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『オルタネート』:加藤シゲアキ【感想】|私は、私を育てていく。

ご覧いただきありがとうございます。今回は、加藤シゲアキさんの「オルタネート」の読書感想です。

2021年本屋大賞第8位。第164回直木賞候補にも選出されています。三人の高校生(一人は中退している)が主人公の群像劇です。

三人の物語は独立しているように見えて、時に絡み合います。友人関係で繋がったり、先輩後輩で繋がったり。その鍵として「オルタネート」が存在します。オルタネートが何なのかは冒頭で説明されています。

オルタネートは物語の重要な要素ですが、あくまでも登場人物たちの心の持ちようや機微が描かれている小説です。

著者はアイドルグループNEWSのメンバーですが、作家としても活躍しています。むしろNEWSのメンバーという肩書きは著者を説明するのに不要でしょう。加藤氏はNEWSのメンバーが書いたと言われることをどう思っているのか聞いてみたい気もします。

「オルタネート」のあらすじ

高校生限定のマッチングアプリ「オルタネート」が必須となった現代。東京のとある高校を舞台に、若者たちの運命が、鮮やかに加速していく。

全国配信の料理コンテストで巻き起こった“悲劇”の後遺症に思い悩む蓉。母との軋轢により、“絶対真実の愛”を求め続ける「オルタネート」信奉者の凪津。高校を中退し、“亡霊の街”から逃れるように、音楽家の集うシェアハウスへと潜り込んだ尚志。

恋とは、友情とは、家族とは。そして、人と“繋がる”とは何か。デジタルな世界と未分化な感情が織りなす物語の果てに、三人を待ち受ける未来とは一体。【引用「BOOK」データベース】

 

「オルタネート」の感想

ルタネート

SNSは高校生に限らず、多くの人にとって必須です。全く使わない人もいるかもしれませんが、若い世代にとっては生活の一部になっています。高校生向けの様々な機能を有したSNSも数多くリリースされています。

タイトルの「オルタネート」は、作中で登場する高校生限定のSNSアプリの名称です。どのようなアプリなのかは作中で説明されますが、マッチングアプリの要素が強いように感じます。もちろん、それ以外の機能も備えているようですが。

オルタネートが特徴的なのは高校生限定という点とアカウント作成の際の本人認証が必要である点です。匿名性はSNSの利点の一つですが、危険性も共存してしまいます。それを排除してしまうことで、より身近で使いやすくなるということです。

リアルの世界で友人や恋人を作るためのツールとして使うのであれば、安全性は必要不可欠です。実名登録という点ではフェイスブックに近い気もしますが、より厳格に運用されている印象を受けます。

利用者を高校生に限定することである程度閉じられた世界になってしまいますが、日本中の高校生が利用できるのであれば相当に大きな世界になります。日本中の高校生と交流できるとなれば魅力的なSNSです。同じ年代ばかりの利用者であっても退屈することはないでしょう。むしろ同じ年代だからこそ共感でき、同じ話題で盛り上がることもできるのかもしれません。

高校生の間で当たり前のように存在している「オルタネート」ですが、三人の主人公の内、積極的に利用しているのは伴凪津の一人だけです。新見容と楤丘尚志は利用していません。

尚志は高校を中退し利用資格を失って利用できなくなっただけで、中退以前はオルタネートの利用者でした。一方、容は自身の意思で使っていない。理由はSNSの暗部を見せつけられたからです。

匿名性が排除されていることは必ずしもいいことばかりではありません。匿名性がないからこそ、同調圧力が増します。誰かの意見に同調しないことで都合の悪い立ち位置に陥るのではないかと感じれば、人は他人の意見に同調していきます。

容とダイキの関係を妬ましく思った一部の人間が、彼女に悪意を向け始めただけかもしれません。しかし、一度広まり始めた悪意は止めることはできません。独り歩きしてしまいます。止めるためには、相応の努力と労力が必要です。何かを犠牲にすることもです。それがダイキの同性愛のカミングアウトだったのでしょう。

オルタネートは安全性を確保し匿名性を排除していますが、それでもSNSの危険性は残っています。高校生にとって使いやすく便利なアプリですが、SNSが持つ危険性を描くことでリアリティを感じます。

 

SNSに依存する

伴凪津はオルタネートのマッチング機能を信用しています。自分自身の判断より、オルタネートの判断の方が間違いないと信じ切っています。オルタネートの判断をひとつの要素として、最終的には自分自身で決断していくのならば依存ではなく利用に過ぎません。判断材料が多いほど的確な判断ができると考えれば、AIが出した結論は十分検討に値するでしょう。

しかし、凪津は自分自身の考えは必要ないとまで思っています。オルタネートを信頼している理由は、彼女の生い立ちにあります。母親が感情のままに生きてきたことを嫌悪しているからです。そのことが凪津を極端な考えの持ち主のしたのかもしれません。

逆に考えれば、それは彼女の感情的な思いから湧き出しているようにも感じます。彼女のオルタネート信奉は、彼女の感情から生じているのではないでしょうか。彼女は合理的な判断のためにオルタネートを使っているつもりですが、根底にあるのはより感情的な理由でしょう。

