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『黒牢城』:米澤 穂信【感想】|戦国×ミステリ

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ご覧いただきありがとうございます。今回は、米澤 穂信さんの「黒牢城」の読書感想です。

第166回直木賞受賞作で、2022年本屋大賞第9位です。

舞台が有岡城で、主人公は荒木村重です。謀反を起こした荒木村重を、小寺孝高(黒田官兵衛の方が分かりがいいと思いますので、この後は黒田官兵衛と表記します)が翻意するよう説得に訪れるところから始まります。最後は、荒木村重が有岡城を脱出するところで終わります。

これだけを見ると、歴史小説だと思ってしまいます。しかし、読み始めると全く違った装いを見せ始めます。短編の謎解きミステリーだからです。籠城渦中の有岡城を舞台にした連作短編ミステリー集です。確かに史実に基づいた舞台設定ですが、ジャンルはミステリーに分類されるでしょう。

荒木村重の謀反という史実を舞台にしたことで、設定には様々な制約が出てくるでしょう。当時の情勢や人間関係、史実を前提にしなければなりません。その中で物語を構築し、謎を作り出します。

謎解きの説得力も重要ですが、謎自体も説得力も必要です。時代背景を無視してしまうと白けてしまうかもしれないし、荒木村重や黒田官兵衛のイメージを覆し過ぎると違和感が出るかもしれません。ミステリーですが歴史小説でもあります。その兼ね合いは難しいでしょう。

「黒牢城」のあらすじ

「おぬしならばこの曲事を解ける」本能寺の変より四年前、天正六年の冬。織田信長に叛旗を翻して有岡城に立て籠った荒木村重は、城内で起きる難事件に翻弄される。動揺する人心を落ち着かせるため、村重は、土牢の囚人にして織田方の軍師・黒田官兵衛に謎を解くよう求めた。事件の裏には何が潜むのか。戦と推理の果てに村重は、官兵衛は何を企む。【引用:「BOOK」データベース】

 

「黒牢城」の感想

木村重の謀反

荒木村重の謀反は戦国時代を描いた小説や映像などでは必ずと言っていいほど描かれます。歴史に詳しくない私でも知っているほど重要な事件です。黒田官兵衛を描く上でも重要な出来事です。

荒木村重の謀反の理由は諸説あります。答えが明確になっていないことだからこそ、荒木村重の謀反をメインにした小説となれば期待感も膨らみます。この謀反をどのように描くのかは非常に興味深いからです。史実の結末ははっきりしていても、その過程と荒木村重の人間をどのように見せるかは著者次第です。

織田信長を裏切った家臣で有名な人物は松永久秀と明智光秀、そして本作の荒木村重です。一方、信長に心酔していた武将も多かったでしょう。荒木もかつては心酔していたのかもしれません。

明智光秀と同様、荒木村重の謀反の理由も明確ではありません。当時の状況や人間関係など様々な要素から推測できたとしても、確定的なことは分かりません。歴史上の事実は分かっても、そこに至る荒木村重の思考の過程は見えません。負けた側の資料が残りづらいということもあるのでしょう。

当時、織田信長に臣従するか敵対するかを選ばざるを得ない情勢になっていたのでしょう。敵対の主力は、石山本願寺や毛利です。どちらにつくか考える余地があるということは、信長に対抗しうる可能性があったということです。荒木村重も、毛利が味方すれば信長に対抗できると判断したからこそ謀反を起こしたのでしょう。

ただ、各大名は生き残りをかけて様々な計算をします。確約されるものはありません。荒木の謀反も計算通りに進む可能性がある一方、そうならない可能性も含んでいます。楽観的では生き残れない時代なのは間違いありません。

有岡城内は徐々に緊張感を増していきます。荒木村重の計算通りに物事が動いていかないからです。籠城は後詰がなければ勝利を得ることは難しい。助勢次第ということです。そうだとすれば、荒木村重は毛利に命を預けたも同然です。彼の計算では、毛利の助成は間違いないものだと考えていたのでしょう。

我々は歴史の事実を知っています。荒木村重の謀反は失敗し、有岡城は悲惨な最期を遂げます。結果を知っているから、荒木の謀反を無謀なものと捉えてしまいます。しかし、当時の荒木にとって、信長と敵対することは十分に勝機を得ることのできる選択だったのでしょう。彼の動機は明確でありませんが、武将として勝ちを拾えない選択はしないはずです。ただ、あまりにも毛利や本願寺に頼り過ぎたのかもしれません。

