『生殖記』の魅力と違和感をレビュー

ごきげんいかがですか。まんぱです。
朝井リョウの小説はよく話題になります。でも、人によって好き嫌いが分かれる作家のような気もします。私も最初に読んだ『何者』があまり響かず、それ以来しばらく距離を置いていました。
ところが、最近読んだ『正欲』で印象が一変しました。重いテーマなのに物語にぐいぐい引き込まれて、読んでよかったと思えました。その勢いで手に取ったのが『生殖記』です。
正直に言うと、『正欲』ほど没入感はありませんでした。読み進めるほど違和感が募るという、ちょっと複雑な読書体験になったんです。
今回はその理由を整理して、作品の特徴や気になった点をまとめます。『生殖記』を読むか迷っている方の参考になればと思います。
語り手の存在に生じた違和感
まず気になったのは語り手です。性器に宿る存在というユニークな設定は、LGBTQ+や身体性をテーマにした本作に合っているように思えます。
でも、読んでみるとその設定があまり活かされていない気がしました。語り手は性欲の象徴のはずなのに性欲らしい動きはほとんどありません。
物語を淡々と説明するだけで、象徴としての存在感が弱いんです。むしろ「作者の考えを代弁している存在」に見えてしまう場面も多く、没入感を削がれます。
主人公の尚成はゲイで、社会の問題や性的少数者の視点が語られます。でも、語り手が一方的に説明し続けるので、読者に考える余地があまりありません。
本来、小説は登場人物の行動や選択を通してテーマを考えるものです。でもこの作品では、語り手の独白が前面に出すぎている感じです。
そのせいでテーマの重要性は伝わるものの、読後の納得感や物語への没入感は薄い印象になってしまいました。
語り口のクセと反復表現による読みにくさ
もうひとつ気になったのは、語り口です。どこか軽い調子で砕けた言い回しが目立ちます。
深刻なテーマの場面でも突然ユーモアや比喩が挟まって、物語の緊張感が途切れてしまうことがあります。好みの問題かもしれませんが、私はどうしても集中が途切れてしまいました。
さらに、語り手は同じことを何度も繰り返す傾向があります。少し言い回しを変えて同じ主張や説明を重ねるので、「さっきも言ってなかった?」と感じる場面が多いです。
この反復は語り手のキャラクターやテーマを強調するためかもしれません。でも私としては、物語の流れが止まってしまうように感じます。
語り口の軽妙さと反復が重なることで、テーマや登場人物の心情よりも語りそのものが目立ってしまうんです。
そのせいで物語に没入するのが難しく、『正欲』と比べるとテンポや引力の差が際立ってしまいました。
終わりに
『生殖記』は挑戦的なテーマを扱った意欲作だと思います。朝井リョウらしい視点も随所に入っているのでしょう。
でも、語り手の曖昧さや語り口のクセ、反復の多さが重なって物語に入り込むのが難しい作品でした。
私にとっては『正欲』の印象が強すぎたこともあって、期待とのギャップが大きく感じられました。それでも描こうとしているテーマは重要ですし、深く刺さる読者もいるはずです。
読む人によって評価は大きく分かれる作品かもしれません。興味のある方は、ぜひ自分の目で確かめてみてください。
読書って本当にいいものですね。