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『レゾンデートル』:知念実希人【感想】|殺人者の存在理由とは・・・

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 こんにちは。本日は、知念実希人氏の「レゾンデートル」の感想です。

 

 知念実希人氏のデビュー作で、福山ミステリー文学新人賞受賞作です。「誰がための刃 レゾンデートル」から改題・改稿されています。幻のデビュー作と言われるほど出回っていなかったようです。

 デビュー作とは思えないほどのボリュームと完成度です。医療が重要な要素ですが、医療ミステリーではありません。連続殺人犯と末期癌患者の物語です。医者が主人公なので医療用語や医療描写は詳細です。医者である著者の本領が発揮されています。

 内容は暗い。連続殺人をベースにしているのだから仕方のないことだろう。主人公は末期癌の外科医「岬雄貴」です。突然訪れた死の宣告に自暴自棄になります。命の期限を突き付けられた時、人はどのように振舞うのか。医者だからこそ、自分の病状と進行が手に取るように分かります。手遅れだと実感するのも生々しい。

 残り少ない命をどのように使うのか。どのような生き方をするのか。残り少ないからと言って何もできない訳ではありません。連続殺人犯ジャックと家出少女「沙耶」との出会いが人生を変えていきます。

 岬と沙耶の視点を中心に物語は進みます。ジャックの正体は誰なのか。岬と沙耶の関係はどうなるのか。ミステリーだけでなく、二人の関係も重要な要素になります。  

「レゾンデートル」の内容

末期癌を宣告された医師・岬雄貴は、酒浸りの日々を送っていた。ある日、不良から暴行を受けた岬は、復讐を果たすが、現場には一枚のトランプが―。そのカードは、連続殺人鬼「切り裂きジャック」のものと同じだった。その後、ジャックと岬の奇妙な関係が始まり…。【引用:「BOOK」データベース】  

 

「レゾンデートル」の感想

きる目的

 人は何を目的に生きるのか。そもそも何故生まれてきたのか。永遠の命題です。生きることの意味を探すのは難しい。到達できる日常の目標や目的はあるだろう。しかし、人生の目的と言えるのだろうか。

 生きる意味を探るためには「死」を真剣に考える必要があるだろう。生と死は隣り合わせであり、表裏一体です。逃れられない死があるから、生きている意味を求めます。死が生を終わらせるまで、何を成し遂げるかを考え続けなければなりません。成し遂げられないからと言って人生が無駄とは限りませんが。

 日常において死を意識することは少ない。必ず死ぬことは誰もが分かっています。死を恐ろしいものと考えている人は多いだろう。死は全てを終わらせ、自らの存在を消し去ります。死後の世界のことは誰も分かりません。無に帰するだろうと想像するだけです。

 日常生活でいつも死を考えていたら生活できないし、そもそも生きていけないだろう。考えないからこそ平穏に生きていけます。時々、真剣に考えることがあったとしても、考え続けることはできないようになっているのだろう。脳の仕組みとして。

 岬は死を考えざるを得ません。死がいつか訪れることは、岬も分かっていた。しかし、差し迫っている訳ではないから意識外にあったのだろう。医者として死に関わってきたとしても、それは他人の死に過ぎない。

 数か月後に確実に訪れる死は、人生のタイムリミットです。当然あるべきと思っていた人生が突然奪われます。想定していた人生が崩れ、立て直す時間も残されていません。残り少ない人生をどのように過ごすか。人生の意味を見つけ出さないといけないのか。

 岬の苦しさの理由はいくつかあるだろう。

  • 予想していた人生ではない。
  • やりたいことはまだまだたくさんある。
  • 何故、自分だけが?

