晴耕雨読で生きる

本を読み、感想や書評を綴るブログです。主に小説。

ーおすすめ記事ー
タイトルのテキスト
タイトルのテキスト
タイトルのテキスト
タイトルのテキスト

『medium 霊媒探偵城塚翡翠』:相沢沙呼【感想】|すべてが、伏線。

f:id:dokusho-suki:20200425113310j:plain 

 こんにちは。本日は、2020年本屋大賞第6位、相沢沙呼氏の「medium 霊媒探偵城塚翡翠」の感想です。

  

 4話で構成されていて、各話で事件が起こり、犯人を突き止めていきます。霊媒探偵 城塚翡翠と推理作家 香月史郎の二人で謎を解きます。各話の間にインタールードとして、連続殺人犯が描かれます。インタールードが結末で大きく物語を動かすことは予想できます。おそらく城塚翡翠と対決するのでしょう。

 城塚翡翠と香月史郎の関係性は、ミステリーでなくライトノベルの雰囲気が漂います。二人のやり取りは読んでいて恥ずかしい。翡翠の言動は不自然なほどであり、それに付き合う香月も恥ずかしくないのでしょうか。相沢沙呼の作品で既読は「マツリカ・マジョルカ」だけだからライトノベルのイメージがあるのかもしれません。表紙からもライトノベル的な雰囲気を感じます。 

 最後まで読まないと面白さは分かりません。感想は、前半部分はネタバレなしを心掛け、後半はネタバレします。 

「メディウム」の内容

推理作家として難事件を解決してきた香月史郎は、心に傷を負った女性、城塚翡翠と出逢う。彼女は霊媒であり、死者の言葉を伝えることができる。しかし、そこに証拠能力はなく、香月は霊視と論理の力を組み合わせながら、事件に立ち向かわなくてはならない。

一方、巷では姿なき連続殺人鬼が人々を脅かしていた。一切の証拠を残さない殺人鬼を追い詰めることができるとすれば、それは翡翠の力のみ。だが、殺人鬼の魔手は密かに彼女へと迫っていた―。 【引用:「BOOK」データベース】

 

「メディウム」の感想

塚翡翠のキャラクター

 翡翠は超美人でありながら孤独です。現実感は薄いが、その個性に引き込まれます。このキャラクターも結末では重要な要素になります。女性の目にはどのように映るのか気になるところですが。香月史郎は探偵役でありながら、読者が翡翠を見る視点にもなっています。

 香月と翡翠が急速に親密になっていくことに違和感がありますが、ライトノベル的に考えれば納得できます。彼女が香月に見せる好意は恋愛感情のようであり、二人が簡単に距離を縮めることに不自然さはあります。超美人とこんなに簡単に近づけるのは羨ましい。何故、香月と距離を縮めていくのかについては、翡翠の言葉の端々に理由が語られていきます。このことも重要なミステリー要素になっていきます。

 香月の評する翡翠像が、彼女をより弱々しく魅力的にします。翡翠のような人間はいないだろうし、いればいいなと思ってしまいます。

 霊媒だから事件を引き寄せていることで、霊媒であることが不幸の源であるかのように描かれます。そのことが翡翠を守りたくなる存在にし魅力を増します。

 

ンタールードの不穏さ

 プロローグで翡翠に待ち受けている未来は悲観的なものだと予想させます。連続殺人犯との対決の結末はどうなるのか。彼女を守りたくなるのは、彼女の不幸のためだけでなくインタールードの影響もあります。彼女が弱々しく描かれるほど未来は暗くなり、逃れられない運命を感じます。

 各話完結で事件を解決します。直後にインタールードで不穏さを出します。彼女が狙われる理由と待ち受ける未来をいかに回避するかが根底に流れ続けます。翡翠自身が運命に立ち向かう覚悟をすることで、未来に対する不安が増していきます。

 各話で一応の完結を見せながら、最終章まででひとつの物語を構成します。最終話まで読まないと本当の面白さは分かりません。読み進めるほどに、翡翠はどうなるのか気になり続けます。

 

えからの逆算

 霊媒だが能力には制限があります。制限があるからこそ香月の出番がある。

 犯罪捜査は証拠主義です。そのことを前提に香月は推理を働かせます。翡翠は答えを指し示すだけです。香月が警察に対して論理的な推理として伝えることで、警察は捜査を正しい方向に進めることができ犯人を逮捕できます。

