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愚者のエンドロール:米澤穂信【感想】|「古典部」がビデオ映画の謎に迫る

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 「古典部」シリーズの第二弾。前作「氷菓」は高校1年の入学から夏休みくらい(最終章は夏休み後、文化祭直前になってますが)までです。本作は、夏休みの終盤を舞台に描かれています。「古典部」シリーズは、高校生の学内ミステリー小説です。「愚者のエンドロール」では、ミステリーそのものが主題になっています。

 事件の発端は、上級生が文化祭のために作っているビデオ映画です。事件と言ってもビデオ映画の話なので、いかにも高校生らしい。上級生の問題なので、奉太郎たち「古典部」には関係のないことです。しかし、千反田の好奇心に引き摺られ、関わっていくことになります。 

「愚者のエンドロール」の内容

「折木さん、わたしとても気になります」文化祭に出展するクラス製作の自主映画を観て千反田えるが呟いた。その映画のラストでは、廃屋の鍵のかかった密室で少年が腕を切り落とされ死んでいた。誰が彼を殺したのか?その方法は?だが、全てが明かされぬまま映画は尻切れとんぼで終わっていた。続きが気になる千反田は、仲間の折木奉太郎たちと共に結末探しに乗り出した!【引用:「BOOK」データベース】 

「愚者のエンドロール」の感想

ふたつの謎

 ミステリーの謎を解く。これはミステリー小説の王道です。謎を伴った事件が起こり、謎の解明とともに事件を解決する。本作も、多分に漏れず謎が発生します。ただ、事件が上級生の作った出来の悪いビデオ映画の中に存在します。しかも、途中までしか出来ていない。脚本も最後まで出来ていない。犯人は誰なのか?

 創作された物語の中の犯人を探す。ミステリー小説は小説自体が創作であり、その小説の中にひとつの事件が起こります。目的は一つだけです。謎を解き、犯人を見つけ出す。

 本作は、ミステリー小説の中にさらにミステリー映画を登場させます。ふたつのミステリーが組み合わさります。奉太郎たちは、上級生が作った出来の悪いミステリー映画の犯人を探し出しトリックを解明する。その謎とともに、何故、奉太郎たちが謎解きに選ばれたのか。どうして、これほど回りくどいやり方をするのか。果たして、正解を見つけ出す必要があるのか。様々な謎を感じることになります。映画の謎と小説自体が持つ謎が複合的に合わさり、複雑に絡み合っています。 

 

何故、古典部か?

 先程も書きましたが、映画の結末を解き明かすのに、何故「古典部」が選ばれたのか。その答えは冒頭のチャットで、ほぼ明確にされているとも言えます。冒頭を読むだけで、奉太郎を引っ張り出したのが誰か分かります。そのために、千反田が利用されているのも分かります。唯一、言い回しが微妙で一読しただけでは、誰か分からなかったのは「名前を入れてください」と「まゆこ」の会話でした。この会話に、ビデオ映画の犯人とトリックを明かすことの裏に潜む本当の謎の正体が隠されています。 

「古典部」ではなく、奉太郎を引っ張り出すことが目的だった 

 奉太郎が選ばれたのも、人間関係の偶然からと言った印象です。ただ、古典部に依頼した入須冬美は、奉太郎が期待通りの結末を導くことを期待し確信もしているように感じます。彼女が奉太郎を紹介した先輩を信用しているとともに、奉太郎たちの行動が思い通りの方向に動き始めているからでしょう。 

 

奉太郎の内面

 奉太郎の内面の変化も、本作の重要な要素です。奉太郎のモットーは、

やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことは手短に 

 自分が他者に比べて優秀だと自覚していません。前作の謎解きでも、自分の能力でなく運が良かったと認識しています。ただ、周りの評価は違います。福部里志は奉太郎のことを普通人と評価していません。特別に有能と評価している訳でもなく、評価保留としていますが。少なくとも、彼は奉太郎の自己評価を現実に則していないと感じています。

