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『本日は、お日柄もよく』:原田マハ【感想】|職業小説でなく、お仕事「サクセス」小説

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 以前から気になっていた1冊です。タイトルと装丁が印象深く、書店で見かけてから頭の片隅に引っかかっていました。スピーチライターという職業を焦点を当て、そこに関わる様々な人生を描いた作品です。

 職業としてスピーチライターがあることは知っています。「演説の原稿を書く人=スピーチライター」という単純なイメージしかありませんでしたが。ただ、演説と言っても多岐にわたります。本書の装丁からイメージする結婚式でのスピーチから、アメリカの大統領演説まで。人が何かを訴える時に、言葉は必須のツールです。そのツールをいかに最大限に生かすか。同じ言葉でも、文章で人に訴えるのとは全く違うはずです。作家とスピーチライターの違いを突き付けてくるのではと期待します。 

「本日は、お日柄もよく」の内容 

OL二ノ宮こと葉は、想いをよせていた幼なじみ厚志の結婚式に最悪の気分で出席していた。ところがその結婚式で涙が溢れるほど感動する衝撃的なスピーチに出会う。それは伝説のスピーチライター久遠久美の祝辞だった。空気を一変させる言葉に魅せられてしまったこと葉はすぐに弟子入り。久美の教えを受け、「政権交代」を叫ぶ野党のスピーチライターに抜擢された!目頭が熱くなるお仕事小説。【引用:「BOOK]データベース】  

「本日は、お日柄もよく」の感想

仕事小説?

 本書の紹介には「お仕事小説」とあります。これは言い得て妙と言いますか、本作を一言で言い表すにはぴったりに感じます。職業小説と言うには、物足りない。スピーチライターとは一体どのような職業なのか。そのことを現実的かつ詳細に描いている小説とは思いません。

 プロと新人の二人のスピーチライターが描かれています。本書において、スピーチライターとしての完成型は久美です。こと葉は久美に憧れ、彼女が理想的なスピーチライターだと認識します。職業としてのスピーチライターと久美の存在が、全く同一視されています。スピーチライターとしての能力が優秀であれば、久美自身の人格まで素晴らしいものとして描かれます。また、逆もそうです。久美が人間的に魅力的ならば、スピーチライターも魅力的だと思わせます。スピーチライターに憧れてるのか、久美に憧れているのか。両方だと思いますが、線引きがあやふやなので職業としての魅力や素晴らしさが直接的に伝わってこない。

 登場人物の人生を描くことに重点を置いていたのかもしれません。スピーチライターは、こと葉の人生を描くひとつの手段に過ぎないのかも。スピーチライターを世に広めたいという意識をあまり感じなかった。職業小説ではなくお仕事小説という表現は、適切と言えます。 

ピーチを一括り

 本書で登場するスピーチは、結婚式の祝辞から始まり政治にまで及んでいきます。両者は、人に対して話すという行為は同じでも目的は全く違います。

  • 結婚式のスピーチは伝える。
  • 政治の演説は訴える。

 能動的に聴いてくれる招待客を相手にするスピーチと通り過ぎるだけの通行人を相手にする街頭演説を同じように考えているのではないだろうか。話し方・間の取り方・視線・表情。話す内容だけでなく、あらゆることが違ってくるはずです。

 もちろん内容も重要です。内容がスカスカだったら、聴いている人も興味が失せてしまいます。しかし内容が感動的で魅力的なものであったとしても、表現の仕方次第では同じように聴衆は興味を失います。表現の仕方がスピーチの場によって違うはずですし、違わないといけない。

 こと葉は結婚式で久美のスピーチの感動し、様々な経緯を経て久美に師事することになります。その後、新米スピーチライターとして政治家の演説にまで手を出していく訳です。結婚式でのスピーチと政治家の演説に同一視できるものが、果たしてどの程度あるのでしょうか。彼女が結婚式で抱いたスピーチライターの印象のままで、政治家という現実的で生々しい世界での演説を書けるのだろうか。政治家のスピーチは本音を感動的に伝えるというものではありません。スピーチの裏には、様々な思惑が潜んでいます。必ずしも、政治家の考えを100%表現していいものではありません。その駆け引きを全く考慮せず、結婚式のスピーチと政治家の演説を同じ土台で描いているように感じてしまいます。 

治色が強い

 スピーチライターが最も活躍する場が、政治の世界ということでしょう。本書でも物語の佳境は、選挙演説です。そこに至るまでに、国会演説・党首討論など徐々に政治色が強くなっていきます。政党や政治家の主張を適切かつ効果的に国民に伝えるために、演説はとても重要な場です。語られる内容は当然ですが、先ほども書いた通り、話し方・間の取り方・視線・表情、全てが効果的に活用されないといけない。どちらかと言えば、人を惹きつけるのは内容よりも与える印象やインパクトだと思います。どれだけ高い理念を掲げようと、聴いてもらわないと話になりません。スピーチライターの原稿以上に、演説者の雰囲気が重要です。

