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『三体Ⅲ 死神永生』:劉 慈欣【感想】|その結末を目撃せよ。

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ご覧いただきありがとうございます。今回は、劉 慈欣氏の「三体Ⅲ 死神永世」の読書感想です。

本作で三体シリーズが完結します。上下巻に及ぶほどのボリュームなので、読み終えるまでに結構な時間を要しました。しかし、読み進めるほどに引き込まれ、先が気になって仕方ありません。前二作で広げた物語をどのように収束させていくのか興味が尽きなかったが、想像以上の結末だったと思います。

「三体Ⅱ 黒暗森林」で、物語は一応の結末を迎えていました。地球文明と三体文明は、羅輯によって均衡状態になります。両者の間では終結を迎えました。一方、放置された事柄があるのも事実です。地球から脱出し、深宇宙へと旅立った宇宙船はどうなったのか。地球を諦めた三体艦隊はどうなったのか。

また、宇宙の真実について全てが語られた訳でもありません。地球文明と三体文明の問題が解決したに過ぎない。それだけでも十分に読み応えのある物語だったのですが。

物語を広げ過ぎて結末が追いつかないという作品もあります。果たして、読者を満足させる結末が用意されているのか興味深い。

「三体Ⅲ 死神永生」のあらすじ

三体文明の地球侵略に対抗する「面壁計画」の裏で、極秘の「階梯計画」が進行していた。その目的は、三体艦隊に人類のスパイを送り込むこと!

地球文明と三体文明、二つの世界の運命をその手に握る執剣者(ソードホルダー)が下した決断とは!?【引用:「BOOK」データベース】

 

「三体Ⅲ 死神永生」の感想

黒森林理論の成立

「三体Ⅱ 黒暗森林」では、「フェルミのパラドックス」のひとつの答えとして「暗黒(以後は黒暗でなく暗黒と書きます)森林理論」が提示されました。宇宙の広さと誕生からの時間の経過から宇宙には多くの文明が存在する可能性がありますが、それらの文明との接触が皆無であることに対する答えです。宇宙に対して夢がない気もしますが。

暗黒森林理論に従えば、自らの存在と場所が明らかになった時点で、その文明は終わりです。しかし、三体文明が絶滅の危機に瀕していることが、暗黒森林理論どおりの展開を阻みます。また、三体文明は暗黒森林理論を遂行しなくても地球文明を圧倒する科学力を有していることも重要な要素です。

地球は三体文明によって科学の進歩を止められます。それでも三体文明に対抗できる科学力を身に付けようとします。しかし、地球艦隊は三体文明の「水滴」により一瞬で壊滅させられます。地球文明の力では対抗できない。

そこで暗黒森林理論を逆手に取ります。羅輯が実施した相互破壊の脅迫は捨て身の戦法ですが、それ以外の方法がないことも明らかです。その流れがソードホルダーを生み出します。暗黒森林理論は絶対的な理論として存在しながら、地球文明と三体文明の特殊な関係にも説得力を持たせています。

三体文明との均衡は地球に暗黒森林理論の絶対性を忘れさせます。しかし、三体文明は忘れません。その違いが状況をどんどん展開させていきます。宇宙の真実が負の側面でしか語れないことを理解していながら、地球人は実感できなかったのかもしれません。

 

責任な大衆

物語は何人かの視点で描かれますが、主に「程心」を中心にしています。彼女は航空宇宙エンジニアであり、後に執剣者(ソードホルダー)になる人物です。

彼女は冷凍睡眠を繰り返し、目覚めるたびに何十年も経過しています。一種のタイムスリップです。目覚めるたびに情勢は変わっています。世論や大衆の意識は変わるのです。その変化は時間をかけて変わっています。

しかし、時間を飛び越えた彼女にとっては突然の変化です。危機に瀕した地球が、冷凍睡眠から覚めれば平穏な世界になっています。地球は相変わらず暗黒森林に直面しているのに、人々の意識は簡単に変わっているように見えます。直接的な被害が及ぶ可能性がないと他人事になるのでしょう。

羅輯の相互確証破壊による平穏は見せかけに過ぎません。羅輯自身が執剣者として三体文明を監視しているからこそ存在しているかりそめの安定です。

しかし、大衆には羅輯の姿は見えず、どれほどの役割を果たしているのか実感できません。それだけ平和を享受できている証拠ですが。智子(女性のアンドロイド)が友好的に振る舞っていることも理由のひとつです。地球存続の危機感は消え去っています。もちろん、ある程度の時間の経過がもたらしたことです。

一方、大衆の意識は突然変わることもあります。責任を転嫁する時です。執剣者になった程心が相互確証破壊を実行しなかった時、大衆は彼女を支持します。平和の理由が執剣者の存在によるものだということを忘れていたのでしょう。

三体文明が地球の侵略を再開し、智子が地球人を支配し始めた時、かりそめの安定に気付きます。その瞬間、程心の立場は逆転します。地球文明を危機に陥れた張本人として非難されます。

大衆は状況を都合のいいように解釈します。状況が悪くなれば、特定の誰かに責任を負わせ、自らの非を認めません。どれだけ科学が進んでも人間の本質が変わらないことを思い知らされます。

 

理法則

三体シリーズでは、物理的な事象が詳細に描かれます。本作はより難解になり、事象の理解が難しい。

訳者あとがきで書かれていますが、

出版社とわたしの到達した結論は、第三巻が市場で成功することはありえないので、既存のSFファン以外の読者を取り込もうとするのは諦めるのが最善というものだった。かわりにわたしは、ハードコアのSFファンと自任する自分自身にとって心地よい〝純粋な〟SF小説を書くことにした。

ハードコアなSFファンとはどういう人たちのことを指すのか具体的に分かりませんが、前二作を終わらせるためにはより純粋なSFが必要だったのかもしれません。

本作では「次元の違い」が要所で登場します。四次元世界への侵入と内部での事象。太陽系への攻撃に使われた二次元世界。遡れば、三体文明の智子も多次元展開することで作られました。我々がいる三次元の宇宙には、次元の違う多くの宇宙が存在しているということです。

二次元は別にして、四次元以上の多次元についてはなかなか理解しづらい。なぜなら体験できないからです。それらをダイナミックに描き、物語の重要な要素にしています。太陽系への二次元攻撃は恐ろしさの中に美しさも感じる描き方です。

現実に起こり得るかどうかは関係ないのかもしれません。小説の中での説得力と意外性と整合性があればよいのでしょう。

 

終わりに

長きにわたった三部作が完結しました。作中の時間経過は長期間に及び、深宇宙にまで範囲を広げる広大さです。また、複数の次元は物語にSF感を強めます。 伏線も回収され、消化不良感もあまりありません。

結末に納得できるかどうかは読者次第ですが、小さくまとめることもなかったと思います。

最後までご覧いただきありがとうございました。