小説の海

本を読み、感想や書評を綴るブログです。主に小説。

ーおすすめ記事ー
タイトルのテキスト
タイトルのテキスト
タイトルのテキスト
タイトルのテキスト

『R帝国』:中村 文則【感想】|朝、目が覚めると戦争が始まっていた。

f:id:dokusho-suki:20210622205259j:plain

 こんにちは。本日は、中村 文則氏の「R帝国」の感想です。 

 

 表紙は「教団X」を彷彿とさせる白黒の印象的な絵柄です。内容は直接的に関係していません。あくまでも別の物語です。

 架空の国「R帝国」が舞台です。他国も世界情勢もあくまで架空です。しかし、「R帝国」はあきらかに日本を意識しています。技術力は近未来の日本のように見えますし、国民のメンタリティも日本人に似ています。名前が漢字なのだから、日本人に感じて当然ですが。

 中村文則氏らしく、本作には多くの問題提起があります。現在の日本ですでに起きていることや近い将来に起こるであろうことまで様々です。あえて日本を舞台にしないことで、読者の想像力を刺激しているのだろう。また、架空だからこそ極端な設定も可能になります。

 問題提起の内容は多岐にわたります。全体主義や独裁政治。情報操作と不健全なSNSの発達。移民問題を始めとする人種差別。そして戦争がもたらす歪んだナショナリズム。 これらの問題を物語に組み込み、小説として構成しています。問題を押し付けるのではなく、読者に考えさせるのが目的だろう。 極端な部分もあるので賛否は分かれるかもしれません。賛否があること自体が、著者の思惑だと思いますが。 

 「R帝国」の内容

近未来の島国・R帝国。人々は人工知能搭載型携帯電話・HP(ヒューマン・フォン)の画面を常に見ながら生活している。ある日、矢崎はR帝国が隣国と戦争を始めたことを知る。だが何かがおかしい。国家を支配する絶対的な存在“党”と、謎の組織「L」。この国の運命の先にあるのは、幸福か絶望か。やがて物語は世界の「真実」にたどり着く。【引用:「BOOK」データベース】  

 

 「R帝国」の感想 

せかけの民主主義

 R帝国は理想的な民主主義国家として存在しています。少なくとも、物語の始まりはそのように見えます。個人は権利を認められ、国家は情報を包み隠さず国民に伝えます。戦争が始まったことをすぐに公開するのも、そのひとつです。

 民主主義の最も大事なことは、国民による選挙で選ばれた政治家が国を運営することです。国民に参政権があることで、政治家は国民を意識します。政治家は国家の利益と国民の利益のバランスを考えながら政治を行う。

 一方、国民の絶対的な支持を受ければ、その立場は揺るがない。一度確立した政治家や党に対する信頼は、よっぽどの失政をしない限り、なかなか崩れないのだろう。また、批判する勢力に力がない場合も同様だろう。

 Y宗国の兵士がコーマ市を攻撃した時、国家の取るべき選択肢はいくつかあります。コーマ市を救うためにあらゆる手段を講じることもひとつです。Y宗国との交渉も含めてです。

 一方、コーマ市民が犠牲になったとしても、国を守るためにY宗国と徹底的に交戦するのもひとつの選択肢です。物語ではこちらが選択されます。そうなることがすでに決められていましたが。

 民主主義や自由主義では、個人の命や権利が優先されます。しかし、国民各々が意識する命や権利は、あくまでも自分と近しい人たちのものだけです。その考えが許されるのも自由主義だからだろう。

 政治は選択をすることが仕事だとすれば、多くの人の支持を集める選択はどんなものでも許されるのだろうか。そうは思いません。支持があろうがなかろうが、民主主義だからこそ選択してはいけないものもあるだろう。 問題は多くの人が仕方ないと言い訳しながら支持していることです。切り捨てられた人たちにとっては、見せかけの民主主義を突きつけられます。その時には手遅れですが。

 政治形態に完全な形はありません。だからこそ変化し続けたのだろう。現在、民主主義は最も支持された形態だとしても未来は分かりません。本作の民主主義の真相は民主主義ではない。物語が進むにつれ明らかになります。 しかし、国民が民主主義と信じるほどには外形的に整っています。簡単に見せかけることのできる政治形態はまだまだ未完成だし、完成することはないのかもしれません。 

