微妙な違いですが、経済学でなく経済の話です。著者の経験と考え方が前面に出ていて、学問的な考察は薄く感じます。「娘に語る」とタイトルにある通り、語り掛けるような文体で執筆されています。数日間で書き上げた内容なので、全てが系統立てて説明されている印象はありません。
- 格差
- 市場社会
- 利益と借金
- 金融
- 労働力とマネー
- 機械
- 新しいお金
- 地球のウィルス
各論は以上のとおりですが、思いつくまま流れに任せて書かれています。少なくとも私はそのように感じました。彼の言葉で書かれた内容は読みやすい。読みやすいからと言って、全てが正しいと言うことにもなりませんが。
「父が娘に語る経済の話」の内容
元財務大臣の父がホンネで語り尽くす!シンプルで、心に響く言葉で本質をつき、世界中で大絶賛されている、究極の経済×文明論!【引用:「BOOK」データベース】
「父が娘に語る経済の話」の感想
分かりやすい文章
経済とりわけ資本主義について書かれていますが、敢えて経済学の専門用語を使っていません。分かりやすい言葉を使っていますので、感覚的に理解しやすい。娘に対する語り掛けという形だから読みやすいのでしょう。娘の年齢が分からないので、どの年齢層に対する語り口なのかは分かりませんが。
ただ、言葉の定義は重要なので簡単な言葉を使うことは危険も伴います。専門用語は、その言葉自体に確固たる意味があります。著者が使った言葉が、正しく経済を言い当てているかどうか気をつけなければいけません。彼のイメージで語られる言葉だからです。経済学の話ではなく経済の話だから許容範囲内ですが。
娘に対するメッセージは、次世代に対するメッセージです。多分に主観的であり学問に感じないことが、メッセージを受け取りやすくしています。本書で書かれる経済の話には反証があまり出てこないのは気になります。
歴史と経済
- アボリジニとイギリスの話。
- 産業革命。
- 大恐慌。
- 古代ギリシャ。
過去の出来事から考察し、現在の経済へと繋げていきます。全ての出来事は、複雑に入り組んだ状況が引き起こします。一つだけの要因ではないので、必ずしも経済的な側面からだけで説明できません。政治・人種・環境などと同様に、経済は一つの要因に過ぎません。
著者は金利を重要な要素として考えています。金利は、文字・債務・通貨・軍隊・国家へと繋がっています。イギリス人に力を与えたのも金利だということです。イギリス人(ヨーロッパ人)が植民地を増やしたのは金利を求めるためであり、彼らが残虐だから侵略した訳ではないとのことです。争いはアボリジニの中にもあります。ヨーロッパ人が残虐に見えたのは、圧倒的な力の差がそのように見せたのかもしれません。
人はよりよい生活を求めるために進歩や進化を求めます。金融のおかげで人類が発達していったというのも事実でしょう。金利が生み出した結果ですが、それだけが理由ではありません。著者の考察は正しいが、金利だけに解答を求めようとすると危うい。理解できますが違和感があるのは、歴史を経済の側面からだけで見ているからです。経済を一つの側面として考察し解説していれば納得できます。経済の視点からだけで、歴史を見ることはできません。
文学・映画からのたとえ話
文化の受け取り方は人によって様々です。同じものを見ても感じ方は違います。文学や映画に対する著者の受け取り方も、一つの形に過ぎません。文化は人の本質に迫るものなので、受け手の本質次第で変わります。
著者は、映画や文学を自身の都合の良いように解釈しているように感じます。映画から引用していますが、映画も文学も興行的でエンターテイメントの側面があります。必ずしも人の本質を表現しているとは限りません。人の本質がそれぞれに違うなら、解釈に絶対的な正しさは存在しません。著者の引用も一つの解釈として受け取る必要があります。文学や映画は時代・地域・民族など多くのものを反映しています。彼が抱く経済の形を通して見るから、結果的に都合の良い解釈になってしまうのでしょう。
私の好きな映画の「マトリックス」がよく登場します。彼は「マトリックス」から多くのことを引き合いに出します。映画の製作者の意図はどこにあったのでしょうか。もちろん興行的に成功することが最も重要な目的だったと思います。著者の受け取り方も一つの形なので否定しませんが、彼の考え方に過ぎないことを理解しておかなければなりません。果たして「攻殻機動隊」に、経済の何かが隠されていたのかどうか。
具体例からの一般化
現実に起きた事象を一般化するのが学問の目的の一つです。経済は時代や場所により様々な形で現れます。人が作り動かすものだから一般化は難しい。著者も物理学と違うと言っています。だからこそ、一般化への考察が重要になるのでしょう。歴史の事実や文学・映画を通じた考察は、全てではないにしろ各論的には正しい部分もあります。一般化されているかどうかについては疑問を感じますが。
経済は脈々と続きます。一部分のみを切り取って論じることはできても、それでは一般化にはなりません。物理学と違い変化するものだから、様々な条件下に当てはめて検討する必要があります。著者はその時々の経済の事象を一般的な経済的考察に見せていますが、果たして正しいのでしょうか。どうしても著者自身の考え方にしか感じません。
「経済学」でなく「経済」の話だから構いませんが、経済学だとすればあまりに誤解を生みそうです。
終わりに
「経済の話」としては面白かった。こういう見方もあるのだと感心します。ただ、全体的に著者個人の考え方に過ぎない印象があります。「父が娘に語る」という通り、著者が娘に伝えているだけで学術的考察や根拠が乏しい。一つの意見・考えとして受け止めれば読んでいて面白い。全てを信じてしまうのは危険があります。
9日間で書いただけあって構成も詰められていないように感じます。格差を生む経済や市場のメカニズムなど様々なことが書かれていますが、向かうべきストーリー・伝えたい本質が見えてきません。消化不良感が残ります。