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『優しい死神の飼い方』:知念 実希人【感想】|事件に挑む”死神”はゴールデンレトリバー

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 最初に目を引くのが文庫表紙です。柔らかい印象の絵に加え、タイトルに優しいの文字が。死神との対比が気になります。

 ホスピスを舞台にした物語は、いかにも現役医師の著者らしい。余命を知った患者たちの精神がミステリーの要素になるのでホスピスは重要です。死を目前にした人に死神が現れるためにも、ホスピスが必要になっています。死神の設定から、伊坂幸太郎の「死神の精度」を思い出します。細かい設定やストーリーは違うので比べる必要はないですが、死神を職業として扱っているところに共通点を感じてしまいます。

 物語は死神の左遷から始まります。死神の懸案は未練を抱いた地縛霊をどのように説得するかです。地縛霊を作らない仕事は重要なので左遷と言っていいのかどうか。事後でなく事前に対応するのだからそれなりに重要な仕事だと思いますが。

 四人の余命幾ばくもない人々。しかし、入院患者は三人です。始まりからミステリーを予感させます。未練を取り除く過程で明らかになっていく謎が徐々に繋がっていきます。ゴールデンレトリバー(レオと名付けられますが)になった死神自身の物語も絡まります。

 登場人物全てに物語があり、彼らの人生が繋がっていくことでミステリーが構築されます。ミステリーの緊張感とヒューマンドラマの感動にどこまで引き込まれていくか。 

「優しい死神の飼い方」の内容

犬の姿を借り、地上のホスピスに左遷…もとい派遣された死神のレオ。戦時中の悲恋。洋館で起きた殺人事件。色彩を失った画家。死に直面する人間を未練から救うため、患者たちの過去の謎を解き明かしていくレオ。しかし、彼の行動は、現在のホスピスに思わぬ危機を引き起こしていた―。【引用:「BOOK」データベース】 

「優しい死神の飼い方」の感想

が前提

 主人公はレオですが、物語の主体はホスピスの患者たちです。彼らは近い将来、死を迎えます。どのような結末が訪れようと悲しさは必ず訪れます。死を目前にした人たちはどのような態度や考え方をするのでしょうか。十人十色だとしても、実際にその立場にならないと実感できないでしょう。理解しようとしても真実を理解することはできないと思います。

 死は誰にでも訪れます。多くの人が死を恐れていますし、逃れることができないと分かっています。四人が他の人と違うのはどこでしょうか。余命が残り少ないと分かっていることです。死を実感し意識しているかどうかです。人間は、普段、死を意識しません。毎日、死を意識しながら生きていくことはできない。いつ訪れるか分からないからこそ、意識し続ければ精神的に苦しみます。だから、意識の外に置くことになります。

 生の期限が分かることで、死を意識の外に置けなくなります。そこで感じることは、一体何でしょうか。後悔でしょうか。満足でしょうか。人生でやり残したことがあるかどうかですが、そもそも人生にやり残したことがないほど全うする人間がどれほどいるのでしょう。

 死が前提と言っても、間近に迫った死が前提です。タイムリミットが近づく中で、何ができるのか、何もできないのか。人生の長短は人生の濃さと関係がないというのは、死を意識していない人間の考えでしょう。

 残り時間が分かれば、その時間でできることを考えます。何もできないと考えることもあれば、やりたいことがないと考えることもあります。悲嘆にくれ、不幸だと感じます。死=不幸でないとしても、多くの人は早すぎる死を不幸と思います。死は全てを終わらせてしまうと思うからでしょう。

 

れぞれの未練

 ホスピスで死を待つ彼らはそれぞれに未練を抱いています。地縛霊になる理由であり、レオが解決すべき問題です。レオがゴールデンレトリバーになった理由であり、存在価値でもあります。誰でも人生に完全に満足して死を迎えるとは限りません。むしろ、そんな人は少ないのではないでしょうか。やり残したことがあったとしても、どこまで自分を納得させることができるかどうかです。

 人生の未練は、死を実感したときに感じるのでしょう。死が遠ければ、あるいは死を意識しなければ人生に対する未練など感じません。死が迫ってようやく未練を感じ、それを解消する時間がないことに嘆くことになります。

 では、未練とは一体何でしょうか。人それぞれであり、必ずしも他人が見て重要なことかどうかは分かりません。また、ひとつつだけとも限りません。何かを解決したから未練が無くなってしまう訳でもないでしょう。

