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君にさよならを言わない:七月隆文【感想】|願いを叶えた時、切なさとともに暖かい感情が心を満たす

「ぼくには、幽霊が視える。」

 心残りのある幽霊の願いを叶え、成仏させる。物語の設定としては有りがちです。ありふれた設定で、オリジナリティ溢れたストーリーを作り出すのは難しい。本作もストーリーの組み立て自体に、それほど目新しいものはありません。ただ、心残りをテーマにしている限り、目に見えない心の内を描かなければなりません。見えないものを描くことは難しいし、それを読者に伝えるのはもっと難しい。著者の文章は、難解な単語を使うこともなく文脈も分かりやすい。また、台詞を中心として文章を構成しているので読みやすい。

 一方、読みやすいからと言って中身まで軽くなってしまっている訳ではありません。登場人物の心の機微を、台詞や思考に乗せて伝えてきます。ライトノベル的な雰囲気は漂いますが、大人が読んでも楽しめます。 

「君にさよならを言わない」の内容

「明くんと久しぶりに話せた…」事故がきっかけで幽霊が見えるようになったぼくは、六年前に死んだ初恋の幼馴染、桃香と再会する。昔と変わらぬ笑顔をぼくに見せる桃香は、ある未練を残してこの世に留まっていた。それは、果たせなかったあの日の約束…。桃香の魂を救うため、ぼくは六年前に交わした二人の約束を遂げる―。【引用:「BOOK」データベース】 

「君にさよならを言わない」の感想

霊が視えることで・・・ 

 明は交通事故で生死の境を彷徨ってから、幽霊が視えるようになります。交通事故の原因も語られませんし、生死の境を彷徨っている時に何かが起きたのかどうかも語られません。著者にとって、明に幽霊が視える理由は重要な要素ではないのでしょう。重要なのは幽霊が視えることで起こる出来事の数々です。

 彼は幽霊が視えます。しかし、幽霊と関わりを持たずに生きていくことも出来ます。物語が始まるためには、積極的かどうか別にして彼が幽霊に関わり続けていく理由が必要です。最初の物語「星の光」では、明自身のストーリーが描かれます。彼の幼馴染で初恋の人「芹沢桃香」との再会です。小学校4年生の時に事故で亡くなった女の子が、高校生の姿で明の前に現れます。現れると言うよりは、ようやく明が気付くようになった訳ですが。彼女は小学校4年生という幼さで命を失い、成仏できずにいます。何故、成仏できないのか。読み進める内にその理由は明らかになっていきます。彼女は明に気付いて欲しい。最後に伝えきれなかったことを伝えたい。そのことが明に伝わっていくのが分かります。 

明と桃香がお互いを思いやる気持ちは優しさに溢れていて、彼らの感情が心に響いてきます。

 明自身の物語を最初に描くことで、彼の幽霊に対するスタンスが明確になります。幽霊だけでなく自分自身が救われることで、幽霊が視えることを受け入れるのでしょう。心残りを抱え成仏できずにいる幽霊が、どれほど悲しい思いを抱いているのか。また、その幽霊に関わっていた人たちも何らかの心残りがあることを理解します。 

しいけど暖かい

 幽霊が登場しますが、怖さはありません。また、悲しさだけでもありません。幽霊たちはこの世に心残りがありますが、怨みを抱いて成仏出来ない訳ではないのです。彼女たちは成仏したい。ただ、どうしてもやり残したことがある。それを放っておくことは出来ない。その気持ちが伝わってきます。彼女たちがやり残したことは、生きている大事な人のためにやらなければならないことです。残った人たちに前を向いて歩いていってもらうために必要なことなのです。

 彼女たちと残された人との橋渡しになる明は、感情に揺さ振られる時もあります。何故なら、彼女たちは生きている人たちのことを第一に考えています。そのために自分のことを犠牲にしても構わないくらいに。それを感じる度に明は桃香のことを思い出すのです。そのことが明を冷静でいられなくするのかもしれません。 

誰かのためだけに行動する彼女たちは純粋な存在です  

 生きている人たちが前を向くためには、自分が死んだことを納得させなければなりません。思い出にしてもらう。そのことを彼女たちが本当に望んでいるのかどうか。思い出にされたくないと思っているかもしれません。いつまでも思いを残して欲しいと思っているかもしれません。しかし、生きている人のことを最優先に考える。その気持ちが分かるから、明も感情に突き動かされ、彼女たちのために一生懸命になるのでしょう。登場する全ての人が、自分の大切な人のために必死になります。その気持ちに心が暖かくなります。  

常とともに

 幽霊は非現実的なのだろうか。私は幽霊や霊魂を見たことがないので、その存在には否定的です。でも、自己矛盾を起こしていますが夜の墓所や学校は怖い。

 本作でも、幽霊が登場するので非現実的な物語のはずです。しかし、それほど現実離れした空想の話だと感じません。明の日常生活をベースに描かれているからでしょう。明は幽霊が視えること以外は、ごく普通の高校生です。普通に高校に通い、普通に生活しています。考え方も行動も普通です。ありふれた高校生の日常に組み込むことで、幽霊を違和感なく受け入れてしまいます。明の家庭環境はやや複雑で生々しいですが、幽霊に比べれば有り得ない話でもない。それに、明の家庭環境は重要な要素になっています。現実の生々しい話が非現実な幽霊を現実的なものにしています。 

終わりに

 登場人物は高校生で占められます。明の妹の柚は当初中学生ですが、主要な登場人物で大人はいません。高校生なので気持ちに裏表がなくても違和感はありませんし、思った通りに行動したり言葉にしたりすることも不思議ではありません。会話を中心としたストーリーなので、思ったことを話してもらわないと登場人物の意図が伝わらない。大人だと、ここまで素直に思ったことを話せません。ただ、心の裏側にある真意を読み取ったりする必要がない代わりに、想像力を働かせる部分が少ないとも言えます。著者の意図する通りに受け止め、素直に感動出来る。分かりやすさが、読みやすさでもあります。

 高校生が主役ですが、恋愛要素はほぼありません。だからと言って物足りなさを感じることもありません。読み応えを感じるというよりも、自然と読み進めていってしまう小説です。