彼女は可能な限り自分の情報をオルタネートに公開しています。オルタネートに的確な判断を下してもらうためです。遺伝子情報すらも提供するのはそのためです。提供する情報が多ければ多いほど正しい結果が提示されるはずだと信じて疑いません。

人と人との相性は何をもって合っているというのでしょうか。趣味や考え方が重要な要素なのは間違いないし、遺伝情報がもたらす相性というものもあります。オルタネートがもたらす結果もあながち間違っていないかもしれません。しかし、相性は必ずしも論理的に説明できるものばかりではありません。

遺伝情報まで提供したオルタネートが、92.3%の相性の良さで「桂田武生」を表示します。相性に92.3%という割合があること自体に違和感があります。何が92.3%で、残りの17.3%は一体何なのか。疑問に思わざるを得ません。相性がいいかどうかはあると思いますが、数値化できることではないと思います。しかし、AIは数値化することが仕事です。

桂田武生に会った時、彼女は愕然とします。92.3%の相性の相手が、あまりに形として表れていないからです。桂田のどこにも好ましい部分が見当たりません。オルタネートを信じてきた彼女にとっては、あり得ない光景だったでしょう。

そこで彼女が取るべき道はふたつです。オルタネートを信じて桂田と付き合うか、オルタネートを見放すか。彼女は後者に傾きつつも、それができません。身動きできなくなってしまいます。オルタネートに依存し続け、自分自身で判断してこなかったからです。

その後、オルタネートのシステム上の不具合が発表されたことにより、桂田武生との92.3%は間違いだと判明します。システムの間違いに彼女が納得したのならば、相性には感情が大きな要素になっていることを認めているのと同じことです。オルタネートを信じるならば、彼女の取るべき道は桂田と付き合うしかなかったはずです。しかし、彼女はできなかった。感情として相手を受け入れることとオルタネートの結果が一致しなければならないとすれば、彼女の信念はどこにも存在しなかったのでしょう。

彼女はオルタネートに依存していますが、都合の良いところだけを信じているに過ぎません。だから都合の悪い部分が出てくると拠り所がなくなります。依存することの危険性はそこにあるのでしょう。

 

長する

三人の主人公、容・凪津・尚志は、それぞれに変化していきます。オルタネートとの関わり方も変化のひとつです。

  • 容はオルタネートを始める。
  • 凪津はオルタネートを止める。
  • 尚志は通信制の高校に入学し、オルタネートを再開する。

三人の変化を成長と呼ぶのかどうかは分かりません。ただ、内面の変化が行動となって表れたのは間違いありません。

容はオルタネートから発せられた悪意によってオルタネートを使わなかった。オルタネートの負の部分しか見えていなかったからです。しかし、ワンポーションをきっかけに利用を再開します。応援メッセージに返事がしたいというポジティブな動機からです。

ポジティブな動機から始めたことには、ポジティブな反応が返ってくるのでしょう。負の部分が消えることはありませんが、使う側の意識の持ちようでツールとしてのオルタネートは様々な側面を見せます。容も初めて、そのことに気付いたのかもしれません。

凪津はオルタネートに幻滅して止めた訳ではありません。オルタネートに全てを委ねていた自分に疑問を抱いたのです。自分で考え行動し、決断をすることの大切さに気付きます。

彼女は過去の自分自身を否定していません。否定せずに成長することを選びます。彼女にとっての成長は自分自身を信用することです。そのためにもオルタネートを止める必要があったのでしょう。

自分の目で見て行動し、判断していくことが彼女の成長です。彼女が園芸部を続けたり、バイトをしたり、山桐えみくと友人になったりしたのは彼女の意思です。オルタネートは関係ありません。そして、彼女は居心地良く生きています。

尚志は元々オルタネートをどのように利用していたか分かりません。ただ、再開後のオルタネートは現実世界のために利用しています。オルタネートに頼り切るのではなく、うまくツールとして使っています。高校を退学し、ひとりで生計を立てていたことが、彼を成長させていました。目に見える世界が彼にとっての現実であり、オルタネートはその一部でしかないのでしょう。

尚志は別にして、容と凪津のオルタネートに対する意識は変わりました。理由は彼女たち自身が変わったからであり、その変化は現実の日常がもたらしたものです。人に変化をもたらすのは現実世界の人間関係であり、SNSに左右させられるものではないのでしょう。

 

終わりに

SNSを軸に高校生たちの心象を描いています。SNSが高校生たちにとってどのような位置づけなのか。どれほどの影響力があるのか。欠かせないものだからこそ、依存したり、逆に距離を取ったりと対応は様々です。彼らの変化とともに位置づけも変わってきます。

高校生たちはもちろん、高校時代にSNSが当たり前のように存在していた世代は共感しやすいのかもしれません。ただ、そういう世代ではない読者にとっては、彼女たちの心情や行動を理解できても共感することは難しい。

だからと言って、読み応えがない訳ではありません。最初から最後まで一気に読み切るほどの魅力的な作品です。

最後までご覧いただきありがとうございました。