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『ゲームウォーズ』:アーネスト・クライン【感想】|70年代・80年代に思いを馳せる

 2018年4月に映画化された「レディ・プレイヤー1」の原作小説です。映像で表現される映画と文章で表現される小説では、かなり趣が違う印象です。映画を先に観ているので、読み進めれば映画のシーンが頭に思い浮かびます。映画の感想は、以下のリンクからどうぞ。

 著者は1972年生まれの小説家・脚本家で、70年代・80年代ポップカルチャーに対する並々ならぬ思い入れの持ち主です。ポップカルチャーは大衆文化の意味ですが、その中でもゲーム・映画・ドラマ・アニメが著者の思い入れの中心のようです。映画と小説は表現方法が違いますし、映画は時間の制限があります。制限のない(権利関係は別ですが)小説の中で、どのような物語が展開されていくのか興味が沸きます。 

「ゲームウォーズ」の内容

西暦2041年。革新的なネットワーク“オアシス”が張りめぐらされた世界は、深刻なエネルギー危機に陥っていた。ある日、その“オアシス”の画面に、「ジェームズ・ハリデー死去」のニューステロップが流れる。ハリデーは、“オアシス”を開発し運営する、世界的億万長者で、ゲーム業界のカリスマ的存在だ。テロップに続いて、ハリデーの遺書ともいえるビデオメッセージが現れ、“オアシス”内に隠したイースターエッグを一番先に見つけたものに、遺産のすべてをゆずることが宣言された―!【引用:「BOOK」データベース】 

「ゲームウォーズ」の感想

70年代・80年代

 著者は1972年生まれなので、70年代についてはリアルタイムでの記憶は少ないかもしれませんが、80年代以降はリアルタイムで経験したことが記憶として残っているでしょう。勝手な憶測ですが、80年代のポップカルチャーに影響を受け、70年代に遡ったのかもしれません。TVドラマやアニメについては家庭の豊かさに影響されませんが、映画・アーケードゲーム・家庭用ゲームは家庭環境に影響されると思います。著者は様々なゲームの知識を披露していますが、当時に経験したことなのか、それなりの経済力を有してから入手して遊んだのか。リアルタイムで経験していたのなら、裕福で理解のある家庭だったのだろうと推測してしまいます。少なくとも、70年代・80年代は著者にとって特別な時期であったことが伝わってきます。 

 話は変わりますが、80年代はアメリカのTVドラマを日本のテレビ局で放送していることが多かった。映画も各民放チャンネルで放送されていました。

  • 日曜洋画劇場の淀川長治
  • ゴールデン洋画劇場の高島忠夫
  • 水曜ロードショーの水野晴郎

 番組改変などで曜日が変更されたり、名称が変更されたりもしましたが、1週間にかなりの回数で映画が放送されていました。それも洋画がほとんどだった記憶です。新しい映画もあれば古い映画もあります。80年代の映画はTVで大半を見ました。スターウォーズ。バック・トゥ・ザ・フューチャー。ブレードランナー。TVドラマでは、ナイト・ライダー。ファミリー・タイズ。他にも、エアー・ウルフやスパイ大作戦、スタスキー&ハッチ。書き出せばきりがありません。アメリカが今より身近に感じられていた時代かもしれません。地上波でアメリカのTVドラマを見れる機会が少なくなったのは寂しい限りです。ネットや衛星放送などを使えば見れるコンテンツは増えていると思いますが。

心はアメリカのポップカルチャー

  著者がアメリカ人であり、舞台もアメリカ(本作は2041年から2045年)なのでアメリカのポップカルチャーが多く登場します。ゲームはアタリを始め、アメリカのものが多い。これらのゲームがヒントになっている場合、なかなかぴんと来ない。著者ほどに熱心に知識を得ていないだけかもしれませんが。

 もちろん、日本のポップカルチャーに対する熱意と造詣には目を見張るものがあります。知識だけでなく敬意を感じます。実際、多くの日本のアニメや特撮、ゲームに影響されたと言っています。「AKIRA」「攻殻機動隊」「ストリートファイター」。書き出すとキリがないでしょう。日本発のポップカルチャーについても相当の知識があり、それを披露しています。

 アメリカ発のポップカルチャーを、彼の知識レベルで表現されても付いていけません。それでも10のコンテンツが描かれた時に、いくつかのコンテンツに共感できれば嬉しい。映画やドラマは共感しやすいコンテンツです。「ファミリー・タイズ」が登場すればマイケル・J・フォックスを思い出し、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」を思い出します。当時の彼の異常とも言える人気が記憶に甦ります。当時、彼の出演作を観て高揚感を味わっていた自分自身も。私にとっても80年代は特別な時期だったのかもしれません。現在に不満がある訳ではありませんが。

 アメリカ人である著者が、終盤の戦いで登場させた巨大ロボットが日本のアニメというのが嬉しい。

  • 東映版スパイダーマンの「レオパルドン」 
  • マジンガーZに登場した「ミネルバX」
  • 機動戦士ガンダムの「RX-78」(ファーストガンダム)
  • 勇者ライディーンの「ライディーン」