 彼らの未練を断ち切っていくことになるのですが、未練はひとつずつしか描かれません。ひとつのことだけを後悔し続けて生きているでしょうか。人生を生きていれば、後悔することも増えていきます。

 また、未練の大きさに順番をつけることもできません。死を前に感じる未練はすべて大きい。彼らがたったひとつだけの未練を抱いていることに違和感があります。死を前にしたら、あれもこれもと後悔し、やり直しをしたくなるはずです。様々な過去が複雑に絡み合い未練を生み出します。人生をやり直したいという気持ちが湧いてくるでしょう。

 彼らはひとつの未練を解決して心が安らかになります。そこに単純さを感じてしまいます。ミステリーの要素として未練が使われていますが、扱われ方が彼らの人生の未練に深みを与えません。

 

神の能力 

 純粋な死神の能力と犬に封じられた死神の能力に、どれだけの差があるのでしょうか。死神の目的(仕事)は魂を導くことです。地縛霊を説得することは、死神にとっても難しい仕事です。一方、レオは地縛霊になる前に対処することが仕事です。果たして、どちらが難しいことなのでしょうか。地縛霊になる前に対処することの方が易しいからこそ、レオはホスピスにいるのでしょう。

 能力の差はどの程度でしょうか。明確に描かれることはありませんが、純粋な死神は多少の未来を見通せます。しかし、レオはできません。レオは心を読むことができるし、霊を見ることもできます。制限のされ方が微妙で、物語の進行上必要な能力が都合よく付与されているように見えます。

 レオの目的は、彼らの未練を解消し地縛霊になることを防ぐことです。そのためには未練を知るために心に立ち入る必要があります。解消するためには、彼らに助言をする必要もあります。そのためには推理力と説得力も必要です。これらを兼ね備えたレオの存在は物語をスムーズに進める代わりに都合よさを感じます。

 ホスピスに纏わる謎は、心を読むことで繋がっていきます。三人の記憶を繋ぐことができるのはレオだけです。死神の能力と言ってしまえばそれまでですが、簡単に繋がっていくように見えます。レオは能力を制限された死神ですが、制限された感があまりない。レオが活躍するほどに、上司や同僚などの純粋な死神の影が薄くなります。

 もともとレオの上司や同僚はあまり登場しません。レオの成長のためですが、彼らはどこまで見通していたのでしょうか。ホスピス関係者の虐殺の未来がレオを積極的に動かすことになりますが、全て決まっていたことなのでしょうか。それとも刻一刻と未来は変わっていたのでしょうか。死神たちの能力の曖昧さが先行きを見通せない効果も生みますが、時々で都合の良い能力の発生と制限が現れています。

 

動と爽快感

 死を目前にした人々の物語だから、結末次第では悲劇になります。悲劇でなければ感動を呼ぶことになります。物語の流れや謎は見通せませんが、落としどころは何となく想像できます。四人の余命幾ばくもない人たちとレオの存在から考えられることは、彼らは救われるということです。もちろん肉体的にではなく精神的にです。

 南竜夫を救った時点で、残りの人たちも救われることを予感します。もちろん、救われる人と救われない人が混在する結末も考えられます。しかし、そうなればレオの存在意義が微妙になります。全員救われることで、レオが犬の姿になった意味が出てきます。犬になったとしても超存在なのだから。

 感動を呼ぶために全員が救われる必要があるでしょうか。救われ方にもよるでしょうが、全員救われることで気持ちよさを感じることは確かです。困難であればあるほど感動的になります。

 ミステリーの観点からみれば、結末で爽快感も必要になります。絡まり合った謎を見事に解決することで納得感があります。四人の未練と絡ませることで、未練の解決とミステリーの解決が一体となり感動と爽快感が表れます。

 ミステリーはそれほど深くはありません。結末は予想できます。それでも感動と爽快感は残ります。何故なら、彼らの余命は変わらないからです。彼らの未練が解消しても遠くない未来にこの世から去ってしまいます。死を受け入れることで、心に響く結末になります。

 

終わりに

 死を扱ったヒューマンドラマであるとともにミステリー作品でもあります。文章も読みやすいし難しい言葉も出てきません。個々の物語が絡まり、一本の大きなストーリーができあがります。一話完結の物語を重ね結末で繋げる。伏線の回収や結末の納得感はありますが、秀逸かどうかは微妙でした。