『涅槃』感想|宇喜多直家という戦国時代の梟雄。一度潰れた家を背負うあまりに重い呪縛:MANPA Blog

垣根 涼介 『涅槃』

涅槃

ごきげんいかがですか。まんぱです。

『涅槃(ねはん)』を一言で表すなら、「まるで大河ドラマを観ているような感覚」になれる一冊です。

もちろん小説と映像というメディアの違いはありますが、一人の歴史上の人物がたどった波瀾万丈な生涯をじっくりと追いかけていく構成は、まさに大河ドラマそのものです。

物語の主人公は、戦国武将の「宇喜多直家」です。直家と息子の秀家は、戦国時代を語る上で欠かせない親子として知られています。

知名度でいえば、豊臣秀吉の寵愛を受け、関ヶ原の戦いでも中心にいた秀家の方が、表舞台で目立っている印象があるかもしれません。

しかし、父である直家の人生も、負けず劣らずドラマチックで魅力に溢れています。『涅槃』という作品を通じて感じた、直家の生き様についての感想を綴っていきます。

 

 

 

梟雄・宇喜多直家。その実像

宇喜多直家が生きた時代は、織田信長や毛利元就といった名だたる大名たちが激しく勢力を争っていました。

その中で直家は、有名な武将たちに比べると、どうしても少し印象が薄いかもしれません。

ですが、一度は没落してしまった自分の家を再び興し、大きな勢力へと育て上げた実績を考えると、武将として相当な実力の持ち主であったことは間違いありません。

戦国時代を生き抜いた武将は、誰もが物語になるような一生を送っているはずですが、直家もその一人です。乱世を生き残るためには、平穏で退屈な人生などあり得ません。

彼の人生を描き出せば、書ききれないほどの出来事が次々と起こります。だからこそ、単行本の上下巻合わせて900ページを超えるというボリュームになったのでしょう。

小説の素晴らしいところは、登場人物の「心の内側」をきめ細かく描写できる点です。本作では、直家の心の揺れや細かな感情の変化が、手に取るように伝わってきます。

歴史資料からある程度の推測はできても、直家の想いがどこにあったのか、その真実を知る術はありません。しかし、作家の筆を通じて、彼の心に想像を巡らせることができます。

「何が史実か」を突き詰めたいのであれば、小説ではなく歴史書を読むべきです。小説で大切なのは、事実に忠実かどうかよりも、描かれる人物が魅力的かどうかです。

本作の直家は、一人の人間として非常に惹きつけられる描かれ方をしています。史実を土台にしつつ、物語としての息吹を吹き込むことで、読者を引き込んでいくのです。

歴史上の人物である直家は、私たちから見れば遠い存在です。しかし、読み進めるうちに「彼もまた悩み、苦しむ一人の人間だったのだ」という実感が湧いてくるはずです。

 

史実を超え、心の内側を射抜く

史実をベースにした小説は数多く存在しますが、歴史書やドキュメンタリーではありません。事実に基づいたエピソードが含まれていても、創作された一つの物語です。

どこまで史実を取り入れ、どこから物語を膨らませていくかは、作家の腕の見せどころです。史実を曲げることはしなくても、どの出来事に焦点を当てるかは書き手の自由に委ねられています。

また、古い時代の資料は必ずしも十分ではないため、どうしても創作で補わなければならない部分も出てくるものです。

私自身、宇喜多直家に関する資料がどれほど現存しているのか、詳しい知識はありません。そのため、どの部分が事実で、どこからが創作なのかを見分けることはできません。

しかし、境界線が分からないということこそ、物語として非常にうまく構成されている証拠だと言えるのではないでしょうか。

歴史ものの難しい点は、多くの読者が「結末」を知っていることです。有名な武将であればあるほど、どういう最期を迎えたかという記録が残っています。

終わりが決まっている物語で読者を飽きさせないためには、登場人物をいかに魅力的に描けるか、あるいはもともと強烈な個性を持つ人物を主人公に据えるしかありません。

大河ドラマが注目を集めるのも、魅力的な人物を取り上げているからです。戦国時代と幕末は魅力的な人物が多く、この二つを舞台にした作品の人気が安定しているのも頷けます。

