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『楽園のカンヴァス』:原田マハ【感想】|カンヴァスに篭めた想いとは

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 こんにちは。本日は、原田マハさんの「楽園のカンヴァス」の感想です。

 

 普段、美術館や展覧会を訪れることはあまりありません。モダンアートの良さを理解する審美眼も乏しいと感じています。そんな私でも、本作には引き込まれていきます。

 主人公は「ティム・ブラウン」と「早川織江」です。 しかし、本当の主人公は「アンリ・ルソー」であり、彼が描いた作品「夢」です。「夢」を中心に物語が構成されています。著者は、ルソーの生涯を描きたかったのではないだろうか。ルソーに対する思いが伝わってきます。それに加えて、引き込むストーリー展開も待っています。

 アートが主軸ですが、ミステリーでもあり、恋愛小説でもあります。 史実を元にしたフィクションですが、私の知識ではどこまでが史実か分かりません。しかし、そのようなことは些細なことです。「 アンリ・ルソー」という画家を知ることが最も重要なことなのだろう。 

「楽園のカンヴァス」の内容

ニューヨーク近代美術館のキュレーター、ティム・ブラウンはある日スイスの大邸宅に招かれる。そこで見たのは巨匠ルソーの名作「夢」に酷似した絵。持ち主は正しく真贋判定した者にこの絵を譲ると告げ、手がかりとなる謎の古書を読ませる。リミットは7日間。ライバルは日本人研究者・早川織絵。ルソーとピカソ、二人の天才がカンヴァスに篭めた想いとは―。【引用:「BOOK」データベース】  

 

「楽園のカンヴァス」の感想 

ンリ・ルソー

   ルソーと聞いて真っ先に思い出すのは、哲学者のジャン・ジャック・ルソーです。アートや美術史に詳しくない人の大半はそうでないだろうか。アンリ・ルソーも美術の授業で習ったかもしれないが全く記憶にありません。

 本作の表紙には、ルソーの「夢」が描かれています。物語の重要な鍵になる作品です。ルソーの作品は生前には評価されなかったようです。そのような境遇にあった画家は少なくないだろう。ルソーは世間に評価されなかったが、彼の作品は多くの画家に影響を与えます。しかし、それは副次的なものです。誰かに影響を与えるために絵を描くのではないだろう。  

 画家が絵を描く動機は様々かもしれません。書きたいから書く画家もあれば、世間に認められたい画家もいるだろう。動機は様々でも彼らが生み出す絵こそが、彼らが存在する理由です。評価されるに越したことはありませんが。

 ルソーの人生は美術史における史実として残っています。外形的な事実として残っていて、彼の生前の言葉から心の内を想像することも可能だろう。絵画に含まれる彼の思いも想像できます。しかし、彼の真の心は彼にしか分かりません。分からないからこそ、絵画に魅力があるのだろう。

 本作を読まなければ、一生、ルソーの存在を知らなかったかもしれません。アートに興味が薄いから仕方ないのですが。しかし、小説を読むことで知ることができた。興味を抱くきっかけになったのは事実です。ルソーの他の絵もネットで調べてみました。こういうきっかけで世界は広がっていくのだろう。ルソーに興味を抱き続け、絵画を理解しようと努力するかどうかは分かりませんが。 

 

ソーの人生  

 ルソーが絵を本格的に書き始めたのは人生の後半です。今までの安定的な生活を捨て、絵だけにのめり込みます。人生の全てを懸けたと言えます。そこまで彼を掻き立てたのはなんだろうか。

 趣味として絵を描くことが好きな人はいます。働きながら絵を描くこともできます。ルソーもそういう一人だったのかもしれません。 しかし、仕事を辞め、収入が途絶え、キャンバスや絵具にも困ることになります。仕事を辞めることで得るものは何だろうか。人生の全てを絵画に捧げることで生み出されるものがあるのだろうか。ルソーの作品の多くが退職後に描かれています。しかし、絵に人生を捧げたからと言って、世間に認められるとは限りません。

 ルソーの行動の理由は彼自身にしか分かりません。他人のことを真に理解することはできない。自分自身が自身のことを完全に理解できているかどうかも怪しい。

 ティムや織江は、ルソーの人生を物語として読みます。物語はフィクションだろうか。美術史に詳しくない私には判断しづらいですが、ルソーの心象はほぼフィクションだろう。ルソーの研究者のティムや織江が知らないことばかりというのも理由です。 しかし、作品の背景には画家の人生があります。評価される絵画は、画家の人生が感じられるからだろう。

 一部の人を除き、ルソーの絵は生前には評価されません。絵画としての技巧や表現力も重要ですが、ルソーの人生を知ろうとする人がいなかったのだろう。死後、作品が評価されるようになったのは、ルソーの人生そのものが人々の心を惹き付けたからかもしれません。

 古書で語られるルソーの人生がフィクションか事実かは問題ないのかもしれません。著者が伝えたいルソーを伝えているのだろう。 絵画と画家は決して切り離せません。両者が共に存在することで、絵画に惹き付けられます。重要なのは人生と結び付くことだろう。 

 

ステリーと恋

 物語の主軸は、ルソーが描いたかもしれない「夢を見た」の真贋を鑑定することです。その過程で、ルソーの人生や鑑定を行うティムと織江の関係性を描いていきます。「夢を見た」の真贋を見極めるミステリーです。絵を見て鑑定するのではなく、ルソーの物語を読んで判断します。物語は謎に満ちています。最終的に二人がどのような判断を下すのか予想できません。最後まで真贋は予想できない。

 ティムと織江の状況も絡んできます。チーフ・キュレーターのトムを装って鑑定に臨むティム。織江の背後にある思惑とプライベート。加えて、絵の所有者コンラート・バイラーの真の目的。緊張感のある状況の中に多くの謎が潜んでいます。

 物語は2000年から始まります。大原美術館で監視員として働く織江のもとに、ニューヨーク近代美術館のチーフ・キュレーターのティム・ブラウンから作品の貸出の窓口に指名されます。そして場面は1983年に移ります。二人の間に何があったのか。

 読み進めると、ティムが織江に恋心を抱いていく様子が分かります。彼らは七日間の鑑定勝負を終え、それぞれの生活に戻ります。しかし、すでに元の生活ではなかった。七日間は人生の転機だったのです。

 彼らは2000年に再会します。織江がティムにどのような感情を抱いていたかは明確に表現されません。読者に任されているのだろう。ティムの気持ちは明確ですが。 ルソーの人生が中心に描かれていますが、ミステリーと二人の感情の絡まりも読みどころです。

 

終わりに 

 著者の絵画に対する知識と思いが伝わってきます。著者の経歴を見れば納得です。「たゆたえども沈まず」でも感じましたが、史実とフィクションの絡まりが見事です。 アートに興味がない人も、読後には必ず興味を抱くだろう。その気持ちが維持されるかどうかはその人次第ですが。