子が、昔、付き合っていた人物が、青柳雅春ということは、第一部で書かれています。

 また、2年前、宅配中に泥棒を捕まえて有名になった宅配ドライバーも青柳雅春。

 第一部と第二部を読むことで、樋口晴子が少なからず事件に関係していくだろうことが分かります。

 

 ただ、第一部も第二部も、情報源は報道のみです。事件の真相は、見えてきません。

 

第三部

 いきなり、事件から二十年後に物語は展開します。

 事件の真相も何も語られないまま、事件の検証が行われます。ここで、重要なのは、第三部の最後の部分。

 
二十年前のあの時、マスコミが大騒ぎをし、日本中が追い続けた元宅配ドライバーの青柳雅春が、首相殺害の犯人であると信じている者は、今や一人もいないだろう
 
  彼が犯人でないことを裏付ける状況証拠が延々と語られた後に、この言葉で第三部は締めくくられます。
 
 第一部、第二部で報道された内容は、一体どういうことなのか。事件の真相とは一体。
 大きな謎を投げかけた状態で、第四部へと繋げていきます。
 

第四部

 この小説のほとんどが、この第四部で占められています。
 第四部は、4つの視点から描かれています。
 現在の「青柳雅春」と「樋口晴子」
 過去(主に大学時代)の「青柳雅春」と「樋口晴子」
 
 樋口晴子は報道からしか、事件の内容を知ることが出来ません。しかし、彼女が過去の青柳雅春を思い出す度に、事件の報道に違和感を感じます。
 当初、彼女は事件の傍観者に近かったですが、報道を聞く度に感じる違和感から行動を開始します。その違和感の元を、過去の思い出から描いているのです。
 
 一方、青柳雅春は、警察から逃亡を続けながら、事件の真相を暴こうとします。事件の真相を暴かないと、自らが犯人にされるからです。
 
 樋口晴子が、彼を助けようとする。その展開が、読んでいて嬉しい。どんな状況に陥っても、現実に無実であれば、助けは存在するのです。
 
 ここでは、大学時代のサークル仲間として、「森田森吾」と「小野一夫(カズ)」が登場します。彼らは、抵抗し難い大きな力に利用され、青柳雅春を窮地に追い込みます。しかし、結局は、青柳雅春を助けることになります。それも、彼らの絆なのでしょう
 第四部は、とても長い。3日間の事件の出来事の裏に、これほどのドラマがあったのかと思わざるを得ない。長いですが、一気に読み終えることが出来るほど、逃亡劇は面白い。
 もちろん、伏線と回収も行われています。忘れそうになっている頃に、以前の出来事が回収される。なるほど、と納得させられる。あまりに見事な回収なので、出来過ぎ感はありますが、物語を進行させるには必要不可欠ですし、それほど無理はありません。
 
 樋口・森田・カズほど危険を顧みず手助けする訳ではありませんが、追い詰められる青柳雅春に味方するものは、他にもいます。
 それは、彼を信じることから味方する者。
 体制に抵抗するために味方する者。
 特に理由なく見方する者。
 彼らは、事件をひっくり返す重要な存在として描かれています。
 
 第四部は、逃亡者として追い詰められる青柳雅春の息詰まる逃亡劇です。
 そして、彼が犯人にされたのは何故か、ということも重要な要素として描かれています。
 
 第四部は、読み応えとともに、スピード感溢れる内容です。結末は、書きませんが。
 

第五部

 事件から三カ月後。
 第五部は、第四部で語られなかった裏事情や伏線回収のために書かれた印象です。全てのエピソードが、感動を呼び起こすような内容ばかりで、少し出来過ぎな感もあります。
 しかし、青柳雅春が経験した3日間の結末としては、これくらい感動が描かれても良いのでは、と感じます。
 最後の最後で、青柳雅春と樋口晴子の過去のエピソードが、伏線回収として描かれます。出来過ぎですが、嬉しいエンディングです。
 

ケネディ暗殺とオズワルド

 「おまえ、オズワルドにされるぞ」
 作中の森田森吾の言葉にあるように、この小説は、ケネディ暗殺事件を意識して書かれています。意識してというよりは、その事件を元に書いています。ケネディ暗殺を模倣するかのような設定です。
 
 もちろん、ケネディ暗殺は多くの謎があり、完全に解決しているわけではありません。ただ、多くの人が、オズワルドは犯人ではないと感じているのも事実でしょう。
 そのことを、読者も念頭に置いているからこそ、青柳雅春が犯人に仕立て上げられる状況も、「有り得るかも」、と思ってしまうのです。
 
 体制側の大きな力の前では、一個人の力はあまりに無力ということです。「ゴールデンスランバー」においても、青柳雅春を犯人に仕立てようとした大きな力の正体は明かされていません。伊坂幸太郎の小説らしからぬ、謎を残した終わり方です。ただ、これは、伊坂幸太郎が意識して、このような終わり方にしたということみたいです。
 

ビートルズとアビイ・ロードとゴールデンスランバー

 何故、ビートルズの中でも、ゴールデンスランバーという1分半の曲に注目したのでしょう。私は、ビートルズは聴きますが、熱狂的なファンという訳でもないので、著者の意図はよく分かりません。
 ただ、アビイ・ロードを録音した時のビートルズは、すでに空中分解状態。ポールだけが、4人を繋ぎ止めようとしていた。
 
 これは、青柳・樋口・森田・カズの4人が、大学を卒業し社会に出て、望む望まないに関わらず疎遠になり、過去のような絆を失ってしまっている状態と重ねたのかもしれません。
 では、この小説におけるポールの役割は、誰なのだろう。4人に過去のような絆を取り戻させるべく奮闘したのは・・・。
 
 それは、4人全てだったのかもしれません。彼ら4人が、過去の絆を取り戻したかった。結果的に取り戻せたかどうか。それは別にして。
 そのような状況の中、ゴールデンスランバーを選んだのは、やはり歌詞が重要だったからかもしれません。
 
Once there was way to get back homeward

家に帰る道が、昔はあったんだ

 
  作中では、「家」でなく「故郷」と訳されていましたが、森田森吾は変えるべき故郷と聞いて学生時代を思い出します。
 四人の絆が最も深かった頃に戻る道があるのか。ビートルズと重ね合わせたのかも。
 

最後に

 エンターテイメント作品ですが、メッセージ性もあります。
 
 セキュリティポッドによる監視社会。
 国家権力が、必ずしも味方でない。時には、強大な敵となる。
 
 単純に国家権力に対する危機感と警鐘を表したのではないと感じます。
 大事なのは、自分の眼を見開き、自分の意志で生きていくこと。惰性で流され、何も考えないで生きていると、恐ろしい未来が待っているということでしょう。