読書LIFE ~毎日が読書日和~

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民王:池井戸 潤【感想】|今の政治家は、政治家としての矜持を持っているのか

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 ドラマを先に観ていたので、小説を読んでいて登場人物の印象がドラマの印象に引っ張られてしまいます。ただ、ドラマのキャスティングは小説のイメージに近いかなと感じたので違和感はありませんでした。

 池井戸潤の小説らしく爽快感があり、読んでいて楽しい。体が入れ替わる。SF的な設定をベースにしています。身体が入れ替わることの理屈付けはされていますが、それでも現実感のない設定です。しかし、そんなことが気にならないくらい面白い。設定のことをとやかく言うよりも、ただ楽しめる。最後には、爽快感とともに心が暖かくなる。ストーリーは出来過ぎで、感動的に作られていると感じます。だからと言って、それほど白けることもなく素直に受け止めることが出来ました。 

「民王」の内容

夢かうつつか、新手のテロか? 総理と息子の非常事態が発生――。「お前ら、そんな仕事して恥ずかしいと思わないのか。目をさましやがれ! 」漢字の読めない政治家、酔っぱらい大臣、揚げ足取りのマスコミ、バカ大学生が入り乱れ、巨大な陰謀をめぐる痛快劇の幕が切って落とされた総理の父とドラ息子が見つけた真実のカケラとは!?【引用:「BOOK」データベース】 

「民王」の感想

半部分

 全編を通してドタバタのコメディなのですが、前半部分は特に際立っています。

  • 大学もまともに通っていない大学生の息子「翔」
  • 国民のための政治家でなく、単なる政治屋に成り下がった父「泰山」 

 この二人がいきなり入れ替わる。前触れも前置きもなく。読者も一体何が起こったのか、全く理解できません。入れ替わったという事実だけを、読者に提示してきます。その理由については、徐々に明らかにされていきます。そのあたりは、ミステリー的な要素も含まれているのだと感じます。 入れ替わった直後の混乱した泰山と翔のやり取り。深刻な事態でありながら、読んでいてどこか面白くて滑稽に感じてしまいます。

 そして、官房長官の狩屋が登場します。総理である泰山と官房長官である狩屋。どちらも国家において最も重要な役職の二人が、「カリヤン」「泰さん」と呼び合う。確かに現実にあっても不思議ではないのだろうが、やはり面白い。狩屋に、二人が入れ替わったことを信じさせるために用いたネタが狩屋の不倫ネタ。国政の中枢人物たちとは思えない会話に、ただただ笑いがこみ上げてくるばかりです。 

 前半は、大きく2つの流れがあります。

  • 泰山と翔がお互いの役割を果たす
  • 入れ替わった原因を探る 

 泰山と翔は、お互いの役割を嫌々ながら果たそうとします。しかし、そこには無理があります。ろくに大学も行かずに、遊び歩いている翔。国会答弁で漢字もろくに読めず、政権を危機に陥れる。一方、翔に代わり就職面接に訪れる泰山。政治家としてのプライドが邪魔をして面接に対応できない。彼らが起こす行動の全てが、まるでコントを見ているかのような面白さがあります。彼らが真剣だから、余計に笑いを誘います。また、公安から派遣された新田。彼が事件の真相を探っていく訳ですが、その個性的なキャラクターに惹きつけられていきます。凄腕の公安刑事が、泰山たちのコミカルさを強調していきます。 

 その場しのぎで何とか繋いでいる彼らの必死さが、漫才の様な会話で描かれていきます。政治家の批判を、テーマとして根柢に流しているのは分かります。しかし、そのテーマが吹き飛んでしまうほどのテンポの良さと会話の妙と人間臭さが迫ってきます。笑いをこらえるのが難しい。その一言です。  

半部分

  後半になってきても面白さは変わらないのですが、段々と感動的な方向に話を進めてきているなと感じてしまいます。一般人である翔が、政治の世界で感じる不合理やおかしさを彼の眼を通して読者に伝えてきます。彼に、我々一般人が感じていることを代弁させていく。そのことに共感を覚える読者も多いと思います。
 彼が作中に予算委員会で放った言葉。 

ここは予算委員会だろうが。日本の国家予算を論じる場のはずだ。それなのに、さっきから黙って聞いていれば、~中略~ 予算のことはそっちのけでくだらねえ質問ばっかじゃねえか。 

 納得してしまった。確かに議員に問題が発生すれば追及する場が必要だと思いますが、それに終始し続けることは何も生み出さないのではと感じることもあります。建設的な議論が少ないと感じざるを得ません。 

 事件の真相が究明されていくにつれ黒幕が明らかになっていき、その動機も明かされていきます。その動機から

  • 未承認薬の認可の問題。
  • 利権の問題。
  • 賄賂の問題。 

など、様々な政治的問題を提起していきます。それとともに、泰山が翔の代わりに受けた就職面接で知った息子の姿。その姿に影響され、ホスピスを訪れます。ホスピスを訪れ政治家としての今の姿を恥じ、本当の政治家としての矜持を思い出す。出来すぎな展開ですが、決して押しつけがましい正論ではありません。我々が普段疑問に思っていることを改めて提示しているに過ぎません。人として当たり前に感じるべき単純な正論を、今の政治家は果たして感じているのか。そのことを痛烈に批判しているように感じます。決して重苦しくなく、前半ほどの砕け過ぎたコメディでもなく、自然と訴えかけてくるものがあります。 

 前半に比べるとコメディとしての雰囲気は抑え気味ですが、シリアス過ぎるという訳でもありません。前半は笑わせて、後半でただ笑うだけの小説に終わらせないところが池井戸潤らしい。著者は、

私にはとくに政治信条もなければ、当時の内閣総理大臣に対しても、好きとか嫌いとかいう感情もありません。 

と述べています。しかし、何らかのメッセージを込めているのは間違いないでしょう。政治信条や好き嫌いの問題ではなく、政治家としての矜持を今の政治家は持っているのか。著者が言いたいのは、そのことに尽きるのでは。   

権を風刺

 先ほどのコメントの中の「当時の内閣総理大臣に対しても、」と言う一言から、明らかに特定の総理、政権をモデルにしています。書くまでもなく、麻生政権がモデルでしょう。麻生総理の前の安倍総理・福田総理は1年の短期政権です。漢字の読み間違いは、麻生総理です。小説中で、翔が未曾有のことを「みぞうゆう」と読んでいましたが、これは麻生総理のことでしょう。麻生総理は、当時、漢字の読み間違えでかなりのバッシングを浴びていた記憶があります。作中の鶴田大臣の酔っ払い会見は、中川昭一財務大臣のことでしょう。 

 必ずしも、特定の人物・政権を批判したのではないと思います。読者が受け入れやすく現実的な問題として受け止めることが出来るように、現実に即したエピソードを登場させてきたのだと感じます。登場人物全員が滑稽に描かれているのは、現実の政治家も滑稽な存在に成り下がってしまっているのかもしれません。  

最後に

 「tv asahi」のホームページに「民王」のページが残っています。泰山が「遠藤憲一」、翔が「菅田将暉」、狩屋が「金田明夫」、貝原が「高橋一生」。全体的に、イメージ通りの配役だったと思います。