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『V.T.R.』:辻村深月【感想】|アタシはあなたを愛してる

 「スロウハイツの神様」に登場した人気作家「チヨダ・コーキ」のデビュー作という設定です。作中作家の作品なので、チヨダ・コーキの個性を意識しているのが感じ取れます。中高生向けのライトノベル風でありボリュームも少ない。  

 

 舞台設定は近未来だろうか。マーダーライセンスや混沌とした社会がディストピアを連想させます。秩序が不鮮明な雰囲気が漂います。世界に千人のマーダーがいることから、ひとつの政府が世界を支配しているのだろう。

 マーダーの存在が物語の前提です。マーダーライセンスは取り立てて珍しい設定ではないので使い方次第で面白くもつまらなくもなります。チヨダ・コーキのデビュー作という設定なので、完成された内容というよりはチヨダ・コーキの思いと勢いが詰まった作品を意識しているのだろう。

 物語の概略は単純です。かつての恋人アールを探すために聞き込みを繰り返す。ティーとアールの心は重要な要素であり、現在のアールへ近づきながら過去の二人も描いていきます。

  • アールに何があったか。
  • ティーは目的を果たせるか。
  • 二人の行く末は。

 スピード感溢れるというよりは淡々と進んでいきます。ティーは感情が薄いように見えます。他人事のように物事を観察します。ティーが冷めているように見えるのは結末への布石かもしれません。  

「V.T.R.」の内容

怠惰な生活を送るティーのもとに、三年前に別れた恋人、極上の美女アールからかかってきた一本の電話。「アタシの酷い噂話や嘘をたくさん聞くことになると思う。ティーにだけは知っておいて欲しいと思って。アタシは変わっていない」街に出たティーが友人たちから聞くアールの姿は、まるで別人のように痛々しく、荒んだものだった―。彼女が自らを貶め、危険を恐れずに求めたものとは…。【引用:「BOOK」データベース】 

 

「V.T.R.」の感想

ールの目的

 アールはトランス=ハイの配下を次々と殺害しています。

  • 彼女の目的は何なのか。
  • どこに向かっているのか。

 過去のアールはティーの回想で描かれていきますが、少なくともティーの知っている彼女とはかけ離れています。アールを取り巻く噂も徐々に聞こえてきますが、ティーの思い出の中のアールと一致しません。凄腕のマーダーという点だけは一致していますが。

 噂どおりなら、何が彼女を変えてしまったのだろうか。そもそも過去の彼女が純粋な人間であったかどうかも定かではありません。あくまでティーの思い出の印象に過ぎない。ティーにとって、もったいないくらいの女性だったことは分かりますが。容姿も性格も腕前も含めて。

 現在の彼女は、売春を取り仕切り、トランス=ハイの配下を殺していきます。作中で売春が合法なのかどうかは分かりませんが、彼女の行動としてはおかしい。あくまで過去の彼女を知っている者からすればですが。行動自体の是非よりも過去と現在の変わり様が、ティーを動かしたのだろう。もちろん、彼女が危険に晒されていることも理由です。

 アールの現在の情報を集めるほどに、記憶にある彼女から乖離していきます。ティー以外は噂を聞いていたようですが、ティーに話せないほどの噂だったのだろう。だからこそ目的が何なのかが気になります。アールからの電話がティーを動かすきっかけであり、ティーが動き出す十分な動機になります。 

 

ィーの気持ちと行動

 ティーは世間と関係を断った生活をしています。マーダーとして活動しない自分自身に存在価値がないと感じています。アールとは三年間付き合って、三年前に別れています。アールからの謎めいた電話は三年間の月日を超え、一気にティーの心を動かしたのだろう。アールを思う気持ちか、それとも好奇心に過ぎないのか。

 最初は好奇心だったかもしれません。しかし、テッドから得た情報がティーをさらに動かしていきます。彼が知りたかったのは、アールの意図と現状です。三年間の月日で、彼女の何が変わったのかを知りたいのだろう。アールを救うためよりも、彼女の電話の真意と変わった理由を知りたいように見えます。

