第2巻以来の短編集です。解放前のアインクラッドを舞台にした短編が2話。ファントム・バレット後のALOを舞台にした短編が1話。久しぶりにアインクラッド解放前の緊張感を味わうことが出来ます。SAO、ALO、GGOと舞台を変えてきましたが、やはりアインクラッドを舞台にした物語が一番面白い。MMORPGを単なるゲームの世界からデスゲームに変貌させた次の言葉を思い出します。
「これは、ゲームであっても遊びではない」
「ファントム・バレット」や「マザーズ・ロザリオ」でも、「死」を物語の主要な要素として描いています。しかし、アインクラッドほどゲームと死が直接結びついていません。
- ゲーム内の死=現実の死
- ログアウト不可
この条件が懐かしく思います。
「ソードアート・オンライン8」の内容
“SAO”中階層で、一人のプレイヤーが殺された。その殺害現場は、決してHPが減るはずのない“安全圏内”だった。これはプレイヤー・キルだと仮定するも、その殺害方法に全く見当がつかず…。(『圏内事件』)。
“ALO”伝説の聖剣“エクスキャリバー”。その獲得クエストがついに始まった。守護するモンスターたちの強さから一度は獲得を諦めていたキリトだったが、これを機に再び争奪戦に本格参戦する。しかし、このクエストには壮大な裏イベントがあり…(『キャリバー』)。
“SAO”正式稼働初日。茅場晶彦によるデスゲーム開始の声明を受けた直後。キリトが決断した、このゲームを生き抜くための最初の一手。それは、ベータテスト時に攻略経験があるクエストを真っ先にクリアし、初期装備よりも強力な剣を獲得することだった(『はじまりの日』)。
「ソードアート・オンライン8」の感想
圏内事件
圏内事件は、アニメの第5話と第6話で放映されています。先にアニメを見てますので経過も結末も分かっていました。原作に忠実なアニメなので、読んでいるとアニメのシーンが頭に思い浮かんできます。本短編はアインクラッド攻略ではなく、システムの謎に挑む物語です。ゲーム攻略というよりは、探偵のような印象です。状況と証拠と推理で物語が進んでいきます。命に関わるかもしれないシステム不備の有無を突き止める。生命に関わるという点では、ゲーム攻略と同じです。圏内PKは、ゲームの前提を覆す大きな事件です。
- 安全が確保される圏内が安全でなくなる。
- アインクラッドの全ての場所が危険地帯になる。
ただ、直接的な戦闘ではないので物語のスピード感や躍動感は薄い。その分、謎の不気味さは際立ちますが。
圏内PK手法はいくつか考案されています。今回の事件の問題は、その手法が謎という一点です。システム不備なのか、ルール内での新たな手法なのか。キリトとアスナにとって重要なのは方法です。方法を突き止めるために、圏内PKの犯人を捜します。証拠と推理でPKを検証するとともに犯人探しを行う。ふたつの目的が絡み合っていきます。謎解きから始まりますが、意外な方向へと舵を切ります。予想以上に複雑な人間関係と過去の事件の関わりに、先が気になります。アインクラッド攻略という本筋からは外れますが結構面白い。
気になるところはあります。これほどの重大事件でありながら、行動しているのがキリトとアスナだけ。ヒースクリフとの話し合いの際、彼のあまりに膨大な知識に疑問を抱かないなど。ただ、物語を阻害するほどでもありません。
キャリバー
一転、ALOを舞台にしたゲーム攻略です。エクスキャリバーを入手するために、パーティーを組んで攻略していく。
- 登場人物がキリトたち
- 設定がALO
それら以外は、独自の特色があるように感じません。エクスキャリバーは「フェアリー・ダンス」で少しだけ触れられていました。本短編は後日談といったところです。制限時間が設定されたり、予想外のクエストが発生したり。いかにもRPGらしい展開です。ただ、キリト達に有利に働く展開ばかりです。制限時間内に攻略しないとアルブヘイムは崩壊するシナリオですが、それほど緊張感を感じません。ゲーム内でのペナルティやゲーム世界の変化は想定されたプログラムに過ぎません。ログアウトできるし、現実の死もない。敵キャラとの戦いの勝ち負けはありますが、それだけです。登場人物に緊張感がないので、読んでいても緊張感がありません。ただ、ゲームが攻略されていくのを見ているだけです。キリト達がキャリバーを入手することは予想内なので、結末も意外性がない。読み応えはあまり感じません。
始まりの日
アインクラッドでデスゲームが宣告された直後。クラインを置いて始まりの町を出発したキリトのエピソードです。未だ信じられない自らの境遇に戸惑いながらも、先へ進もうとする。激しく動揺し不安定な心を抱きながらも、強くなるために行動を起こしてしまう。ゲーム開始直後のキリトの行動を追いながら、彼の心の動きを描いています。
開始直後なのでキリトも弱いし敵も弱い。戦闘も盛り上がらず、行動範囲も狭い。ただ、本短編が物語っているのはキリトの心の問題です。ベータテスターの経験を独り占めし、自分だけ強くなろうとする。そのことは彼にとって弱さの証明なのか。経験を共有して全プレイヤーの底上げを図らずに、自分だけが強くなる。通常のRPGなら普通の行為です。デスゲームと化した中でも同じ行動を起こすことに嫌悪感を抱きながら、自己肯定している部分もあります。
自己肯定を助けたのがコペルです。自分と同じ行動を取っているプレイヤーがいることで安心します。コペルからの共闘の申し出は、ベータテスターとしての後ろめたさを薄める理由になったのかも。必ずしも自分の行動が悪でないと思えたのだろう。コペルの裏切りにより、キリトの心に安心は与えられなかった。彼がソロプレイヤーとして行動する原因のひとつとして、このエピソードが語られているのだろう。