コネリー復帰で甦る派手さとユーモアの007

ごきげんいかがですか。まんぱです。
『007/ダイヤモンドは永遠に』は007の方向性が大きく転換したと観るたびに感じます。
前作『007/女王陛下の007』はボンドの結婚や悲劇を中心に据えたドラマ重視の作品でしたが、観客の反応は必ずしも温かくなかった。
本作ではコネリー復帰の安心感とアメリカ的な派手さや軽快なユーモアが前面に出ています。
結果として、70年代型エンタメ重視007の入口を開いた一本になったと思います。今回はその魅力と背景を語っていきます。
レーゼンビーの苦戦とコネリー復帰の安心感
『007/女王陛下の007』でボンドを演じたジョージ・レーゼンビーは、観客にあまり受け入れられませんでした。
若くてフレッシュな魅力はあったものの「ボンドといえばコネリー」というイメージが強すぎたのでしょう。そのイメージを払拭しきれなかったのだと思います。
ここでコネリーが復帰します。以前の色気を残しつつ、大人の余裕をまとったボンドが戻ってきた瞬間、安心感を覚えます。
ラスベガスのカジノで軽妙にやり取りするシーン。どんな荒唐無稽な状況でも落ち着いて対処するコネリーのボンドがいるからこそ、安心して物語に没入できます。
アメリカを全面に押し出しーー時代の空気と興行事情

『007/女王陛下の007』は興行的に成功とは言えず、制作陣も次は絶対ヒットさせると強く意識したはずです。そのため、舞台も演出もアメリカ寄りにシフトしたのです。
ラスベガスのネオンやカジノフロア、片輪で走るカーチェイス。派手な視覚効果で、観客が見て楽しいことを優先した演出が随所にあります。
さらにミスター・ウィントとミスター・キッドの悪役コンビは、静かに笑いながら残酷なことを実行する独特のキャラクター。派手さと毒気が共存し、作品全体に絶妙なリズムを生み出しています。
軽妙さやユーモアを前面に押し出すことで、『007は二度死ぬ』の派手さと『女王陛下の007』の重厚さの中間を狙った新しいボンド像を作りました。派手で楽しいボンドを安心して楽しめます。
ムーア時代への準備運動
物語は荒唐無稽です。ダイヤモンド密輸の背後にはレーザー衛星、ブロフェルドの変装や海上基地での大爆発のシーン。リアルさよりもスケール感や見せ場が優先されています。
ボンドガールのティファニー・ケイスも従来の守られるだけの役ではありません。物語を引っかき回す力を持ち、軽妙で華やかなキャラクターです。
こうした軽快さや大胆さは、次のムーア時代への布石にもなっています。
本作は、シリーズが方向性を模索する過渡期の重要作であり、70年代型ボンドの入口として非常に大事な位置を占めています。
終わりに
『007/ダイヤモンドは永遠に』は、シリーズの迷いと新しい方向性が混ざった過渡期ならではの作品です。
レーゼンビーが受け入れられなかったこと、コネリー復帰、アメリカ市場への配慮。複数の要因が重なり、派手で軽快で少し毒のある独自スタイルが生まれました。
スパイ映画としての緊張感は控えめですが、シリーズの方向を決定づけた歴史的ターニングポイントです。70年代型ボンドの入口として、今でも十分楽しめる作品だと思います。
映画って本当にいいものですね。