 オバマ大統領の演説が引用されています。彼の「yes,we can」「change」はとても魅力的なフレーズだし、今でも記憶に残っています。それは言葉自体に魅力がある以上に、彼の話し方が魅力的であり聴衆を惹きつけた結果でしょう。

 本書では、進展党と民衆党の戦いが主軸になっています。与党の進展党と野党の民衆党が政権交代を争う。  

フィクションの小説ですが、自民党と民主党の政権交代を思い浮かべます。著者も意識しているのかもしれません。

 こと葉は民衆党のスピーチライターとして活躍していきます。彼女が信じるのはスピーチライターという職業であり、民衆党の政策ではないはずです。ただ物語が進むにつれ、民衆党が正しく進展党が間違っているという印象を与えてきます。こと葉が民衆党のスピーチ原稿を書くことから、民衆党の政策が正しいことが前提になってしまっています。主人公が間違った政策を掲げる政党のスピーチライターであることは有り得ないということです。職業としてスピーチライターを描くのであれば、民衆党の政策がこと葉にとって是か非かは関係ない。彼女はクライアントである民衆党の政策を最も効率的に国民に伝えることだけを考え行動すればいいだけです。彼女は民衆党の政策が正しいと信じて行動しているように感じます。個人的な思いと職業を混同しているように感じます。

 民衆党=民主党。その印象を与えてくる物語の中で、民衆党に共感することは難しい。民主党の政権交代が成功したとは言い難い現実があるので。政治色が強まっていくことで、スピーチライターの魅力が薄まってしまった気がします。 

来過ぎな展開

  一般会社のOLのこと葉が、スピーチライターとして認められ成長していく。彼女にとって都合のいい出来すぎなストーリーに感じます。

  • 幼馴染の結婚式で、聞くに堪えない退屈なスピーチを聞かされる。
  • その後、見事なスピーチに心を動かされる。彼女の職業がスピーチライターと知る。
  • 自分が友人のスピーチを頼まれる。
  • 彼女にスピーチを依頼し、スピーチライターの魅力を知る。

 そもそも、友人の結婚式のスピーチを頼まれたからと言って、プロのスピーチライターに頼もうと思うだろうか。企業の社長など立場のある人間なら看板として背負っているものがあるので、結婚式と言えどもプロに頼むのは理解できます。自らのイメージが、企業や組織のイメージに直結する可能性があるからです。こと葉はただのOLに過ぎません。人前で話すのが苦手だからと言って、プロに頼むほどの動機になるだろうか。彼女とスピーチライターとの出会い方としては強引過ぎます。

 また結婚式で話したスピーチが少しばかり立派で感動的だからと言って、企業のプロジェクトチームに選抜されるだろうか。こと葉のスピーチを聞いた「和田日間足」が、彼女を会社の命運を懸けるほどのプロジェクトに引き入れるよう提言します。そもそも何の実績もない社員を、それほど重要なプロジェクトに入れるだろうか。和田の実績がどれほどのものであろうと現実感を感じません。

 民衆党の演説を手掛けるようになってからも違和感は続きます。久美は実績のあるスピーチライターという設定なので、政治家の演説を書いたり戦略の立案に加わったりするのは何とか理解できます。しかし、こと葉が政権交代まで掲げた選挙のスピーチライターを務めるのはあまりにも無理があります。出馬した厚志が幼馴染であり、彼が望んだとしても普通は認められないでしょう。厚志は期待される候補者であり前幹事長の息子だとしても、政治家としての実績はありません。新人候補者に新人スピーチライター。現職の大臣を相手に戦うにしては無茶過ぎます。 

終わりに

 スピーチライターという職業とは一体どんなものなのか。それが知れると思っていたのですが、そうでもなかったように感じます。都合の良い展開は、ある意味読みやすくて物語のテンポが良いと言えないこともありません。いい解釈をすればですが。

 ただ、あまりに政治色が強い上にリアリティのなさに、引き込まれていかないのも事実です。完全なフィクションとして描かれていればいいのですが、中途半端に現実の政治に沿わせているところが逆に違和感を増幅させていきます。スピーチライターが最も活躍できるのが政治家の演説だというのは安易に考えすぎているのではないだろうか。最も多くの人に影響を与えると言う意味では、政治家の演説は活躍の場のひとつかもしれません。しかし、スピーチライターの活躍の場は、それだけではないはずです。物語の前半はまだ良かったのですが、政治の話になったあたりから引き込まれることはなかった。