 本作においても、奉太郎は積極的に自分の能力を評価していない節があります。ビデオ映画を制作した2年F組の面々による推理をことごとく論破しながらも、それほどの感慨を得ていない。そのことが奉太郎を積極的に謎解きに向かわせる足枷にもなっているように感じます。奉太郎に才能を認めさせ、謎の答えを導き出させるための重要な役割が入須冬実です。彼女は奉太郎に言います。 

誰でも自分を自覚するべきだ。でないと。・・・・見ている側が馬鹿馬鹿しい

 その言葉にようやく奉太郎は、自分自身の評価を変えようと決めます。物語の前半は、前作と同じく謎解きに終始します。ただ、後半に入ると奉太郎自身の内面が変化することで物事が積極的に展開し、一気に答えへと導かれていきます。ただ、結末で入須冬実の隠された意図が発覚しますが。そのことが奉太郎にとってどんな影響を与えたのか。落胆なのか。安堵なのか。

 結末で、奉太郎は入須に向かって「安心しました」と言います。その安心は、もともとの自分自身の評価が間違っていなかったことに対してなのか。奉太郎が気付いた入須の意図が間違っていなかったことなのか。結果として奉太郎は以前のままの奉太郎に戻ることになるのでしょう。 

 

微妙な納得感

 大きく二つの謎があると書きました。ビデオ映画の結末に対する謎と奉太郎たちが謎解きに選ばれた謎。ビデオ映画の謎解きの答えは、脚本を書いていた生徒に聴けばいいだけの話です。作中では聴きだせない理由が描かれていますが、理由としては弱い印象を受けます。その理由通り、脚本を聴き出せないなら同級生の3人が考えたトリックもそれほど悪くはない。撮影された前半部分との齟齬があるにしても、それほど大きな齟齬とも思えません。奉太郎たちは詳細を聞き取り、矛盾を追求し、否定しています。実際にビデオ映画として完成したものを上映した場合、そこまで細かい点を気にする観客はいないのではと思います。制作目的が思い出作りであれば、それこそ整合性に拘る必要もありません。なので奉太郎が導き出した本来の結末にも、あまりすっきりとした納得感を感じない。もともと正解は脚本を書いていた生徒が持っているので、謎らしき謎と感じない。

 もう一つの謎。奉太郎たちが選ばれた理由。こちらの方が本作の重要な謎です。奉太郎たちが選ばれた理由と、求められている行動の結果。冒頭のチャットで描かれている台詞

頼りにはなんないけど、使い方によっちゃ踊ってくれるのがいるわ。

 この台詞から、奉太郎が踊らされているのは分かります。では、どのように踊らされているのか。これが謎の本体でしょう。入須の隠された思惑が一体何なのか。ビデオ映画に目を奪われ、冒頭に描かれていたチャットに含まれる入須の思惑になかなか気付けません。思惑に気付いたとしても、その思惑が読み切れない。結末は至ってシンプルだと感じますが、予想外とも言えます。 ただ、ビデオ映画の謎の解明にいまいち納得感を得られていないのが頭に引っかかります。 

終わりに

 ミステリーらしいミステリー作品です。謎の仕掛け方も上手い。一つの謎を追わせていくうちに、もう一つの謎が進行していきます。そのことに気付かないまま、結末で一気に明かされていきます。また、謎を解明するために関係者の証言を集めていくところや証言をもとに推理するところは、推理小説の王道の印象を与えます。それでいて、高校生活からはみ出さない範囲内の出来事で描いています。だからと言って、退屈する訳でもありません。読後に爽快感があるかどうかと言われると、先述の微妙な納得感からそれほど感じないが、つまらないことはありません。 

 本作は奉太郎がメインで描かれているので、千反田、伊原、福部の3人の影が薄い。それがちょっと残念な気もしますが。