アーケードの輝きをファミコンで追及

ごきげんいかがですか。まんぱです。
1980年代は、ゲームセンターが最も輝いていた時代のように感じます。「ドラゴンバスター」はその頃を代表するゲームです。行列ができるほど人気だったアーケードゲームだったと記憶しています。
その移植版がファミコンで出ると知ったときのうれしさは、今でもはっきり覚えています。ゲーセンで見ていたゲームを家で遊べる。そう思うだけで胸が高鳴りました。
今回は、アーケード版との違いやファミコン版で強まった魅力について、当時を思い出しながら振り返っていきます。
ファミコン移植版に感じた工夫と限界
まず心をつかんだのは、金色のファミコンカートリッジです。手に取った瞬間の特別感は今での覚えています。もちろん、中身が必ずしも同じように特別とは限りません。それでも金色の輝きには期待を高めてくれる力がありました。
当時はアーケードの人気作が次々とファミコンに移植されていました。ゲーセンに通えない小・中学生にとっては、うれしい流れだったと思います。しかし、ファミコンとアーケードの性能差は大きく、残念な移植も多かったのが実情です。
その中で「ドラゴンバスター」は、アーケードにできるだけ寄せようと工夫されていました。それでもグラフィックや音楽はどうしても見劣りします。アーケードで遊び慣れていたプレイヤーには、物足りない部分もあったでしょう。
とはいえ、私はファミコン版でも十分楽しめると感じていました。アーケードの完全再現を追うだけでなく、ファミコンならではのアレンジが加えられていたからです。
当時の移植作では、こうした工夫がよく見られました。限られた性能の中で、ただ移植するだけではゲームとして成立しないこともあります。
だからこそ、開発側はアーケード版を知らないプレイヤーにも楽しんでもらえるようバランスを調整したのだと思います。ファミコンとして面白いかが一番重要でした。
ファミコン版だけのRPG的要素

「ドラゴンバスター」は、アーケード版にもRPG的な要素がありました。アイテムを集めてキャラクターを強化しながら進む仕組みです。ただ、全体としてはアクション寄りの印象が強かったと思います。
一方、ファミコン版はアイテム数が増えたことで、RPG色がさらに濃くなりました。アーケードとの差別化を狙ったのかもしれません。
あるいは家庭用ゲームとしての面白さを高めるための自然な流れだったのかもしれません。その結果、強化しながら進む楽しさがよりはっきりした形で味わえるようになりました。
ただ、実際にプレイすると必要のないアイテムがけっこう多いことに気づきます。私の感覚ではスーパーソードとシールドさえあれば、かなり先まで行けました。
他のアイテムを集める意味が薄く、途中でモチベーションが下がってしまう場面もあります。
さらに、ステージが進んでも敵の強さがあまり変わりません。アイテムなしでも進めてしまいます。
物足りなさはあったものの難しすぎてクリアできないゲームよりは遊びやすい。そう考えると、広い層のプレイヤーに楽しんでもらうための調整だったのかもしれません。
不完全でも魅力があったファミコン版の存在感
アーケードの名作を家庭用へ移植する試みは、期待が大きい分だけ評価も厳しくなります。「ドラゴンバスター」も例外ではありません。
完全再現とは言えませんが、ファミコンという限られた環境の中でできる限りの工夫が詰まっていました。
アーケード版と比べれば見劣りする部分はあります。それでも、家であのゲームを楽しめたこと自体に大きな価値がありました。
金色のカートリッジを手にしたときの高揚感は、今でも鮮明に思い出せます。アーケードの魅力を追いかけつつ、ファミコンならではの遊びやすさを加えた「ドラゴンバスター」は、当時のゲーム文化を象徴する一本だったと思います。
ゲームって本当にいいものですね。