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『聖女の救済』:東野圭吾【感想】|ガリレオが迎えた新たな敵、それは女。

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 ガリレオシリーズの長編第二作目。ガリレオシリーズは私の好きな作品のひとつです。以前、ドラマを観ていたので、真柴綾音が出るたびに天海祐希が頭に浮かんでしまいます。ドラマと小説では細部の設定が少し変えられていますが、トリック自体は同じです。答えが分かっているだけに、ミステリーの緊張感は減少してしまいます。

 中盤まで、湯川は登場しません。草薙と薫による聞き込み、証拠集め、事情聴取が中心です。湯川がいない分、彼らの捜査が新鮮に見えます。そもそも優秀な捜査一課の刑事なので、彼らの捜査は一流です。事件の概要、犯人像、容疑者、犯行手段、動機などが、警察の視点で描かれます。ただ、草薙と薫の方向性が違うことで、読者も戸惑います。草薙は綾音の潔白を証明するため、薫は綾音の犯行を証明するために動きます。

 中盤までの停滞感が、湯川の登場で状況がどう動くのか。期待を抱かせます。 

「聖女の救済」の内容

資産家の男が自宅で毒殺された。毒物混入方法は不明、男から一方的に離婚を切り出されていた妻には鉄壁のアリバイがあった。難航する捜査のさなか、草薙刑事が美貌の妻に魅かれていることを察した内海刑事は、独断でガリレオこと湯川学に協力を依頼するが…。【引用:「BOOK」データベース】 

「聖女の救済」の感想

薙と薫の衝突

 二人が単独で行動することに違和感がありますが新鮮味も感じます。薫はドラマでは頼りないですが、小説ではかなり優秀な刑事です。草薙の態度と行動がおかしいことに気付きます。しかし、草薙の行動は私情から生じているように見えますが、綾音が犯人でないなら正しい捜査です。また、私情が混じっていることを否定しながらも、草薙自身がそのことに気付いているようにも見えます。だからこそ、薫の言動にむきになり、湯川の登場も喜ばない。

 薫が早々に草薙の捜査に見切りをつけるのは、論理的に許容出来ないからでしょうか。薫の推理も確定的ではありません。綾音が犯人かもしれないし、犯人でないかもしれない。どちらの可能性もある以上、薫自身も冷静と言えません。

 上司の間宮は、議論を戦わせることは重要と認識しています。だからこそ、薫が草薙に黙って行動することは困ったはず。それでも薫をある程度自由に動かしたのは、湯川を巻き込むことを期待したのかもしれません。明確に描かれている訳ではありませんし、深読みし過ぎだと思いますが。

 二人は、犯人が誰かで衝突している訳ではありません。綾音が犯人かどうかで衝突しています。草薙は綾音以外の犯人を探すことで、彼女が犯人でないことを証明したい。薫は、綾音を犯人として捜査したい。

 草薙の捜査も片寄っていますが、犯人を特定する薫の捜査の方が危うい。お互い、綾音を一容疑者として捉えていないから衝突します。薫が草薙の意見をあまり取り入れなかったことが新鮮ですが、警察の捜査として違和感は残ります。 

音の不可解な行動

 事件当時、綾音は北海道にいます。毒の混入経路が分からなければ、完璧なアリバイです。事前に仕込まれたことが解明されない限り、彼女を犯人にすることはできません。

 彼女自身の言動にも振り回されます。彼女が犯人であり、アリバイのために北海道にいたのなら、アリバイを主張するのが自然な行為です。しかし、積極的にアリバイを主張しないことで無関係を装います。完璧なトリックだからこそできる行動でしょう。事前に毒を仕込むことができる可能性を示すことで、自らアリバイを崩してしまいます。彼女が犯人であるなら決して起こさない行動をすることで、逆に容疑者から外れようとしているのです。そのことが草薙たちを混乱させていきます。トリックに加え、全てが計算されています。

 宏美に対する行動も普通ではありません。真柴と宏美の関係に気付いていれば動機の形成に繋がります。彼女が犯人なら動機になるようなことは明かしたくありません。しかし、彼女は真柴と宏美の関係を自ら話し、宏美が妊娠していることまで警察に話します。その上、宏美を労わることで、真柴と宏美の関係は動機にならないことを見せます。心の裡は見えないだけに演技か本心か分かりません。

 そもそも犯人かどうか以前に、彼女の行動は理解しがたい部分が多い。全て計算なのか、それとも自然な行動なのか。受け取り方で綾音が犯人かどうかが決まってきます。草薙と薫は受け取り方が違ったということです。

 犯人が自らに疑惑を向けることで、逆に疑惑を背ける。綾音の行動の複雑さは、考え抜かれたトリックの複雑さを匂わせます。 

えてこない真実

 毒の混入経路を探りますが、湯川が登場するまで状況は変わりません。現場に証拠が多く残されていますが、それらの物証がさらに彼らを惑わします。様々な情報をどのように解釈するかで答えは変わってきます。

 草薙たちの目的は犯人逮捕であり、そのための物証の精査と聞き込みです。ただ、その道筋が見えません。道筋が見えなくても進んでいかなければなりませんが、正しい目的地に向かっているかどうかが分かりません。すべきことは明確ですが、やり方が見えてこないということでしょうか。それでは真実には辿り着けません。

 湯川の登場で新しい展開を期待します。薫の推理を裏付けるのか。それとも新しい推理が出てくるのか。当初、湯川は草薙の推理を支持します。それだけ草薙の優秀さを理解しているということでしょう。

 綾音の計画は、湯川が簡単に答えを出せないほどに隙がありません。計画のみならず、事件後の行動も的確であり計算され尽くしています。湯川の推理は、答えが確実な段階にならないと明かされません。実証することが湯川の立場であり目的だからです。仮説は実証されなければならない。いくつもある仮説は次々に否定されていきますが、残りの解が少なくなるということは答えに近づいているということです。

 推理の過程では、仮説は湯川の頭の中だけに存在し留まります。湯川の頭の中は見えません。事件の真実が見えてこないのは、湯川の考えが見えにくいからです。草薙と薫が衝突していることも原因ですが。 

能性と証明と実証

 可能性は仮説になり、机上で証明され、実証することで現実になります。湯川が求めるのは実証であり、警察が求めるのも実証です。しかし、綾音の計画は実証できません。実証不可能な犯罪が、本作の描き出す事件の真実だからです。最初から実証できないと分かっている仮説を立てるのは難しい。可能性のあるものから検討し実証していくものです。

 湯川の立てる仮説が否定されていくことで、答えがないのではないかと思ってしまいます。しかし、現実に殺人事件が起こっています。辿り着けない答えはないはずです。しかし、科学で証明できる答えばかりではありません。

 浄水器と植木の中から検出された毒は、湯川の仮説を証明する証拠のひとつですが完全には証明しきれません。限りなく真実ですが、真実と証明できません。証明と実証の違いです。綾音が仕掛けたトリックは、1年間もの期間を通して実現できたものです。実証できるはずがありません。答えに近づけば近づくほど、事件の解決は難しくなります。 

終わりに

 物理を駆使しても明確な答えは出ません。湯川の存在感はありますが独壇場ではない。綾音と真柴の関係が事件の重要な鍵であり、綾音の心の裡にある動機に気付けるかどうかです。見誤ると答えに辿り着けません。

 人間関係の複雑さに加え、非現実的な犯行手法。好みが別れると思います。読み応えは微妙なところでしょうか。