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『人形館の殺人』:綾辻行人【感想】|打ち砕かれる世界の音を聴け

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 館シリーズの四作目。新本格ミステリーを打ち立てたシリーズです。「十角館」「水車館」「迷路館」は、館の中というクローズドサークルで起きた殺人を解明する王道ミステリーです。様々なトリックと複雑な人間関係を組み合わせ、納得感のある結末でした。本作は、前三作と比べるとかなり趣が違います。

  • 新鮮と感じるか。
  • 意外性を楽しめるか。
  • 館シリーズに期待したものと違うと感じるか。

 人によって感じ方はかなり違うでしょう。館シリーズを知っている人からすれば好みが分かれると思います。ただ、館シリーズを読んでいることが前提で物語が組み立てられています。島田潔の存在と館の秘密を踏まえた上で、物語の謎と解決は構成されています。

 最初に事件が起こり、犯人を探すのではありません。徐々に事件が起きます。進行形の中で、犯人の動機や目的を推理していきます。標的は飛龍想一。彼を中心に描かれますが魅力的な人物とは言い難いので入り込めるかどうかも微妙です。 

「人形館の殺人」の内容

父が飛龍想一に遺した京都の屋敷―顔のないマネキン人形が邸内各所に佇む「人形館」。街では残忍な通り魔殺人が続発し、想一自身にも姿なき脅迫者の影が迫る。

彼は旧友・島田潔に助けを求めるが、破局への秒読みはすでに始まっていた!?【引用:「BOOK」データベース】

 

「人形館の殺人」の感想

月から2月

 8か月間を各章ごとに描きます。最初に事件が起こり、その事件の解決を主眼に置くような展開ではありません。

 飛龍想一が命を狙われることと彼の過去がどのように関係しているのかを推理します。解くべき謎は、想一の過去と彼を狙う犯人の関係性です。8か月間は、想一が徐々に追い詰められていく期間として必要なのでしょう。劇的な出来事も起こりますが、8か月間は長い印象を受けます。

 想一の個性は内向的で悲観的な上、甘えも感じます。共感することは難しい。時間が経つほど追い詰められていきますが、彼に共感できないから緊張感を十分に感じません。日に日に緊張感が増していくのは理解できます。理解できますが、想一の苦しみを共有できません。

 また、8か月の期間がありながら登場人物が少ない。想一が内向的だから、交流する人物も少なくなるのでしょう。飛龍家と緑影荘に住む人々と架場久茂と道沢希早子くらいでしょうか。京都の8か月は想一の内向的な性格を考えても起伏がありません。これが数日間の出来事なら分かりますが。狭い世界での出来事が続くと段々と退屈してしまいます。

 想一の心の内を描くことが多いのも特徴的です。起こった事象と証拠に加え、想一の心が事件を形作っていきます。彼の心の内を描くのに、それなりの期間が必要ということでしょう。彼の心の動きを描くためには数日では描き切れません。追い詰められることも含めて。

 想一の心を描くことが重要ならば、犯人は彼の心の内にあります。数か月かけて過去も含めて描きます。彼の本質を描き、事件を絡ませていきます。

 長く感じるか。必要な期間と感じるか。読んだ印象はやはり長い。想一のうじうじした心の内ばかり聞かされるからかもしれません。

 

形と想一の過去

 過去の罪が想一を多重人格者にしますが、父親(高洋)の気持ちも分かります。彼が一番苦悩したでしょう。

  • 妻を殺した想一への憎悪
  • 身内から犯罪者を出すことの世間体
  • 子を守りたい気持ち

 子を守りたい気持ちがあったのかどうかは明確ではありません。

 高洋が妻を追い求めることが、妻に似せたマネキンを作り続けることに繋がる理由は何でしょうか。妻と心中するための作業であるとするならば、最も妻に似せることができる制作物がマネキンということです。すでに死んでいる者との心中は違和感がありますが。後追いと言うには時間が経ち過ぎています。

 高洋は後追いではなく、妻と一緒に死にたかったのかもしれません。彼が自殺をしたことからも、完全なマネキンを作り上げ思いを遂げることができたのでしょう。高洋も精神的に病んでいたのでしょうか。それとも芸術家の性質なのでしょうか。

 失敗作を配置した理由は、想一に妻のマネキンを発見させるためです。すなわち心中であることを気付かせるためです。目的は、想一に罪を思い出させ理解させるためです。しかし、想一が罪を忘れてしまっていることを知っていたのでしょうか。

 京都に来てから、想一のもうひとりの人格が動き始めます。もうひとりの人格は、高洋が事故を契機に想一の中に作り出した。父親は、その人格の存在を知っていたのでしょうか。単に罪を思い出させ、罪の意識を背負わせたかっただけなのかもしれません。