 全て70年代なのでリアルタイムでは見ていません。それでも記憶にあるのは再放送を見ていたからでしょう。東映版スパイダーマンだけは観た記憶はありません。主人公のワッツがレオパルドンを選んだのは、著者にとってレオパルドンが一番印象深く強いという思いがあるのでしょうか。

究と推理

 ジャンルはSF小説だが、謎解きが主軸なのでミステリー(推理)小説とも言えます。ハリデーの遺産を手に入れるため、彼が残したヒントを解明し3つの鍵を探し出す。まず求められるのが3つの鍵を手に入れることです。ハリデーの人生は70年代・80年代とともにあります。謎に迫るためには70年代・80年代のポップカルチャーに精通する必要があります。

 知識を蓄積し、あらゆる可能性から合理的な推理をすることだけが答えに辿り着く道ではありません。IOIが圧倒的な資金力と手段を選ばない方法で謎の解明に挑んでも辿り着けないのは、ハリデーや彼の愛したポップカルチャーに対する愛情がないからでしょう。ポップカルチャーに対する愛情が、直接的に答えに結び付いている訳ではありません。しかし、ワッツやアルテミスがIOIに先んじて謎を解いていくのは、ハリデーに対する尊敬とポップカルチャーに対する愛着があるからです。

 ワッツが推理の根拠にするのは、70年代・80年代のポップカルチャーです。彼が気付く謎の秘密はあまりにもマニアック過ぎる気もします。謎解きに関する部分については、アメリカのポップカルチャーに由来している部分が多い。特にゲーム関係になると分かりません。ワッツの推理の過程が示されたとしても、根拠となるゲームや映画やドラマを知らなければ納得も出来ません。彼の思考過程を理解することは出来ますが、納得感はあまり感じません。ワッツがハリデーに近づけば近づくほど、著者ほどの知識がない者はストーリーから遠ざかってしまいます。決して白ける訳ではありませんが。 

想世界と現実世界

 VRワールドを舞台にした物語だと、川原礫の「ソードアート・オンライン」が頭に思い浮かびます。映画公開に合わせて、アーネスト・クラインと川原礫の対談も行われました。クラインは「ソードアート・オンライン」のアニメも見ていたようです。同じ仮想世界を舞台にしていながらも、世界観は全く違います。もちろんスケールも違いますが。世界観の違いは、仮想世界の成り立ちが違うからでしょう。「ソードアート・オンライン」における仮想世界は、あくまでゲームの延長線上にあります。一方、ゲームウォーズの仮想世界「OASIS」は現実世界の代替物として存在しています。

 ゲームウォーズの現実世界は、恵まれた状況とは言い難い。2040年代のアメリカは貧富の差が際立つ住みにくい世界として描かれています。現在においても、貧富の差は世界にとって大きな問題です。解決方法は見つかりません。近未来を描いている本作でも貧富の差は無くならないどころか、さらに酷くなっています。 

人類は解決方法を探し出せないのかもしれません。 

 貧しさから抜け出すことが出来ないにしても、現実から逃避できる手段として「OASIS」が存在しているならば存在価値は大きい。「ソードアート・オンライン」はゲームであり、現実世界を代替するものではありません。現実世界における娯楽の一種に過ぎません。同じ仮想世界でありながら、存在目的が違うと全く違ったものに見えてきます。どちらもプログラムの作り出す世界だから管理者による制限を受けることになりますが「OASIS」の方がより自由度が高い。どちらもルールは存在しますが、世界が存在するためのルールとゲームのルールの違いを感じます。 

画との違い

 小説が映画化された時に、原作と違う部分はあるのは当然です。時間の制限もありますし、登場人物の多寡も影響します。本作においては権利関係も大きな問題です。登場人物で言えば、アルテミスは小説とかなり設定が違います。原作には反乱軍なるものは存在しませんし、アルテミスもワッツが好意を寄せる普通の少女に過ぎません。謎解きもかなり省略化されていますが、時間の関係上仕方ないことです。また権利関係上、登場させることの出来ないキャラや映画やドラマがあります。それらが謎解きの重要な鍵となっていれば、改変せざるを得ません。

 改変された部分があるにしろ、小説の世界観を崩さずに映像化されたように感じます。映像化に伴い、いい方向に改変されたというところでしょうか。ただ、ガンダムに時間制限があったことだけは違和感を受けます。ウルトラマンが権利関係の問題で登場させることが出来なかったので、ガンダムに代用させたということでしょう。

終わりに

 70年代・80年代のポップカルチャーを知らないと、面白みが100%伝わってきません。知っていることが登場すると嬉しくなります。小説と映画を同列に比べることは出来ませんが、ストーリーもキャラクターも映画の方が分かりやすい。少なくとも、原作が台無しになるような映画ではなかったと感じます。

 原題が「READY PLAYER ONE」で、小説の邦題が「ゲームウォーズ」。映画が原題に戻り「READY PLAYER ONE」です。「ゲームウォーズ」は直接的で少し野暮ったい気がします。スターウォーズの影響を受けたのだろうか。