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『クスノキの番人』:東野 圭吾【感想】|その木に祈れば、願いが叶う

ご覧いただきありがとうございます。今回は、東野 圭吾さんの「クスノキの番人」の読書感想です。

クスノキに秘められた謎が重要な要素ですが、ミステリーでははなくヒューマンドラマの印象が強い。登場人物の心の機微が丁寧に描かれているからでしょう。読んでいて伝わってくるのは家族の絆です。

主要な登場人物は、主人公の直井玲斗と伯母の柳澤千舟、佐治寿明と優美の親子、大葉壮貴の親子です。それぞれの家族は何らかの事情を抱えています。それらの事情とクスノキがどのように関わってくるのか。クスノキの謎が明らかになっていくにつれ、徐々に分かってきます。

「クスノキの番人」のあらすじ

不当な理由で職場を解雇され、その腹いせに罪を犯し逮捕されてしまった玲斗。同情を買おうと取調官に訴えるが、その甲斐もなく送検、起訴を待つ身となってしまった。そこへ突然弁護士が現れ,依頼人の命令を聞くなら釈放してくれるという。 依頼人に心当たりはないが、玲斗は従うことに。

依頼人は千舟と名乗る年配の女性で、驚くことに伯母でもあるというのだ。あまり褒められた生き方をせず、将来の展望もないと言う玲斗に彼女が命令をする。「あなたにしてもらいたいこと。それはクスノキの番人です」と。

 

「クスノキの番人」の感想

スノキの謎

願いが叶うと言われるクスノキを管理するのが「クスノキの番人」です。玲斗はクスノキがある神社も共に管理することになります。願いが叶うと言われるものは、世の中にたくさんあります。パワースポットとも言われ、あちこちにある訳ではないが珍しくはありません。

しかし、クスノキに明かされていない謎があるのは、読み始めてすぐに分かります。祈念の存在です。予約制で行われる祈念は単に願いを叶えることだけが目的とは思えません。

願いを叶えたい人たちが集まっているだけの可能性も残っています。ただ、祈念を終えた人たちの表情や言動からは、祈念自体が目的のように見えます。そのことがクスノキに何らかの秘められた謎があることを伝えてきます。玲斗が感じている謎や違和感は、物語が進むにつれ大きくなります。新しい事実が出てくる度に、新しい謎が生まれてくるからです。

クスノキの謎は、そのまま登場人物の謎すなわち秘密に繋がります。クスノキに祈念する人々は何を祈念しているのか。そのことで何を求めているのか。クスノキと祈念の真実が分からない限り、彼らの秘密も心奥も分かりません。

玲斗はクスノキの番人でありながら真実を知りません。また、教えてもらえない。教えてもらえないということは、教えるものが存在するということです。千舟は玲斗自身で気付けと言います。

クスノキの謎が、物語の展開にどのように関わってくるのか。そもそも祈念とは何なのか。徐々に明かされていく謎が、物語を動かします。玲斗がクスノキの謎を明かしていくので、彼自身が物語を作っているように感じてきます。

 

族の在り方

クスノキを中心に描かれるのは家族です。祈念の謎が明かされていくにつれて、そのことが明確になっていきます。祈念が預念と受念のふたつで構成され、血の繋がりがないと念を受けとることができません。祈念は家族を前提にしています。

一方、家族の在り方は単純ではありません。登場する3つの家族は全く違います。しかし、視点を変えれば同じ部分もあります。すでに身近な家族のひとりが他界していることです。

家族は生まれた時から家族です。それを否定することはできません。血の繋がりは逃れられない事実です。しかし、血の繋がりは重要ですが、それだけで家族が作られる訳ではありません。長い時間をかけて家族は作られていきます。

クスノキの祈念は血の繋がりを求めます。血の繋がりこそが家族の最も重要な要素のようにです。また、血の濃さも必要としています。だからこそ登場する3つの家族の血の繋がりの違いを際立たせているのでしょう。

彼らに共通するのは、決して不幸ではなかったということです。もちろん、それぞれに思うところはあったでしょう。過去の佐治と兄の関係は、お互いに嫉妬を抱くような関係です。だからといって、兄弟であることを否定するほどではありません。また、現在の佐治の家庭も良好なのでしょう。でなければ優美が佐治の行動を知ろうとしません。家庭を守ろうとしている証拠です。

玲斗の家庭は、世間的には恵まれていません。不倫の末に玲斗は生まれ、父も認知しません。経済的な援助も途切れ、家族は貧困に苦しみます。貧困は家族がともに過ごす時間も奪います。それでも玲斗は母のことが好きだったのでしょう。

それぞれに環境が違う3つの家族ですが、根本に流れるものは同じです。家族が大事であり、失ったことを悲しく思い、現在も柔らかな思い出として心に残していることです。

 

悔と希望

人生は後悔の連続です。時間を巻き戻すことはできないから、やり直すことは叶いません。それでも前を向いて生きていかなければなりません。

クスノキに託すのは後悔の念だろうか。それとも希望だろうか。人はどちらの思いも抱いています。クスノキが全ての念を伝えるならば、希望の念だけを残すことはできません。後悔や嫉妬などの負の感情も余さず伝えます。

しかし、全てを伝えるからこそ、受け取る人に響くのです。都合の良い部分だけが伝えられたとしても、心の奥底に染み込みません。人は全てを見せることで、真の自分を知ってもらうことができます。

人は後悔に押し潰さそうになることもあります。取り戻すことができないからです。人を傷付けたのならなおさらでしょう。後悔に囚われすぎると希望は生まれません。

クスノキに託したいのは、過去の過ちに対する謝罪もあるかもしれません。しかし、それ以上に希望を伝えたいのでしょう。佐治の兄は決して後悔を伝えたかった訳ではない。後悔も含んだ上で感謝を伝えたかったのです。

壮基の父は伝わらないことで、息子に自立と親子の絆を伝えたかった。

千舟の祈念は、玲斗に対する贖罪だったのでしょう。玲斗に希望を伝えるのではなく、玲斗から希望を奪ったことに対する謝罪だったのかもしれません。彼に、希望を抱いた人生を歩むことを望んだのです。

 

終わりに

クスノキが果たす役割は現実的ではなくファンタジーの要素が強い。現実には起こり得ない事象です。しかし、物語の全てについて現実感が失われてしまうことはありません。人物描写が丁寧だからです。

一方、悪意の人物は登場しません。嫌みな人はいますが、悪人というほどではありません。綺麗すぎる結末は好みの分かれるところでしょう。

最後までご覧いただきありがとうございました。