推理は追いつかない。体験するしかない。

ごきげんいかがですか。まんぱです。
貴志祐介は、私にとっては「新刊が出たら必ず読む」作家のひとりです。
貴志祐介の小説で最初に読んだのは『青の炎』です。あの独特の緊張感と残酷なまでの青春の描き方に衝撃を受けました。
それ以来、ホラーもミステリーもSFも、彼が書く物語をずっと追いかけている気がします。読み終えたあとに心が揺れる感覚は、ほかの作家ではなかなか味わえません。
今回読んだ『さかさ星』は、まさに貴志祐介がぎゅっと詰まった長編でした。読了後の第一声が「怖い」より先に「疲れた」になってしまったのは、それだけ濃い読書体験だったからでしょう。
ホラーとして強く楽しめる一方、ミステリーとしては賛否が分かれそうな作品だと感じました。
貴志祐介という作家との距離
冒頭で書きましたが、私が貴志祐介を読み始めたきっかけは『青の炎』でした。
青春小説のように始まりながら、その裏側に潜む狂気と正義の怖さを描いていて、一気に引き込まれました。それ以来、ジャンルにとらわれず挑戦していく彼の作風が好きで、ずっと読んできました。
最近では『兎は薄氷に駆ける』を読みましたが、改めて貴志作品の人間の理性と本能のぶつかり合いを感じたところでした。
だからこそ『さかさ星』にも自然と期待が高まります。予想もしない世界を見せてくれるはずだと思って手に取りました。
本作はホラー色が強く、同時にミステリーとしての仕掛けもあります。ただ、読み進めていくほどに、その構造が読者の先読みを許さない方向へ向かっていると感じました。それは一種の驚きであり、読者を翻弄する試みでもあります。
読み終えた瞬間に出た言葉は、「面白かった」より先に「疲れた」でした。でもそれは悪い意味ではありません。情報が濃くて、展開が速くて、非現実との距離感が揺れるので、こちらもずっと頭を回し続けることになったからです。
ホラー多めでミステリーは微妙に揺らぐ
読了まで10日ほどかかりました。仕事が忙しかった時期ではありますが、それ以上に読み進める体力が必要だったという感覚があります。
ページ数も多いのですが、精神的な長さがありました。次々に状況が変化して、伏線が貼り替えられ、展開が裏返っていく。その流れに置いていかれないように集中し続けないといけません。
読み終えた瞬間に感じたのは達成感でした。ストーリーが悪いわけではなく、むしろ濃密なんです。ただ、もう少しコンパクトにできたかもしれないなと思ってしまったのも事実です。
読み切ったという気持ちが勝っているので、感動より先に疲労が来たという感じです。
本作は、呪物や呪いを軸にしたミステリーです。だから、ホラーが好きな人はきっと引き込まれるはずです。非現実を舞台にしているので展開は全く読めませんし、その予測不可能性がサスペンスとして機能しています。
ただ、非現実が中心なので、どうしても作者にとって都合のいい展開が増えてしまいます。ここでいう都合の良さは、読者ではなく作者の意図が強く感じられるという意味です。
呪物の出処や呪いの姿が、章ごとに変わっていきます。それまで積み上げてきたものが、次の展開でひっくり返ることも多いです。
伏線が拾える場面もあるのですが、ときに伏線なしで正邪が入れ替わるような展開が来ます。もちろん説明は丁寧にされます。でも、今までの話は何だったのかと感じてしまう瞬間があります。
読み続ければ、最後には辻褄が合うように作られています。ただ、読者が推理しようとすると材料が足りません。そもそも非現実を軸にした物語で、論理的な推理を成立させるのは難しいのかもしれません。
ホラーとしてはとても面白いです。でも、ミステリーとして読むと、読者を置き去りにする感覚があります。
対して『兎は薄氷に駆ける』は、ミステリーとしての驚きと納得がしっかり成立していました。ホラー感を味わうなら『さかさ星』。ミステリーを楽しみたいなら『兎は薄氷に駆ける』という読み分けができます。
非現実に読者を預ける覚悟
この作品をどう楽しむべきか。私が思うに、『さかさ星』は論理で追うミステリーではなく、非現実を体験するホラーです。
貴志祐介の作品には論理的なミステリーもあれば、極限状態の心理ホラーもあります。
『クリムゾンの迷宮』のサバイバル感、『黒い家』の悪意のリアル、『新世界より』のSF×ホラー。作品ごとにベクトルが違います。その中で『さかさ星』は、ホラー寄りに大きく振れていると感じました。
推理しても追いつけません。なので理解しようと頭で整理するより、物語の変化を体験する方が楽しめます。
恐怖の形が変わるたびに、自分の価値観が揺さぶられて説明が追いつく前に次の出来事が覆してくる。その不確かさを楽しめる人には、本作は間違いなく濃い一冊になるはずです。
読み終えて感じた深い疲労感と同時に、これはホラーに振り切った貴志祐介だと納得しました。ミステリーを期待して読むと戸惑いますが、バランスを理解したうえで読めば、本作の狙いが見えてきます。
終わりに
『さかさ星』はホラーとしての濃度が高く、呪いと非現実が物語を振り回します。ミステリーとして読むと、置いていかれたと感じる人もいるかもしれません。ただ、恐怖という体験を提供する小説としてはしっかり成功しています。
『青の炎』から始まった私の貴志読書歴に、読み切った疲労が残る作品が加わりました。次では、また違う恐怖や謎を見せてくれるのだと思います。その変化と挑戦を追いかけられることが一番の楽しみです。
新たな悪意と闇に出会う日が今から待ち遠しくて仕方ありません。
読書って本当にいいものですね。