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『図書館の魔女』:高田大介【感想】|図書館は人の知り得るが世界の縮図

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  第45回メフィスト賞受賞作。著者のデビュー作になります。単行本上下巻で1500頁近い超大作です。ファンタジー作品ですが、リアリティのある世界観に基づいた物語は読み進めるほどに引き込まれていきます。物語が劇的に進展する箇所もあれば、その前段階として物静かに進んでいく箇所もあります。次の展開のための平穏なシーンは少し物足りない気もしますが、その後の展開には必要だったのだと気付かされます。

 言葉を操る図書館の魔女「マツリカ」が主人公であり、図書館を中心に描かれるだけあって、読めない漢字や意味の分からない単語が頻発しました。学のなさに辟易としてしまいます。前後の文脈から意味は類推できるので、ストーリーを追うのに困ることはありませんでしたが。  

「図書館の魔女」の内容 

鍛冶の里に生まれ育った少年キリヒトは、王宮の命により、史上最古の図書館に暮らす「高い塔の魔女」マツリカに仕えることになる。古今の書物を繙き、数多の言語を操って策を巡らせるがゆえ、「魔女」と恐れられる彼女は、自分の声をもたないうら若き少女だった―。
「ことば」を身につけゆくキリヒトと、「ことば」を操る図書館の魔女・マツリカ。二人だけの秘密が、互いの距離を近付けていく。だが、一方で、周囲の強国との緊張関係は高まるばかり。発言力を持つがゆえに、一ノ谷と図書館は国内外から牽制され、マツリカを狙う刺客まで遣わされる。迫る危険と渦巻く陰謀に、彼らはどう立ち向かうのか。【引用:「BOOK」データベース】  

「図書館の魔女」の感想

固たる世界観

 空想の世界を舞台にしていますが、全くのファンタジー世界には感じません。物語中にガリオン船が登場するので、16世紀から18世紀くらいの印象です。登場する文化的な背景などを考えると、東アジアを彷彿とさせます。舞台は想像上の世界ですが、政治形態や国同士の覇権争いは現実世界で起こっている現象ですし、艦船や武器などは実在していたものが多く登場します。そのことがファンタジー世界でありながら、現実感を抱かせる原因かもしれません。

 ただ、現実感を抱かせるのと、その世界を理解させることは別問題です。ファンタジー世界を描く時、世界を構築し読者に伝えることは難しい。特に現実世界と違う部分は、起こる出来事の全てに説明が必要になってきます。その説明が、物語のスムーズな展開や進行を妨げることにもなりかねません。

 本作でも、世界の情勢や内政の状況などについて説明されている部分は結構あります。マツリカの言葉を借りて説明されていたり、状況説明の文章として書かれていたりします。ある程度、中世や近世の時代に重なるような雰囲気を持った世界であったとしても、空想の世界は読者に説明しないと分からないのは当然です。問題は、物語の進行を妨げず、尚且つどれだけスムーズに物語に組み込むかということです。しかも、必要なことを確実に読者に伝えた上で。

 物語の冒頭から前半にかけては、登場する国や地域や力関係、また人物などの説明に費やされている部分が多いように感じます。ただ不要な説明かと問われれば、そうでない。物語を進展させていくために必要な情報です。前半部分は読者に伝えるべき世界の理が多いため、読んでいて退屈さを感じる時はあります。使われている言葉が難しいこともありますが。ただ、舞台となる世界について知っていくほどに引き込まれていきます。また、作られたファンタジーの世界でありながら、その世界が実在するかのような錯覚を感じるほど世界に深みがあります。これほどの世界観が構築されている割には、物語中の説明は少なかったように感じます。 

葉の力

 ファンタジー世界が舞台で「図書館の魔女」というタイトルでありながら、魔法もドラゴンも聖なる武器も出てきません。魔女の通り名を持つマツリカが使うのは「言葉」です。言葉を使って人を操り、世界を動かす。そもそも図書館は、言葉で記された書物を蔵する場所です。

 マツリカ曰く、「書物は世界の知見の一部を切り取ったものであり、その書物が嵌め絵のように集って世界を形作る。図書館は人の知り得るが世界の縮図だ」ということです。

 世界の縮図である図書館と言葉を操ることは、世界を操るということでもある。言葉の関連性を理解すれば、世界の関連性も理解できる。言葉が世界に対して大きな力を持つということは、図書館の中には世界に対して対抗し得る強大な力が存在しているということです。図書館に君臨するマツリカは、世界に対して圧倒的に巨大な影響力と力を有するということになります。それは物理的な力には持ちえない、もっと大きな力なのかもしれません。剣の届く範囲は限られているが、言葉は人を介しどこまでも繋がっていきます。

 一方、彼女は少女のような外見を持ち、操るべき言葉を話すことが出来ません。彼女の言葉は手話で発せられます。このことがマツリカを特異な存在にするとともに、言葉の力を一層強く印象付けます。彼女の発する言葉は、ハルカゼやキリン・キリヒトを通じ伝えられることもあれば、書簡という形を取ることもあります。言葉の力は言葉自体が持っている力であり、その媒体に制限させるものではないということです。また、言葉は単体でなく関連性の中に力を持つのであれば、関連を読み切れば先まで見通すことが出来ます。 

まるで未来を予言するように見えることが、彼女を魔女にしたのでしょう。

 彼女は世界の勢力図とそこに潜む陰謀と策略を読み取り、その行方を言葉を使い巧みに誘導していきます。図書館に君臨する魔女という通り名に負けない彼女の大胆さと読みは、読み進めるほどに彼女の魔女と言われる所以を感じさせます。  