 彼の話し方や態度が、彼の性格を表している。彼の言動は軽い。過去の人生が重いから敢えてそのような態度を取っているのかもしれませんが、アールのことをどこまで真剣に考えているのか分かりにくい。ティーにとってかけがえのない存在なのかどうか伝わってこない。徐々にアールの存在感を高めていくために敢えてそのように行動させているならば納得できます。結末のティーの行動は、ティーの中のアールの存在感を際立たせます。彼の軽い雰囲気が心の奥底に秘めたアールへの思いの裏返しかもしれません。

 

讐は誰のためか

 ティーは、アールを殺した者を殺す決意をします。トランス=ハイがアールを殺したことにするためです。トランス=ハイが初めて殺して女性として、アールの名を世界に残す。アールのためのように見えますが、他の誰かに殺されたことを知られたくないという自己満足も感じます。トランス=ハイが殺したことにすれば、アールとティーの名前は不可分のものになります。

 永遠に共に存在することになるのだろうか。マーダーとしての復活ではなく、アールのためだけの殺しです。アールが殺されて初めて自分の気持ちに気付いたのだろう。電話のあった日に殺されていたので、どうやっても手遅れでしたが。

 彼女の最後を見れば、彼女の立場は相当に危険だったことは分かります。ティーも分かっていたはずだが、アールの腕前なら殺されるまでには至らないと判断していたのかもしれません。間に合わなかったとしても、もっと真剣に探すべきだったという後悔の気持ちも復讐に駆り立てる要素のひとつだろう。

 トランス=ハイが殺したことにすることは彼にとっては意味がありますが、アールにとっての意味とは何だろうか。死んだ彼女に対して何をしても生きている者の満足に過ぎません。アールの方が直接的かつ行動的で分かりやすい。ティーの動きは自身のための印象を拭えない。

 

故と思うところ

 状況設定や登場人物の説明にページ数が費やされます。物語全体のページ数が少ないので中途半端さを感じます。何故、アールはトランス=ハイの配下を殺し始めたのか。ティーの名誉を守るためだろうか。ティーにマーダーをやめるように言っていたのはアールです。そのマーダーの通り名を守る必要性はどこにあるのだろうか。彼が売ったトランス=ハイの名前を守るために危険を冒すのであれば、現実のティーの元に戻ればいいような気もします。もし通り名を守るためだとすれば、何故別れたのか。理由は明確に描かれません。

 売春の目的は何だろうか。Yのところのに連れてくるのだから、売春をしている子供たちの保護が目的です。現実に売春をさせているかどうかの描写はありません。噂の範疇でしか伝わってこない。現実に売春をさせているのなら、自身の活動のための資金を確保するためにしか見えません。トランス=ハイの名前のためだとすれば、彼女も自分のために行動しているに過ぎません。彼女たちを守ることとトランス=ハイの名前を守ることに関連性はあるのだろうか。

 ティーに電話があったのは、彼らが別れてから三年が経過しています。アールがいつから行動していたかは分かりません。きっかけは分からないが、トランス=ハイの名前を売ることに反対すればよかったのでは。その機会がなかったということだろうか。

 トランス=ハイが女性を殺さない理由は何だろうか。マーダーになった時期も微妙に辻褄が合っていません。家族が殺された時、ティーは幼稚園です。両親が殺されたことによるマーダーの補充で、彼が選ばれます。補充はいつ行われたのか。まさか幼稚園で選ばれることはないと思いますが。辻褄合わせをしても仕方ありませんが、気になってしまいます。

 

終わりに

 結末は予想の範囲内であり、驚きは少ない。アールの死による悲劇的な結末は安易さを感じます。ミステリーとしても、悲劇としても、物足りなさを感じます。チヨダ・コーキのデビュー作なので未完成感や未成熟感を演出し、粗削りな部分をわざと出しているのかもしれません。