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『魔王』:伊坂幸太郎【感想】|考えろ、考えろ、マクガイバー

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 表題作「魔王」と、その5年後を描いた「呼吸」の中編2編から成る小説です。これまでの伊坂幸太郎の小説とは、全く違うモノです。伊坂幸太郎と言えば、伏線を張り、最後に回収する。その手腕が並外れている作家という印象を持っていました。それを期待して読むと、期待外れに感じてしまうかもしれません。物語の結末も、何も解決せず中途半端に終わってしまいます。

 物語は、兄「安藤」(名前は出ません)と弟「潤也」の兄弟と、ある一人の圧倒的な影響力を持つ政治家「犬養」を中心に描かれます。「魔王」では、兄「安藤」の視点で。「呼吸」では、潤也の妻「詩織」の視点で描かれます。犬養が放つ言動に、大衆が疑問を抱かず追随していく危険な様を描きます。 響きの良い言葉だけを信じ、自分で考えることを放棄する危険さ。危険さに気付いたとしても、その大きな流れに逆らうことの難しさ。それを描いています。 

 大衆が、どのような過程を経て流されていくのか。どのような状況が、大衆を動かしていくのか。物語の終結させることよりも、その過程を描くことが重要なことなのだろう。なので、すっきりとした結末でないことは確かです。伊坂幸太郎らしい軽妙な会話や状況などは健在ですが、それ以上にメッセージ性が強く、これまでの伊坂作品とは別物に感じます。  

「魔王」の内容 

会社員の安藤は弟の潤也と二人で暮らしていた。自分が念じれば、それを相手が必ず口に出すことに偶然気がついた安藤は、その能力を携えて、一人の男に近づいていった。五年後の潤也の姿を描いた「呼吸」とともに綴られる、何気ない日常生活に流されることの危うさ。 【引用「BOOK」データベース】  

「魔王」の感想 

  あとがきで著者は、次のように述べています。 

この物語の中には、ファシズムや憲法、国民投票などが出てきますが、それらはテーマではなく、そういったことに関する特定のメッセージも含んでいません。(一部抜粋)  

 ナショナリズムを煽り、国民を扇動していく未来党の党首「犬養」。彼をムッソリーニに、未来党をファシズム党に見立てています。特に、アメリカを敵対視することにより大衆をまとめ上げていきます。共通の大きな敵を作ることにより大衆を動かしていくのです。ただ、著者が言うように、政治に関する特定のメッセージを含んでいないとすると何がテーマなのか。犬養の主張することを読者に伝えたいのではなく、一人の圧倒的なカリスマ性のある政治家に扇動される大衆の危険性を伝えたいのでしょう。 

 魔王では、少数政党未来党の党首「犬養」が大衆を扇動していきます。その犬養の主張がとても分かりやすくハッキリしている。分かりやすいからこそ、大衆に受け入れられていく。その方向が間違っていたとしても、一度動き出すと止まらない。間違っていたと気付いた時には手遅れになっている。 

歴史的に見ると、ムッソリーニであり、ヒトラーだと言うことでしょう。 

  その間違いに気づいた時に、たった一人で流れを止めることが出来るのか。 立ち向かう安藤の孤独な闘いが描かれます。安藤は超能力を有しています。その超能力を駆使し大衆の流れを止めるため犬養に立ち向かうのですが、その超能力と言うのがいい意味でくだらない。自分の考えていることを対象とする人にしゃべらせる。安藤曰く「腹話術」。 

 この超能力で立ち向かえるのか?と思わせてしまう能力です。しかし、安藤は、この能力を武器に犬養に立ち向かいます。結果として、超能力が犬養に対して活用されることはないのですが。自分が正しいと思ったことを行うことが重要であると言うならば、彼の行動は結果を伴わなくても称賛されるべきものかもしれません。 

 「考えろ、考えろ、マクガイバー」が口癖の安藤だけに、考察する癖があります。安藤が頭の中で考えている場面が多い。彼の思考が、物語そのものです。彼の考えに共感できるかどうかも、この小説を読む上で重要かもしれません。  

  「魔王」から5年後。安藤の弟の潤也と妻の詩織、首相となった犬養を中心に物語は描かれます。犬養が首相となっているので、大衆の流れは止まらなかったと言うことです。安藤(兄)は止めることは出来なかった。首相となった犬養が、憲法改正のため国民投票を行う。憲法改正は、自衛隊を明記することが主となってます。この憲法改正においても、大衆が犬養の言動に扇動されていく様子が描かれています。犬養に懐疑的な人もいますが、流れは犬養の思い描いている通りに感じます。 

 兄の安藤が超能力を持っていたように、潤也も特殊な能力を持っていることに気付きます。とても限定された予知能力と言うべき代物です。「呼吸」は、主に潤也と詩織の日常生活が描かれており、犬養は彼らの生活の背景のように描かれています。直接的には影響を及ぼしている訳ではないが、常にそこにある。そういう感じです。

 その犬養と世間の流れに対し、潤也はどうしていくのか?その結末は描かれません。とても中途半端な終わり方です。潤也が闘う決意をするが、その闘いまでは描かれていない。そこまで描く必要がないということでしょうか。すでに著者が伝えたいことは、全て書いたということなのかもしれません。一人のカリスマに対し、世間がどのように動いていくのか。その危険性は十分に伝わってきます。   

50年後の物語

 「魔王」から50年後の世界が、「モダンタイムス」というタイトルで発刊されています。 

最後に 

 「魔王」「呼吸」とも、メッセージ性が高いと感じます。暗喩的表現もあり、読んでいて爽快感のある小説とは言い難い。 鳥が重要な要素として表現されています。「魔王」では、安藤(兄)が鳥になって大空を飛ぶという白昼夢を見ます。「呼吸」では、鳥を観察している潤也を大空から鳥が見下ろします。

 この鳥は安藤(兄)なのか?

 状況はもっと詳細に描かれているのですが、このふたつの出来事は5年と言う歳月を乗り越え繋がっていると感じさせます。好みが分かれる小説だと思います。  

魔王 (講談社文庫)

魔王 (講談社文庫)