 しかし、想一のもうひとりの人格は簡単に罪を許しません。想一自身の罪の意識が作り出した人格であり、罪を忘れている想一に罪を背負わせるための存在です。マネキンが想一にもたらしたものは、必然でなく偶然です。もうひとりの人格まで想定していたとは思えません。高洋は、想一の過去の贖罪のために命を欲したのでしょうか。それが高洋の目的なのでしょうか。

 高洋がどこまでを求めていたのか分かりません。高洋と想一の過去は複雑に絡んでいますが、全てが必然で計算された結果だと感じません。

 

物の暗さと閉じられた世界

 登場人物が暗い。想一も緑影荘の住人も総じて暗いし、想一の養母も社交的とは言い難い。架場と希早子は一般的ですが特別に明るく見えます。想一の過去の事件の影響を考えると必要な暗さだと思いますが。

 下宿人三人も特殊な人間が揃っています。彼らも一般的とは言い難い。一癖も二癖もあります。犯人が誰なのか含みを持たせるためにも陰のある人物が必要なのは分かります。逆に怪しすぎて、彼らが犯人だと直接的過ぎる気もします。一方、架場も普通過ぎるだけに怪しさを持ちます。犯人かどうかは別にして、事件に関係ないと思えません。

 想一を中心に暗い雰囲気と閉じられた人間関係が続きます。ずっと曇り空が続くイメージです。クローズドサークルではありませんが、想一が活動的でなく行動範囲が限定的であることが一種のクローズドサークルのようです。喫茶店と大学が特別な場所のように感じます。8か月の間には事件もあるし事態が動くこともあるが数少ない。動く時は大きく動きますが。

 暗さは怪しさを強調します。犯人をミスリードしようとする意図が見え隠れします。だからこそ意外性のある人物が犯人だと思います。共犯の可能性も残りますが。

 雰囲気づくりの暗さは悪くありません。しかし、登場人物の暗さと事件に潜む闇を同一視できません。明るく普通の人物が犯人だからこそ、事件の闇が際立つこともあります。

 

人の予測

 想一を追い詰めた犯人は予想しやすい。アトリエの事件は可能性をいくつかに絞ります。中村青司の館と言えば、秘密の通路の存在です。通路があれば犯行は誰でも可能になります。犯人の可能性が高くなるのが緑影荘の住人たちです。しかし、彼らが犯人であれば単純過ぎます。

 早い段階で、想一か架場のどちらかが犯人だろうという予想に落ち着きます。想一であれば、事件にトリックは要りません。架場であれば、中村青司の館であることが生きてきます。

 問題は動機です。架場の過去は徐々に明かされますので、可能性は捨て切れなくなります。架場に疑いが向くと、逆に想一自身には何もないのだろうかと思います。想一と架場の過去の繋がりも気になります。

  架場が犯人だとしても、想一が京都に来たのは彼自身の意思です。架場の意思や企みは介在しません。想一が来たことで、架場の復讐心に火が付いたのでしょうか。きっかけにしては弱い。数十年動かなかった人間が、再び殺意を抱くほどの憎悪を持つのでしょうか。想一自身が犯人の可能性が高くなります。

 ただ、架場の関わり方や接近の仕方は、何かあるのではと最後まで感じさせます。

 

村青司と島田潔

 二人は館シリーズの最も重要な人物です。二人がいるからこそ館シリーズと言えます。前三作は、中村青司の館と島田潔の推理で進んでいきます。館に隠された謎が、事件の核心になります。しかし、本作の事件の核心はマネキンです。館自体ではありません。館の役割が隠し通路の存在だけだとすれば新鮮味が薄い。

 本作は、読者を完全に裏切る形で館シリーズを利用しています。前三作のイメージを逆手に取ります。読者は館と島田が不可欠と思い込んでいます。

  • 島田潔が想一の人格の一人であること
  • 館の隠し通路を描くために想一を画家にしたこと

 全てが繋がったトリックです。結末での展開のスピードには引き込まれます。それまでスピード感がなかったせいかもしれませんが。想一が犯人であることは予想の内のひとつですが、島田潔が彼の副人格であったことは予想外でした。伏線はあったのでしょうか。

 

終わりに

 多重人格で物語を終わらせるのは納得感よりも都合良さが目立ちます。想一の多重人格の発端は高洋の圧力でしょう。高洋と想一の関係が重要な要素でありながら、あまり追及されません。中村青司の館でないことをトリックの軸にするのは新鮮味ですが。

 精密に組み立てられたロジックよりも、精神的な揺らぎで物語を形作ります。本格ミステリーらしさは前三作よりも薄く感じます。