 

木村重の心の内

人の心の中は見えません。行動や言葉から心象は伺い知れるが正しいかどうかは分かりません。だからこそ、人間関係は難しくて面白い。

何度も言っているように、荒木村重が謀反を起こした理由は明確ではありません。状況や残された資料からある程度推測できますが、それでも荒木村重の思考を確定的に捉えることはできません。できないからこそ、様々な想像ができます。

荒木村重の思考をどのように捉えるかで、彼の行動が様々な意味を持ってきます。同じ出来事であっても、心の内次第では意味が違ってきます。事実は同じでも、持つ意味が違うことは多々あることです。

有岡城に籠城してから脱出するまで1年ほどです。徐々に形勢が不利になっていく中、荒木は変わっていきます。荒木が変われば、家臣も変わります。両方が同時進行的に変わっていきます。

勝利が見えている時は、言動と心の内はある程度一致しているでしょう。しかし、不利になれば、言動の真実味が薄れてきます。命が関わってくればなおさらです。家臣は当主の命令に従わなければなりません。意見を述べることができたとしても命令に背くことはできない。当主を信じることができれば、喜んで従うでしょう。しかし、不信を抱けば、従いたくなくなるのが人情です。それでも従うのが主従の関係ですが。

荒木が勝利を信じることで、家臣たちも勝利を信じることができます。もちろん、信じるだけでなく、根拠のあるものでなければなりません。毛利が来ず、情勢が不利になる中で、荒木自身が敗北を意識するようになってきたのでしょう。家臣はそれを敏感に感じ取ります。荒木の心の内が見えないからこそ、感じ取ったことに過大反応します。

荒木の心の変化は、そのまま家臣たちの変化です。有岡城内が不安と不信に沈んでいくのは、荒木自身に理由があるのでしょう。そうは言っても、情勢が不利になっていくのは荒木の責任だけではないのですが。

荒木が謎を解く理由は、信長との戦いに勝利するためです。不利になればなるほど、有岡城内は不穏になります。信長との戦いではなく、内部で分裂し、崩壊していく可能性が大きくなっていきます。荒木は謎を解かざるを得ません。ミステリーで謎が登場するのは当然ですが、それを解かなければならない理由も必要です。謎を見逃せない切実な理由が必要なのです。

有岡城や家臣、諸大名を取り巻く情勢だけでなく荒木自身の心の内を描くことで、彼が謎を解かざるを得ない状況を作り出します。天守地下の土牢の官兵衛しか頼れない状況にもなっています。官兵衛に会いに行く時点で、荒木は進退窮まっているのです。

 

楽椅子探偵

官兵衛の立ち位置は安楽椅子探偵です。荒木が持ち込んできた謎と、それにまつわる事実や状況を聴くことで謎を解きます。解くと言っても、荒木に答えを教える訳ではありません。あくまでも、謎を解くきっかけを与えるだけです。荒木はそれを基に、自ら答えを見つけ出します。ただ、官兵衛は全て見通していることが前提になっています。

荒木が謎を解かなければならない理由は先ほど書きました。では、官兵衛が荒木のために謎を解く鍵を提供する理由は何でしょうか。安楽椅子探偵は、謎を解くこと自体を目的にしていることもあります。しかし、官兵衛はそんな単純な理由で謎を解く訳ではありません。官兵衛の意図は結末で明かされます。

官兵衛が優秀な人間だということが前提の物語です。黒田官兵衛がどのような人間であるかを知っていないと、土牢での荒木と官兵衛のやり取りは不可思議なものに映ります。そういう意味では、歴史の知識がないと読んでいて納得感が得られないかもしれません。ただ、荒木村重も黒田官兵衛も知らない人は少ないと思いますが。

 

終わりに

歴史とミステリーのどちらに重点を置いた作品かといえば、ミステリーだと思います。それぞれの短編の構成はほぼ定型化されています。事件が起こり、荒木が真相を探り、官兵衛に頼ります。結論的には、荒木自身が謎を解くことになるのですが。

根底に流れているのは、有岡城の運命がどうなるのかです。我々は歴史を知っていますが、渦中にいる荒木や家臣、官兵衛がどのように情勢を捉え、現状を打開しようとしていたか。その必死さがあるからこそ、ミステリーも際立ってくるのでしょう。

最後までご覧いただきありがとうございました。