 死が全ての終わりだと考えていれば当然の思いです。数か月をどのように生きるかで人生の価値が決まる訳ではありません。しかし、何かをやり遂げたいと思うのも自然です。人生のタイムリミットが明確に分かり、残りが少ない時、人はどのような思いになるのか。岬はその一例です。

  

と沙耶の関係

 二人の出会いは偶然ですが、偶然が運命に変わっていきます。出会ったのは、岬が人生を間違った方向に歩み始めていた頃です。彼自身は正しい道であり、生きる意味だと信じていましたが。

 沙耶は事件に巻き込まれただけです。そもそも彼女には全く関係がない。家出して、生きるために少し危ないことをしただけです。しかし、自分が少しだけと思っても、相手が少しとは限らない。

 岬が沙耶を助けたのは、全くの気まぐれではありません。自身の行いが正義だと信じていたから、危険にあっている沙耶を見過ごすことは自身の行いに矛盾を生じます。理由はそれだけかもしれない。

 岬は残り少ない命を悪人を殺すことで何とか繋いでいます。沙耶は邪魔な存在ですが、唯一の心の拠り所にもなります。殺人が根拠のないものだとしたら、岬の生きる意味は崩れ何も残りません。

 沙耶の存在が徐々に岬を変えていきます。ジャックを探し出す決意をさせたのは、沙耶の存在です。沙耶を守るという目的もあります。彼は新しい目的(人生の意味)を手に入れます。沙耶との生活が、彼に人間としての心を呼び覚ましたのだろう。

 お互いがあまりにも特殊な状況に置かれていたことが二人を近づけたとも言えます。二人とも問題を抱えていなければ、愛し合うことはなかったかもしれません。二人の年齢が離れているのは構わないが、沙耶が幼過ぎるのが気になります。彼女の決断は、彼女の真の心を反映しているのだろうか。

 

たつの事件

 岬が関わる事件と沙耶が関わる事件のふたつの事件が存在します。ジャックは法で裁けない悪人を殺していますが、彼の真の目的は本当にそれだけなのか。ジャックの正体と目的は大きな謎です。

 ジャックが岬を見出したのは全くの偶然です。そういう意味では、岬も巻き込まれただけなのかもしれません。残り少ない余命で不安定だったとしても、言葉ひとつで殺人へと引き込んでいくジャックの恐ろしさがあります。

 岬がジャックを追うようになってから、彼は探偵のようになります。余命の少なさが自首をさせません。ジャックを探すためには、自分が動くしかないと信じています。岬はジャックの仲間として殺人を犯しています。ジャックを捕まえたからと言って、彼の罪は消える訳ではない。岬はジャックを追い、同時に警察に追われます。

 一方、岬がジャックに迫っていく過程には都合の良さも感じます。ある事件に気付き、過去に遡っていく。聞き込みもあまり苦労しない。そして、岬の推理はかなり的確に真実を捉えています。一介の医者に過ぎない岬が、畑違いの分野で目覚ましい動きを見せます。残り少ない命の執念かもしれませんが。

 命のタイムリミットがあるからあまり寄り道できません。しかし、ジャックに着実に近づいていく姿は出来過ぎな感もあります。ジャックの共犯として動いていたとしても警察を出し抜けるだろうか。

 沙耶が狙われている事件も岬が探っていきます。ふたつの事件を同時に追っていくことになります。ふたつの事件はどこかで繋がっているのだろうか。そういう期待を抱かせます。ふたつの事件の背後には大きな闇があるのではないだろうか。 

 ただ、ふたつの事件に関わりはありません。別々の事件を抱えた岬と沙耶が繋がっているだけです。沙耶を狙う犯人とジャックとの対決の場が同じ場所で行われたに過ぎません。ふたつの事件に何らかの関わりがあれば、ミステリーとしてもっと面白かっただろう。

 

療描写

 医療に関わる言葉や描写にリアリティがあります。医療ミステリー作品を多く生み出していく原点だろう。

 本作は医療ミステリーではなく、連続殺人犯を追うミステリーです。しかし、主人公が医者であり末期癌患者なので、医療現場や末期癌患者を描かなければなりません。彼の症状や徐々に命が削られていく様子は生々しく伝わってきます。

 末期癌患者であることが物語の重要な要素です。岬の行動の原点には、余命の少なさがあります。彼の行動に説得力を持たすためにも医療描写は重要です。著者が医者だから、ここまで書けるのだろう。一般人にも分かるように書いているので、説明っぽくなっていますが。

 

終わりに

 知念実希人氏の原点がここにあります。本作では、医療は岬の行動のために存在します。医療自体がミステリーに繋がっている訳ではありません。しかし、医療がなければ、ここまで読み込ませなかっただろう。

 ミステリーと医療の絡まり合いは、その後の著者の作品でさらに磨かれていきます。デビュー作ですが完成度は高い。気になるところもありますが、それ以上に引き込まれます。