 

裁と情報

 偽物を本物に見せるのは容易い。本物だと思い込ませればいいだけだろう。選挙があり、弱い勢力ながらも野党がいれば、民主主義の体裁は整います。選挙で選ばれた政治家が国を動かせば独裁ではありません。国民の意思を反映しているはずだからです。

 しかし、与党が与党でなくなる可能性が「0%」になった時点で、実質的な独裁になる。一党独裁と変わりません。独裁は民主主義を信奉する国民にとって憎むべきものです。

 R帝国の党は実に巧妙に立ち回っています。一党独裁に見せないために、脅威にならない程度に野党を存在させています。野党の存在は民主主義のためには必要不可欠です。 また、党が常に民主主義を尊重していることを広報します。国民のために働いていることをアピールする。

 それらを信じさせるためには情報操作が必要です。メディアを自由に使い、都合のよい情報だけを流します。圧倒的な力を持つ党であれば、誰も逆らえないだろう。しかし、国民には見えません。

 国民に考えさせないことも重要だろう。「HP」という端末とAIは、国民から思考する力を奪っていきます。AIが判断し、人は従うだけになります。また、ネット上のやり取りが人間同士なのかAIなのかすら分からない。 すでに人としての意思がなくなっています。溢れる情報に接することで、自らが情報を処理していると勘違いをしているのだろう。

 より多くの情報を持っている者が有利なのは間違いありません。しかし、ネットに溢れる情報に有用な物は少ない。そんなものはネットに流通しない。 情報は量でなく質です。より多くの情報に晒させることで自由な社会だと思わせ、思考力も奪っていくことができるのだろう。 

 

来の姿か?

 国民がHPに依存する姿は、現在のスマホの行き着く先です。それに伴うリアルの人間関係の希薄さもそうだろう。 ネット上の誹謗中傷やヘイトの拡散はすでに始まっています。煽られて、炎上騒ぎを起こすのは日常です。現実の被害者も生んでいます。 また、世論も動かしていきます。

 作中では移民の迫害、民族主義の横行など、歪んだナショナリズムを形成していきます。異論を唱えた者は排除され、社会から抹殺されます。現在でも、一度標的にされた者は徹底的に排除されます。

 高性能な携帯端末とSNSは情報操作をしやすい。人々の求めている情報に都合の良い解釈を加えて拡散すれば、あっという間に多数の意見になります。そうなれば真実かどうかは関係なくなります。信じるかどうかです。 HPという高性能なAIを搭載した携帯端末が登場しなくても起こりうる未来の姿だろう。

 また、原発問題にも触れています。コーマ市で起こったY宗国とR帝国との戦闘では原発が重要な鍵になります。どちらが原発を利用しようとしたかは省略しますが、原発の危険性があるからこそR帝国の交戦が世論の支持を受けていきます。原発の危険性は多くの人が理解しています。しかし、対岸の火事である場合は、真剣に考えているようで考えていない。自分たちの生活水準が下がるなら、原発もやむなしと考えているだろう。 

 民主主義を信じて疑わないのは、現在の日本も同じです。しかし、特定の党が政権を握り続け、野党が驚異にならない状態は民主主義と言えない。現在の日本では自民党以外の政権与党が生まれる可能性は低い。野党の存在感が薄いのに加え、民主党の政権運営が失敗(人により解釈が違うかもしれないが)した結果だろう。

 自民党政権内にも様々な意見や立場があることで、極端な一党独裁にはならないと思われる。しかし、未来は分かりません。R帝国のようにならない保証はありません。政治家の良心と信念にもよりますが。 R帝国の姿は、未来の日本かもしれません。少なくとも、その危惧を感じさせます。 

 

終わりに

 多くの問題が取り上げられていて、著者の主張も反映されています。同意できることもあれば、反論したくなる部分もあります。批判が起きるのもそのためだろう。

 戦争が物語の重要な要素になっていますが、地域紛争やテロがあったとしても国同士の軍隊が直接的に戦う戦争が起こる可能性は低いと思います。そこが現実感を伴わなく感じる原因です。