『最後の一色』感想|和田竜が描く歴史に消えた若き戦国武将の物語:MANPA Blog

歴史に名を残さなかった若き武将

最後の一色

ごきげんいかがですか。まんぱです。

和田竜の新作を心待ちにしていた人は多かったと思います。『村上海賊の娘』から十二年ぶりとなる長編小説『最後の一色』は、その期待を軽々と超えてくる小説です。

舞台は戦国時代の丹後。若き武将「一色五郎」と「長岡藤孝・忠興親子」との関係を描いた本作は、合戦の迫力だけでなく、人と人との感情のぶつかり合いが胸に残ります。

歴史に詳しくなくても一気に読み切ってしまう。それが和田竜の小説の一番の魅力であり、本作でも存分に発揮されています。

多少ネタバレしていますので、ご了承ください。

 

 

悲しい結末の物語

『最後の一色』が描くのは、丹後守護・一色家の若き当主、一色五郎が謀殺されるという後味の悪い出来事です。

本能寺の変から間もない時期、世の中の力関係が激しく入れ替わる中で、この事件は起きました。

和田竜は、こうしたすっきりしない歴史をあえて選んだのかもしれません。今の時代もまた先が読めず、正解がわからない出来事ばかりが続いているからです。

「どう転ぶかわからない世の中だからこそ、結末が決まっている悲劇をもう一度見つめ直したかった」

そんな思いが、物語の根底に流れているように感じられます。

物語の中では、「誰が正しいか」「誰が悪いか」は簡単に決められません。それぞれが必死に生き、迷い、間違え、取り返しのつかない選択をしてしまいます。

読んでいると、もし自分が同じ立場だったらどうしただろうと自然に考えてしまうはずです。

さらに印象的なのは、物語が決して感情を煽りすぎない点です。悲劇だからといって、大げさな演出はしません。ただ、起きてしまったことを淡々と丁寧に描く。だからこそ、読者の中に静かな余韻が残ります。

歴史小説というと、英雄の活躍や華やかな勝利を思い浮かべがちですが、本作はその逆を行きます。

勝てばすべてが正義になる時代の割り切れなさ。その空気感が、私たちが生きる現代の社会と重なって見えてきます。この視点こそが、和田竜らしさなのでしょう。

 

一色五郎という謎だらけの主人公

一色五郎という人物は、実ははっきりした史料がほとんど残っていません。実在したとも、後世に作られた人物とも言われている謎の多い武将です。歴史に詳しい人の間でも意見が分かれ、決着はついていないようです。

しかし、和田竜は、その曖昧さを欠点とは考えません。むしろ「だからこそ書ける」と考え、五郎を物語の中心に据えます。

史料が少ない分、想像の余地があり、人物に血を通わせることができるのでしょう。この判断が、小説としての面白さを大きく押し上げています。

小説の中の五郎は、背が高く、強く、戦にめっぽう強い。砲術の名手たちを配下に置き、長岡勢を何度も退けます。

ただ強いだけでなく、人を惹きつける不思議な存在感も持っています。敵であるはずの忠興も、五郎を意識せざるを得なくなっていきます。

ここで重要なのは、五郎が完璧な英雄として描かれていないことです。自信に満ちているようで、どこか孤独を抱えています。未来を見通すかのような言動をしながらも、その力が彼自身を縛っているようにも見える。

読者は次第に、五郎の強さの裏側にある重さに気づいていきます。史実と想像をうまくつなぎながら、「もしかしたら、こんな人物だったのかもしれない」と思わせる説得力があるのが和田竜の筆の力です。

読み終えたとき、五郎は歴史上の名前ではなく、確かに生きていた一人の人間として記憶に残ります。

 

五郎と忠興の若さゆえのぶつかり合い

この小説がとりわけ面白いのは、一色五郎と長岡忠興の関係です。二人は同じ年頃で、共に家を背負う立場にあります。だからこそ、比べずにはいられません。その比較が、忠興の心を静かに追い詰めていきます。

忠興は五郎を敵として見ると同時に、人として強く意識してしまいます。強さ、器の大きさ、人の集め方。どれを取っても、自分より上に見える相手です。

「追いつきたい」「負けたくない」そんな感情が、忠興の中で渦を巻きます。尊敬と悔しさが入り混じった感情はやがて嫉妬に変わっていきます。

それでも忠興は、五郎を嫌いきれません。この割り切れなさがとても人間らしい。和田竜は、この微妙な心の動きを説明しすぎずに描いてみせます。

さらに物語を深くしているのが、政略結婚という選択です。五郎は忠興の妹を娶ることで、敵対関係にあるはずの二人は家族という立場にもなります。この関係性が、忠興の迷いをさらに大きくします。

戦で倒すべき相手なのか、それとも守るべき存在なのか。答えは簡単には出ません。

一方の五郎は多くを語りません。すべてをわかっているかのように振る舞いながら、静かに時を待ちます。だからこそ、最後の選択が胸に重く残ります。

本作は、勝ち負けの物語ではありません。若さゆえの焦りと選択が、その後の人生をどう決定づけてしまうのかを描いた物語なのです。

 

終わりに

『最後の一色』は、歴史の中に埋もれた出来事を、誰にでも届く物語としてよみがえらせた作品です。

難しい知識がなくても読める。それでいて、読み終えたあとに、登場人物の人生について考えさせられます。和田竜の小説が多くの読者に支持される理由がはっきりと詰まっています。

歴史小説は難しそうだと思っている人にも手に取ってほしい一冊です。静かに心に残り、あとから何度も思い返してしまいます。そんな力を持った確かな物語です。

読書っていいものですね。