 二人の分業が二人を近づけます。もちろん、香月と翡翠が信頼し合っているからですが。

 答えからの逆算をミステリーとして楽しめるかどうか。各話における推理は、ハウダニットホワイダニットが中心です。謎解きは面白い。読者も推理できるレベルでしょう。逆算推理は新鮮であり、霊媒というルールをうまく生かしています。

  

ここからネタバレ含みます

前提が覆る

 タイトル「medium」は霊媒の意味でもある。翡翠が霊媒であることが重要であり、物語を成立させます。読んでいて違和感はありました。表紙の翡翠のイラストと作中の翡翠のイメージがあまりにかけ離れています。表紙だから魅力的に描くとしても、彼女の個性と違い過ぎる。これもミステリーのヒントの一つです。

 彼女が霊媒として存在することが核心であり、香月同様に信じ込まされます。最終話で彼女が見せた素顔でようやく表紙の翡翠と作中の翡翠が一致します。インチキ霊媒師の独白は、第1話から第3話までの成り立ちを根底から崩します。

 では、どのようにして犯人を特定してきたのでしょうか。問題はそこに変わります。新しいミステリーが始まり、謎解きが開始されます。彼女の変貌の落差に驚いている間に、第1話から第3話までの真相が語られていきます。観察・推理・盗聴器。あらゆるものを使って対象を騙していく。自らの態度も含めて。

 物語の前提を崩してしまうことは想像できなかった。

 

月史郎と鶴丘文樹

 二人が同一人物だということは予想できます。全く別の第三者が最終話で登場するよりも面白い。翡翠が本当に霊媒だとすれば、香月と連続殺人犯の関係に気付いてしまいます。だからこそ、翡翠の霊媒の能力に制限があるように見せていたのでしょう。

 殺人に何も感じないシリアルキラーだと翡翠の能力でも気付けないと読者に思わせます。第1話から第3話の中で随所に彼女の不完全な能力が説明されます。何らかの伏線があることにも気付くのですが。

 香月が正体を明かした時、驚きよりも納得しました。今までの香月の言動に一定の道筋と整合性ができます。しかし、香月=鶴丘はその後の展開の布石に過ぎない。

 翡翠の台詞に、次の言葉がある。

人間は自らが謎を解いたり、秘密を見つけたりすると、愚かにもそこにそれ以上の謎や秘密があるとは考えないものなんです。

 香月に対して放たれた台詞ですが、読者にも向けられています。香月=鶴丘を予測し、その通りに展開したことで安心し、その後の翡翠の秘密に気付けなかった。そのために驚きが倍増します。著者の思惑通りかもしれません。

 

翠の推理

 「すべてが、伏線」

 「medium」の帯に書かれた言葉です。確かに彼女の正体を知ると、全てが彼女によって仕組まれています。全ての伏線に気付けるでしょうか。彼女の正体を看破しないと、彼女が犯人に辿り着いた理由を推理できない。彼女の霊媒の能力を信じていると思考は停止し、香月と同じ立場で考えてしまいます。

 霊媒=インチキならば、どうやって事件の真相を知ることができたのか。彼女の霊媒がインチキだと早い段階で気付いていれば、彼女と同じように事件の真相を推理できたでしょうか。彼女の説明を聞いていくと、第1話から第3話で描かれてきた事件についてあらゆる事象が解決のための伏線であることが分かります。無駄なものはないのかもしれません。

 ただ、読者がここまで推理できるかどうか。翡翠の能力の高さを際立たせるためにあまりにも難解な推理になっています。

 読めば納得感はありますが、気付けるかどうかと言われると疑問です。勝負できると思えないほどの謎解きの深さに感心するのもひとつの形ですが。最終話は驚きの連続です。今までの全てが崩れてしまうので、香月の気持ちも分からなくもない。

 

終わりに

 翡翠の正体が分かり、表紙の翡翠とイメージが一致します。納得感がある一方、彼女の本当の姿はこれで全てなのかと思ってしまいます。エピローグで事件解決後の翡翠が描かれます。そこには香月と対決した彼女と違う彼女が存在します。これこそが本当の彼女の姿なのでしょう。そう思わせることで、彼女の印象をさらに変えていく。

  • 冷静で論理的な翡翠
  • 感情を持て余す翡翠

 エピローグがなければ、彼女の人間味は出てこなかった。続編はありそうな雰囲気だが、霊媒でなくなった翡翠が主人公ならば全く違う物語になってしまうでしょう。