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崩れる脳を抱きしめて:知念実希人【感想】|彼女と一緒に過ごした時間は幻だったのか

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 2018年本屋大賞第8位の作品です。医療現場を舞台にしたミステリー作品。現役医師の著者だからこそ描けると言っても過言ではありません。また、医療現場だけで物語が完結する訳ではありません。ミステリーの主軸は病院内から、病院外へと移っていきます。

 恋愛を絡ませるミステリー小説は数多くありますが、本作は敢えて「恋愛ミステリー」と強調しています。恋愛がミステリー小説の重要な要素になっているのか、それとも恋愛小説にミステリーが絡むのか。そういうことを考えながら読み始めました。本屋大賞にノミネートされた作品だけに相当の期待度がありました。ミステリーなので極力ネタバレなしを心掛けます。単行本の帯には、「圧巻のラスト20ページ!驚愕し感動!!」とあります。未読の方の驚愕と感動を薄めたくないので。 

「崩れる脳を抱きしめて」の感想

広島から神奈川の病院に実習に来た研修医の碓氷は、脳腫瘍を患う女性・ユカリと出会う。外の世界に怯えるユカリと、過去に苛まれる碓氷。心に傷をもつふたりは次第に心を通わせていく。実習を終え広島に帰った碓氷に、ユカリの死の知らせが届く。彼女はなぜ死んだのか?幻だったのか?ユカリの足跡を追い、碓氷は横浜山手を彷徨う。【引用:「BOOK」データベース】 

「崩れる脳を抱きしめて」の感想

恋愛小説×ミステリー

 どの小説も単純にジャンルを分けることは出来ません。何故なら、恋愛小説でもミステリーやSFの要素が含まれることはありますし、逆も同様です。本作もミステリー小説と銘打っておいて、恋愛要素を含んでいても構いません。しかし、本作の紹介記事では恋愛とミステリーを並列に扱っています。紹介記事に著者の意向がどの程度反映されているか分かりませんが、少なくとも了承していると思います。 

恋愛とミステリーは、どちらも同じくらい重要な要素ということです 

 恋愛小説とミステリー小説の性質は全く異なります。恋愛は人の感情の物語。ミステリーは論理的に組み上げられたトリックを解明する作業。感情と論理という相反するものを、同程度の重要性で組み合わせて物語にする。不確定要素としての感情がミステリーを構築する理論的な謎に影響を及ぼす。また、逆もそうです。だからこそ、どちらも欠かせないものとして恋愛小説×ミステリーとなっているのでしょう。

 物語は、プロローグ・第一章・第二章・エピローグで構成されています。第一章は恋愛、第二章はミステリーという構成です。第二章のミステリーは、第一章の恋愛が前提となっています。主人公「蒼馬」の行動力の源が第一章で語られた恋愛です。第一章が第二章にとって必須となれば、恋愛小説×ミステリーの名も正しいのでしょう。 

 

第一章

 私が読んだ限りでは、第一章でミステリー要素を感じ取ることはありません。蒼馬が受け持つことになった余命数カ月の脳腫瘍患者「弓狩環(ユカリ)」。蒼馬が、徐々に彼女の存在を意識していく様子が描かれています。彼女も蒼馬に対し興味を抱いている雰囲気があり、二人の間の空気が微妙に揺れ動く様子が伝わります。しかし、恋愛に進展しそうな雰囲気を漂わせながらも進展していきません。 

医者と患者の関係。ユカリには未来がない。そのことが二人の距離を縮めない原因なのかなと思ってしまいます 

 それに加え、蒼馬には人生を縛り付ける過去の出来事があります。そのことが人を信じたり、心を開いたりすることを妨げています。二人とも抱えている物が重いから、相手に近づくのに慎重になってしまうのだろうか。そうは言っても、ユカリと接する内に蒼馬も変化していきますが。少なくとも、蒼馬は徐々にユカリに惹かれていきます。

 蒼馬の心境に変化が訪れる中、ユカリは何かを隠しているような謎の雰囲気を持ち続けます。謎が何かということが重要な鍵になることは分かります。ただ、その謎が何か分からない状態なので、ミステリーと言えるほどでもありません。退屈な訳ではないですが、秀逸を言うほどでもありません。第二章のために描かれてるにしても、もう少し引き込まれる恋愛小説になっていれば良かったのにと感じます。 

 

第二章

 恋愛小説から一気にミステリー小説へと様相が変わります。ユカリの謎の行動がミステリーのきっかけになり、次から次へと謎が現れ、蒼馬が解明に乗り出します。彼の行動の動機となるのが、第一章で描かれてきたユカリに対する想いです。彼が過去の呪縛から解き放たれたのも、ユカリに対する感情を素直に受け止めることが出来るのも全て彼女の存在があったからこそです。また、ユカリの行動が謎になるのも第一章での彼女の行動があるからこそです。そう考えると、第一章は第二章のための前提条件のために存在していたのでしょう。

 彼の内面の変化は第一章でも描かれていましたが、第二章での彼の行動がその変化を際立たせます。人は行動によって、自分の思いを表現するのだと感じます。謎を謎と感じることと彼の行動力を説明するためには、やはり第一章は欠かせません。 

ただ、そのことと第一章が読み応えがあるかどうかは別物ですが 

 提示された謎は解明し難い謎であり、蒼馬にとって見過ごすことが出来ないものです。蒼馬の違和感から始まったミステリーが、やがて確信へと変わります。ただ、その確信を揺るがす多くの謎も新たに現れてきます。謎に近づこうとすればするほどぼやけていく現実に、蒼馬は自分を見失ってしまうこともあります。蒼馬が暗中模索で彷徨うのと同様に読者も彷徨います。目的と手段がはっきりしていれば行動は起こしやすい。しかし、目的が分かっていても手段が分からない。その迷い込み方がミステリーを複雑にしています。

 また、第一章で描かれていた日常の中に伏線となる出来事も含まれていたことが、徐々に明らかになっていきます。第一章だけでは、伏線と気付けないほど些細なことも繋がっていることが分かります。核心に迫っていく蒼馬に待ち受けていた事実は、完全な予想外でした。謎が解けた時、全てがリンクし納得できる。複雑すぎて結末を予想出来ませんでしたが、その分意外性に驚きました。 

終わりに

 エピローグは必要だったのでしょうか。ユカリの病気は治ってませんがハッピーエンドです。そこに至る二人の心象は丁寧に描かれていますし納得できます。ただ、出来すぎなくらいで白けてしまいます。別にハッピーエンドがいけないという訳でもないのですが。

 結末の少し前、蒼馬が自分自身の中でユカリへの想いに整理を付け納得した段階で終わっても良かった気がします。完全なハッピーエンドでないですが、切ないハッピーエンドと言えなくもありません。最後の驚愕の事実が無くなってしまいますが。