本作も、戦国時代を舞台にしています。直家は織田信長が本能寺の変で倒れる直前に亡くなっていますが、信長が天下へと駆け上がっていく様子を同じ時代の中で見ています。

作中には信長をはじめ、毛利、秀吉といった有名武将たちが次々と登場します。名前だけの登場に留まる人物もいますが、当時の荒々しい空気感が目に浮かびます。

「戦国」という響きや名だたる武将の名を聞くだけで、どこか気持ちが高揚してしまうのは私だけではないでしょう。

同時に、私たちは学校の授業や過去のドラマ、書籍などを通じて、戦国時代の流れをある程度は知っています。

全くの無知ではないからこそ、著者にとっての創作は、大変なプレッシャーを伴う作業ではないかと想像します。

史実と創作した部分が矛盾してしまえば、詳しい読者は興ざめしてしまいます。史実をベースにするということは、入念な調査と労力が必要な骨の折れる仕事なのです。

人物の「内面」を描く際も同じです。人の心の動きは、資料には残りません。そこは作家の想像力と表現力が発揮される場面ですが、史実での行動と矛盾してはいけません。

人は心の動きに従って行動するものですから、実際の行動とかけ離れた感情を描かれても、読者は納得できないからです。

本作では、直家だけでなく、妻のお福や阿部善定の心理描写が驚くほど細やかに描かれています。彼らの心の葛藤こそが物語の核であると言ってもいいでしょう。

彼らの心情にこれほど惹きつけられるのは、「行動」と「想い」が違和感なく溶け合っているからに他なりません。これは著者の並外れた表現力の賜物だと感じました。

 

「家」という逃れられぬ呪い

直家は周辺勢力の争いに巻き込まれ、宇喜多家の家督を失ってしまいます。武士にとっての棟梁という立場を追われてしまったのです。

父・興家の不甲斐なさが大きな原因として描かれていますが、史実はもっと複雑だったのかもしれません。

直家の非凡さを強調するために、あえて父親の評価を低く描いている演出のようにも見受けられます。

いずれにせよ、直家が幼い頃に武門の棟梁としての立場を失ったのは事実です。武将にとって「家」を失うことがどれほど絶望的なことだったのかは想像することしかできません。

一度潰れた家を再興させるのは、並大抵の努力では不可能です。本人に強い意志がなければ到底なし得ないことです。

ですが、当時の考え方では、名門の血を引く者は家を再興させることが当然の義務でもありました。

かつての家臣たちにしてみれば、直家が宇喜多家を取り戻すために動くのは当たり前のことだったのでしょう。

武士は常に死と隣り合わせの世界で生きています。生まれた時からその環境にいれば、疑問を感じる隙もなかったはずです。

「家を背負うとはこういうことだ」と教え込まれて育てば、自ずと棟梁にふさわしい武士へと成長していきます。

ところが直家は、一度武士の身分から転落し、その間、商人の家で育てられることになります。

これがどこまで史実に即しているのかは分かりませんが、彼が武士ではない世界を経験したというのは、物語において重要な意味を持っています。

生きるか死ぬかの殺伐とした日常がない世界を知ってしまえば、もう武士の世界には戻りたくないと感じるのが自然な反応かもしれません。

それでも、宇喜多家の正当な跡継ぎである以上、周りの期待を裏切ることは困難でした。それほどまでに、当時の「家」という概念は重く、絶対的なものだったのです。

面白いのは、直家が宇喜多家再興のための期限を決めることです。彼なりの妥協点でもあったのでしょう。

「その時までに結果が出なければ、もう再興は無理だ」という現実的な判断でもあります。こうした合理的な思考ができる点に有能さが表れているように思います。

結果として直家は家を再興させますが、それはゴールではありませんでした。戦国時代では、勢力を拡大し続けなければ、いつまた滅ぼされるか分からないからです。

一度どん底を経験している直家は、その恐ろしさを誰よりも身に染みて理解していたはずです。

家を立て直すことはスタートに過ぎず、その先に続く道のりはさらに険しいものです。家門を背負う覚悟の重さは、想像を絶するものだったでしょう。

彼にとっての「生き抜く」とは、単に自分の命を守ることではありません。宇喜多家という組織を存続させ続けることでした。

直家の人生は、ただひたすらに「家を守り抜くこと」に心血を注いだ過酷なものだったと言えます。

 

おわりに:揺らぎ続ける人間の体温

武将も商人も農民も、身分は違えど同じ人間です。それぞれの立場によって考え方は異なりますが、「その立場ならこうあるべき」という規範に従っていただけです。

『涅槃』で描かれる直家は、戦国武将としての顔だけでなく、生身の人間としての顔が色濃く描き出されています。

むしろ「一人の人間としての直家」をメインに据えているようにも感じられました。

幼少期に武士としての教育を受けていない期間があったから、彼の心は常に揺れ動いています。その揺らぎがあるからこそ、彼は誰よりも人間らしく見えるのです。

もちろん、他の武将たちが人間味に欠けるわけではありません。直家の心の動きがより複雑で、現代を生きる私たちの感性に近いから、物語に引き込まれるのでしょう。

ただ、一つだけ気になった点があります。それは性描写がかなり長く、生々しく描かれていることです。

物語の流れとして、そこまでの描写や分量が必要だったのかどうかについては、少し疑問が残りました。

以前読んだ『ワイルド・ソウル』でも感じましたが、著者はこうした描写を執拗に書き込むスタイルが好きなのかもしれません。

その点を除けば、非常に読み応えのある深い余韻を残す小説でした。歴史好きの方はもちろん、一人の人間の葛藤をじっくり味わいたい方にもおすすめしたい一冊です。