『007/女王陛下の007』レビュー|人間味あふれるレーゼンビー版ボンドの切なさに迫る:MANPA Blog

レーゼンビー版『女王陛下の007』の新しいボンド像

女王陛下の007

ごきげんいかがですか。まんぱです。

『007/女王陛下の007』は、シリーズの中でも少し特別な作品と言えます。新しいジェームズ・ボンドに選ばれたジョージ・レーゼンビーが、人間味のあるボンド像に挑戦した意欲作だからです。

ただ、どうしてもショーン・コネリー版と比べられてしまいます。そのせいで魅力が伝わりにくい。コネリーの後を継ぐという重すぎる役目を思うと、レーゼンビーが少し気の毒なような気もします。

それでもこの作品が挑戦していることやボンドの感情描写は、ほかにはない魅力があります。

 

 

人間味を前面に出した新しいボンド

レーゼンビー版ボンドの魅力は、とにかく人間らしいところです。恋をする姿がとても自然で、悩んだり迷ったりする表情にもリアリティがあります。

特にトレーシーとの恋は丁寧で、二人が少しずつ心を開く様子に無理がありません。

そしてプロポーズのシーン。驚くほど真っ直ぐで、ボンドの誠実さがそのまま出ています。シリーズの中でも、本作のように恋愛が深く描かれた作品は珍しい。

ただ、スマートさを前に出しすぎたせいか色気がほとんど感じられません。

ショーン・コネリー版のボンドには、危険な香りと余裕のある大人の雰囲気がありました。レーゼンビーにはその濃厚な色気がありません。少し軽く見えてしまう時もあります。

これは演技というより、そもそも二人の演技の持ち味の違いでしょう。とはいえ、彼が作り上げた弱さもあるボンド像は新鮮です。

今振り返ると、意外とこの路線は悪くありません。コネリーの後任として背負ったプレッシャーを考えれば、彼なりに頑張っていたと思います。

 

自然が舞台のアクションと抑えた派手さ

本作のアクションは自然の迫力が魅力です。特にスキー場でのチェイスは圧巻です。スピード感があり、雪の冷たさまで伝わってくるようです。CGがない時代ならではの緊張感があります。

敵のブロフェルドも派手ではないのに存在感があり、静かな怖さを感じます。

ただ、007らしい奇抜なガジェットは少なめです。派手な爆発やガジェットを期待すると少し物足りないかもしれません。

代わりに、追跡劇や肉体的なアクションが中心になります。現実的でスマートなボンドを作ろうとしていた方向性なのでしょう。

アクションの合間には恋愛が丁寧に挟まれ、緊張と感情が交互に押し寄せます。

このバランスはシリーズでも珍しく、スパイ映画と恋愛映画が同時に進んでいるような感覚です。そのため、レーゼンビー版ボンドの人間味が自然に伝わります。

 

シリーズでも異色の切ないラスト

女王陛下の007

本作を語るなら、やっぱりラストは欠かせません。せっかくつかんだ幸せが一瞬で終わってしまう場面です。何度見ても胸が締めつけられます。

レーゼンビー版ボンドはここでショーンコネリー版ボンドとは違う深みを見せます。言葉が少ないのに、悲しみが強く伝わります。

表情にも重さがあり、彼なりのボンドの内面がしっかり刻まれています。

その一方で、やはりコネリー版ほどの圧倒的な存在感がないのは惜しいところです。もっと重厚さや色気があれば、さらに強烈なラストになっていたかもしれません。

日本語吹き替えも少し軽く聞こえます。コネリー版の色気ある声に慣れているとどうしても差が目立ちます。声のイメージの違いがボンド像の印象を左右している部分は大きいです。

とはいえ、このラストの余韻はシリーズの中でもトップクラスです。恋愛映画として見ても心に残りますし、スパイ映画としても強烈な印象があります。

 

終わりに

『女王陛下の007』は、シリーズの異色作と呼ばれることが多い作品です。人間味を強く押し出し、派手さよりも感情を重視する姿勢は新鮮です。

ただコネリー版のような色気や存在感が薄く、物足りなさを感じる場面もあります。日本語吹き替えの声も軽く、コネリー版の余裕ある声を期待すると落差を感じます。

それでも新しい路線を模索した意欲作であり、ラストの切なさは今も強い余韻を残します。

レーゼンビーが背負ったコネリーの後継という宿命を思うと、彼の挑戦には素直に拍手を送りたくなります。

映画って本当にいいものですね。