池上彰の解説は分かりやすいし読みやすい。本書は、原子力を科学的側面と政治的側面から解説しています。
原子力の科学的側面はあまり説明されません。ウラン型とプルトニウム型、加圧水型原子炉と沸騰水型原子炉など、仕組みと理論が何となく理解できる程度の説明です。それよりも、歴史と政治・原子力の利用・メリットとデメリットと言った使う立場や使い方について問題提起しています。
過去と現在を知り、未来を考えることの重要性を伝えます。目新しさはありませんが面白い。しかし、ある程度原子力の知識があれば、聞いたことのある話が多いのも事実です。
「高校生からわかる原子力」の内容
世界で唯一の被爆国、日本。原子力の怖さを熟知しているはずのこの国に、原子力発電所が沢山あるのはなぜなの?
世界各国が目を光らせる、核兵器開発の競争は、どうして始まって、どこに向かうの?
そもそも、原子力って何?
高校生に行った講義をもとに、池上さんがわかりやすく説明。いまさら人に聞けない基本の基本から、考えなくてはいけない未来のことまで、「原子力」の常識を知る必須本!【引用:「BOOK」データベース】
「高校生からわかる原子力」の感想
戦争と平和利用
残念ながら、科学技術の発展と戦争は切り離せません。戦争で開発された技術が、後に平和利用させることは多い。原子力は戦争利用を目的として研究が進み、爆弾という形で結実します。人がコントロールできないエネルギーとして負のイメージが付きまといます。科学技術の発展のスピードは、戦時下の方が圧倒的に早い。早いからこそ、使い方に対して十分な検証がされません。
原子爆弾が引き起こす悲劇は想像を絶します。人が扱えるエネルギーの次元を越えているからであり、日本人は原子力の恐ろしさと悲惨さを知っています。平和利用だからといって使っていいものかどうかの疑問も残ります。過敏な反応かもしれませんが、原子爆弾の悲惨さを考えると自然な反応と思えます。
同じエネルギーでも戦争と平和利用の両方があるのはよくある話です。原子力はどこが違うのでしょうか。危険性と後世に残す廃棄物と世界秩序に及ぼす影響の大きさです。戦争で使用したことが、原子力を扱いきれないエネルギーであることを明らかにしました。平和利用という言葉の響きは良いが、「平和」と付けなければいけない怖さがあります。何時まで経っても負のイメージは消えませんし、イメージだけでなく現実の危険が存在します。
原子力が引き起こした悲劇
戦争で使われた原子爆弾の悲劇だけでなく、核実験でも悲劇は起こっています。核実験により予期せぬ被爆者が生まれたことです。どんな理由でも被爆者がいることに変わりはありません。兵器の開発のために悲劇であれば、実践でなくても許されるはずがありません。
平和利用が引き起こした悲劇もあります。どんなことでも事故は起きますが、原子力が引き起こす結果は次元が違います。事故後のコントロールもできません。人間のコントロールを離れた原子力はもはや止められません。平和利用の結果が、その後に続く負の遺産を生んでしまいます。
事故を重ねても、完全な安全性を確保できていません。事故の度に原子力の恐ろしさを知ります。原子力に限っては小さな事故は存在しません。全てが大きい事故になることを真に学ぶ必要があります。
科学的欲求と政治
新しい科学技術の発見は、科学者の純粋な知的欲求と資金の両方が必要になります。理論は科学者だけで開発できるものの、現実化するためには資金が要ります。国家が介入することもありますし、政治家の思惑が入り込むこともあります。科学が純粋に科学でいられるのは、現実世界での活用が見込まれない場合だけかもしれません。科学者が研究を続けるために資金が必要であるならば、国家や政治家が成果物を利用する可能性が生まれます。
国家にとっての有用性は必ずしも健全ではありません。国家、政治家、国民のレベルで考え方も違います。情勢にも影響されます。原子力が開発された時期は情勢が悪かっただけなのでしょうか。情勢が悪いからこそ発展したとも言えます。
科学者は研究の成果が引き起こす結果を想像できないのでしょうか。原子力が原子爆弾になると分かっていながら開発を続けるのは、大きな流れに逆らうことができないからかもしれません。原子爆弾の使用を止める嘆願が出されたときには手遅れです。手にした技術を手離すことはありません。
未来へ向けて
平和利用を前提として、原子力に未来はあるのでしょうか。どれほどのリスクがあっても原爆も原子力発電もすぐには手放せないでしょう。世界の仕組みの中に組み込まれています。ただ、どのように考えても原子力を使い続けることに未来はありません。何故、未来がないのでしょうか。
- 制御しきれない
- 事故の悲惨さ
- 原爆の威力
全てに当てはまります。原子力発電の核廃棄物の問題もあります。原子爆弾に賛成する人はいないでしょう。しかし、原発は賛否が分かれます。今の電力を賄うためにしては未来への負債が大きすぎると感じますが。
著者は現状の説明をし、判断を読者に委ねています。高校生も真剣に考え始める時期ということです。