 また、言葉には様々な形態があります。口から発する言葉。手話。書き記された言葉。物語中でマツリカとキリヒトが作り出した指話。伝える手段は多様ながらも、言葉自体に変わりはありません。話せなくても図書館の魔女として恐れられるのは、言葉の力を知っているからに他ならない。加えて、彼女は言葉を操るだけでなく、言葉を通じて人の心を読み操る。口がきけないからこそ、その恐ろしさが際立ちます。言葉自体の力の大きさに驚きながら、それを自在に操るマツリカの恐ろしさも大きく感じてきます。

 マツリカはキリヒトに対し、言語学の講義を時折行います。講義は現実的な側面がある時もあれば、観念的な時もあります。そもそも言葉を理解していなければ、言葉を理解出来ません。理解できない言葉を、言葉で理解しようとすることはとても難しい。言葉の深淵さは留まるがありません。本作は、一度読めばストーリーは十分に理解でき楽しめます。しかし、ここに描かれている言葉の本質は、一度読むくらいでは理解出来ない。何度読んでも新しい発見があるように感じます。 

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場人物の役割

 登場人物が個性的で魅力的なのは言うまでもないですが、彼らの物語上での役割はかなり明確にされています。

  • 彼らが何を目的に行動しているのか
  • 自分自身の役割をどのように捉えているのか

 彼らは自身の役割を、自身で十分に理解しています。だからこそ、読んでいて彼らの目的と行動が理解しやすい。彼らの性格も分かりやすいくらい明確に区分されています。全員が個性的で被らない。逆に言えば、彼らの行動がある程度読めてしまうという難点もありますが。マツリカを中心に描かれていきますが、キリヒトが物語の視点となる場面も多い。また、キリンであったりハルカゼであったりする時もある。。

  • マツリカが見るキリヒトと、キリヒト自身の視点で見るキリヒト
  • キリヒトが見るマツリカと、マツリカ自身の視点で見るマツリカ

 視点が変わるごとに、新しい側面を発見することになります。人間はそれほど単純ではありません。相手によって見せる顔も違うし、自分自身も気付いていない側面もあります。そのことが視点を変えるごとに露わになっていき、登場人物の新たな一面を発見します。だからと言って、彼らの役割が変わる訳でもなく、人格が重層的でより人間的に感じられるようになるということです。マツリカでさえ、キリヒトの前で見せる姿とハルカゼやキリン・ニザマの国で見せる姿はすべて違います。魔女と呼ばれるマツリカを単に魔女だけで終わらせないことを始め、多くの登場人物を変化させていくことで引き込まれ続けていきます。 

交と内政と戦争

 物語はかなり現実的で生々しい。大国同士の覇権争いと裏をかく外交。戦争の緊迫感。かりそめの平和の下で進行する謀略。図書館の中で言葉の深遠さに心を奪われながらも、世界を覆う不穏な空気が物語に徐々に染み込んできます。人が集団で生きていく中で最も人の本質が出てくるのが政治の世界だということならば、現実世界と本作の世界はそれほど大差がありません。そのことが現実感を与える理由のひとつであることは先述しました。

 図書館は軍隊を持つ訳ではありません。また、図書館に属する人間はあまりに少ない。そんな中で、マツリカと図書館の影響力は大きい。マツリカひとりの力ではなく、長い歴史の中で培ってきた図書館の実績によるところですが、彼女の力がその実績に劣っては一気にその影響力は落ちてしまいます。彼女は相当に重い責任を負っています。外交も内政も腹の探り合いです。

  • どれだけ先読みが出来るか
  • 先読みすれば、どうやって思い通りの方向に誘導していくか

彼女は一の谷だけでなく、連綿と続く図書館の威光も背負っています。彼女の重責は、キリヒトを始めとする図書館の人間に伝わっているからこそ、図書館が全力となって戦争の阻止に向けて全力を尽くす。言葉が関連性を持って影響を及ぼすのと同様に、図書館に属する人々も関係性を十分に理解し、自らの役割を果たしていくことになったのでしょう。

 ミステリーの要素も含まれています。すぐに解明されていく謎もあれば、結末に大きな影響を与える謎もあります。

  • 河原でマツリカたちを襲った二体の巨人
  • 双子座を追う途上で襲ってきた疫神の真の標的
  • 双子座の正体

 正直、双子座の正体は意表を突かれました。正体が彼である必要があったのかどうかは疑問ですし、彼が図書館に入り込めたのも必然はなく偶然に過ぎません。どこまでが双子座の計算で、どこからが偶然の所産なのかは判然としません。謎解きとしては微妙な感は拭えませんが、その後の展開やマツリカの行動などは双子座の正体が彼だったからこそだと思います。マツリカの命とも言える左腕を奪った双子座に対する処遇は意外でしたが、双子座の正体が彼だからこそ納得も出来ます。結果としてマツリカの新たな一面を垣間見た瞬間だとも言えそうです。 

終わりに

 著者は言語学者ということもあり、物語中で描かれる言葉は多岐に渡ります。興味深い解釈、時に難解で理解しがたいところもあります。ただ、言葉が人間にとってどれほど重要なのかが伝わってきます。言葉について真に理解出来ているのかどうか、改めて自分に問いかけるきっかけになったように感じます。

 物語自体は、完全決着した訳ではありません。喫緊の問題が解決したに過ぎず、問題の大元は逃げてしまいます。しかし、国や人間の関係とはこんなものではないだろうか。国が継続する限り、人間が営みを続ける限り、争いは決してなくならないのだろう。完全解決せずに、区切りをもって物語を終わらせたのも現実的かもしれません。超長編で前半は読みにくさを感じることもありますが、後半は一気読みするくらい引き込まれていく重厚な小説です。