日本で大暴れ!忍者も登場する荒唐無稽なスパイ映画

ごきげんいかがですか。まんぱです。
1967年公開の映画「007/007は二度死ぬ」は、ショーン・コネリー演じるジェームズ・ボンドが初めて日本を舞台に活躍する作品です。
東京の雑踏から鹿児島の火口湖まで、日常の日本の景色が一瞬でスパイアクションの舞台に変わります。その様子は、観る者に驚きと笑いをもたらします。
忍者部隊や一人乗りオートジャイロ「リトル・ネリー」、宿敵ブロフェルドの登場など、荒唐無稽で派手な演出も目白押しです。
「007は二度死ぬ」はスパイ映画を超えた西洋が描いた日本の幻想と圧倒的スケールのエンタメが融合した作品です。
日常の日本がスパイ映画の舞台に
まず驚くのは、日本の街並みや景色がそのままボンド映画の舞台になっていることです。
東京の雑踏やオフィス街をボンドが颯爽と駆け抜けるシーンは、当時の日本人にとって「知ってる景色だ」となるはず。でもその裏では世界を揺るがす陰謀が進行中です。
クライマックスでは鹿児島の火口湖が突然開き、巨大なロケット基地が現れます。このシーンが圧巻です。
日本人目線では「ここ観光地だよ」とツッコミたくなる瞬間ですが、この大胆さが本作の醍醐味です。現実の日本と西洋映画の幻想が入り混じる瞬間を思い切り楽しめます。
タイガー田中役の丹波哲郎も個性的です。情報機関のトップでありながら芸者を侍らせ、粋な台詞を連発する豪快な親分肌です。
リアルな官僚像とは真逆で、「こんな上司いるはずない」と笑わされます。でも、真剣に演じているからこそシニカルな魅力が生まれています。
忍者部隊とリトル・ネリーのズレ感が面白い

本作最大の違和感ポイントは、ボンドの背後で暴れまわる日本人忍者部隊。忍者部隊なのに全然隠れず大騒ぎです。「忍者ってこういうもんだっけ」と観客目線で思わずツッコみたくなる場面です。
そもそも「007」の世界は西洋のスパイ映画の価値観で成り立っています。なので、日本人忍者がいると、ちょっと浮いてる感が強い。でもこのズレが笑いにつながるのも事実です。さらに、ボンド本人の日本人変装もシュールです。
どれだけ頑張っても、やっぱり「007」はボンド中心の世界なので、日本人キャラクターは舞台装置的に映ります。
一人乗りオートジャイロ「リトル・ネリー」に乗るボンドも面白い。ヘルメット姿で空を飛び回る姿はタキシードのダンディなボンドとは程遠い。観客目線では「おいおい、日曜大工かよ」と笑ってしまいそうです。
忍者部隊と同じく、格好良さを追求した結果のズレが見どころです。
SFと巨大スケールの暴走——ブロフェルドの登場
物語はスパイ映画の枠を飛び越え、米ソのロケットを巡るSF展開へ。大胆で壮大な設定に驚きます。当時の米ソの対立のひとつを表現しているのだと思います。
悪役ブロフェルドも登場します。白い猫を撫でながら顔の傷というスタイルは、後の悪役像の定番スタイルを確立。道化じみた悪役がシリアスなスパイ映画に混ざる奇妙さも笑いどころです。
本作はボンドの活躍より、Qのガジェットや忍者部隊、巨大セットの迫力に頼り切り。火口湖の基地や最終決戦の爆破シーンは当時として破格のスケールです。「これ本当に日本で撮ったのか」とツッコミたくなる大迫力です。
ボンド映画がリアルなスパイ映画から荒唐無稽な巨大エンタメへ舵を切った瞬間でもあります。
終わりに——違和感も含めて楽しむべき作品
「007は二度死ぬ」は真面目に見ると粗(アラ)は多いです。
設定は大胆すぎ。日本描写は奇妙。ボンドはオートジャイロで格好悪さの極地。忍者部隊や日本人キャラクターも「007」の世界観にはちょっと浮いています。
でもその違和感こそ本作の魅力でもあります。荒唐無稽で大げさなのに、どこか愛らしい。リアルじゃないのに面白い。
ボンド映画がスパイ活劇から巨大スペクタクルに進化した瞬間を記録した作品として、半世紀経った今でも色あせません。ツッコミながら楽しむのが正解の名作です。
映画って本当にいいものですね。