ご覧いただきありがとうございます。今回は、新川 帆立さんの「元彼の遺言状」の読書感想です。
第19回「このミステリーがすごい!」大賞の大賞受賞作です。新川帆立さんのデビュー作でもあります。新川さんは弁護士で、元プロ雀士です。興味を抱く経歴です。バイタリティも感じます。もともと作家志望だったようなので、夢を叶えたというところでしょうか。並々ならぬ努力と熱意がもたらした結果でしょう。
本作は、どんでん返しが続くミステリー小説です。「元彼の遺言状」というタイトルからも分かるとおり、遺言状が大きな謎でありストーリーの軸です。遺言状と弁護士の組み合わせも違和感はありません。
遺言状から始まる謎は追えば追うほど新しい謎を生んでいきます。謎から手を引くこともできますが、真相を開明することを諦めません。読者も同じ気持ちなのは間違いない。だからこそ、展開が気になります。
「元彼の遺言状」のあらすじ
「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」奇妙な遺言状を残して、大手製薬会社の御曹司・森川栄治が亡くなった。学生時代に彼と三ケ月だけ交際していた弁護士の剣持麗子は、犯人候補に名乗り出た栄治の友人の代理人として、森川家主催の「犯人選考会」に参加することとなった。数百億円ともいわれる遺産の分け前を獲得すべく、麗子は自らの依頼人を犯人に仕立て上げようと奔走するがー。【引用:「BOOK」データベース】
「元彼の遺言状」の感想
個性的すぎる主人公
主人公の剣持麗子は企業法務を扱う有名な弁護士事務所に勤め、高給を得ています。麗子の年齢で年収2000万円を稼ぐ弁護士がどれほど優秀なのかは分かりません。敏腕と言えるでしょうが、唯一無二の存在とまでは言えないでしょう。だからこそ、彼女を際立たせるためには優秀以外の個性も必要になってきます。
そのひとつがお金に対する執着です。玲子は自分の能力に見合った報酬を要求します。見合った報酬とは能力と結果に見合った報酬です。そして麗子は自身の能力に絶対の自信を持っています。弁護士事務所での具体的な成果は描かれませんが、彼女の自信だけは伝わってきます。嫌みに感じる読者も出てきそうなくらいです。
そんな反感を無くすために、彼女のぶっ飛んだ金銭感覚が役立ちます。ボーナスの査定ひとつで弁護士事務所を辞めてしまう行動力は嫌みよりも羨ましさがあります。
また、元彼の遺産を受け取るための代理人になるかどうかを決める時も、報酬額の算定は冷静な上、金額も飛び抜けています。数十億円くらいでは受任しないくらいです。この辺りになると一種の気持ち良さも感じます。現実的かどうかは別にしてですが。
著者も弁護士です。リアリティある弁護士を描けそうですが、あえて個性的過ぎる弁護士を登場させたのでしょう。小説だからできることです。
遺言状の謎
本作は物語の設定から面白い。誰もが意図を読み取れない怪しげな遺書から始まります。読者も何を目的とした遺言状なのか分かりません。
内容の真偽次第では殺人事件です。もし、殺人事件だとすれば、森川栄治は誰に殺されたのか。どのようにして殺されたのか。殺されていながら、何故、遺産を渡そうとするのか。謎はいくつも生まれてきます。一方、殺人事件でないとすれば、森川栄治が何を目的にこんな遺言状を残したのかが謎になります。殺人事件かどうかで謎の数も変わるし、質も変わってきます。
警察が動かないのは、森川栄治は殺されたのではないと判断しているからです。麗子も殺人事件ではないという前提で動きます。
栄治の意図が分からなくても、遺言状の内容のとおりにすれば遺産が手に入ります。栄治の目的を無視しても問題ありません。遺言状の謎は必ず解かなければならない謎ではないのです。遺言状自体は面白いがミステリーでは無くなってしまう可能性が出てきてしまいます。
だから、新たな展開を次々に生み出していく必要が出てきます。謎を追うというよりは、謎に引き寄せられていくといったところでしょうか。麗子自身の意志で動いているように見えますが、それ以上に偶然に支配されている感があります。その場での判断や推理は際立っていますが、状況を自らの力で引っ張っているようには見えません。
遺言状に潜む謎は様々な可能性を秘めています。展開次第ではどんな答えも導き出すことができます。だからこそ、真相は誰もが納得できる必要があります。栄治が残した遺言状の内容に必然性がなくてはなりません。
状況が二転三転し、遺言状の真の目的が明らかになっていくのですが、栄治の目的を果たすための唯一の方法だったのかどうかが微妙です。栄治の目的は書きませんが、ここまで世間を騒がせる必要があったのかどうか。納得感という意味では少し物足りない。どんでん返し続きで疲れるのもあるかもしれません。
リアリティはあるか
剣持麗子のキャラクターにリアリティはあまり感じません。読者の目を引くために作られ過ぎている気がします。何十億円の報酬を小さいと言う。弁護士人生を左右するとはいえ、即断で断れる金額でもないと思います。その即決力も、彼女のキャラクター作りのひとつだと思いますが。
小説だから個性豊かなことは悪くありませんが、飛び抜けすぎるとミステリーの緊張感は薄まってしまいます。
もともと遺言状の内容にリアリティはあまりありません。公表され、世間の耳目を集めるのも非現実的です。そもそもの設定自体がミステリーのために存在しています。ミステリーだから謎が必要ですが、作られた謎という印象が強い。著者の意図が透けて感じられてしまいます。
それでも展開がテンポよく進み、気持ち良さがあれば読んでいて楽しい。その点では、予想外の方向に進んだり、登場人物たちの複雑な関係性が徐々に明かされていくことは先の展開を期待させます。都合の良い部分もありますが。
警察の存在感が薄いのも違和感の残るところです。遺言状だけで警察が動かないのは理解できます。しかし、殺人事件が起これば、警察は必ず動きます。威信をかけて犯人を捜します。
遺言状がテーマだから主人公は弁護士が相応しい。警察と対峙させるためにも弁護士が相応しい。殺人事件が起こった後の警察の存在感を高めれば、弁護士としての麗子も際立ちます。しかし、警察の動きはあまり見えてきません。むしろ、警察に先んじて、麗子が真相に迫っていく姿は非現実的です。総じて、全体的にリアリティは乏しい。
終わりに
遺言状の文面だけを追うのではなく、その裏にある真実を探っていくミステリーです。謎を次々と生み出し、展開をひっくり返していきます。
一方、麗子のキャラクターが立ち過ぎていて、彼女に都合の良い展開が多い気がします。一気読みできますが、読後の爽快感は微妙です。
最後までご覧いただきありがとうございました。