読書LIFE ~毎日が読書日和~

本を読み、備忘録的に感想を綴るブログ。主に小説。映画もたまに。

SOSの猿:伊坂幸太郎【感想】

 「私の話」と「猿の話」のふたつの物語から構成されています。 

  共通点もなく、交わらないふたつの物語が、最終的にどのように関係していくのか。

 伊坂幸太郎ならば、きっと意表を突きながらも、納得出来る結末を用意しているのだろう、と期待してしまいます。

 

 では、結末はどうかと言うと、何とも微妙。

 

 「猿の話」は「私の話」の中で語られた物語。それが発覚した時は、確かに驚きました。

 そして、「猿の話」で登場する五十嵐真と、現実の五十嵐真に微妙な違いを作ることで、終盤に物語を一気に進展させます。

 ふたつの五十嵐真を、わざとぴったり噛み合わないようにしていることが、この小説の面白みなのでしょう。 

 

 しかし、この噛み合わなさの面白みが、爽快感を感じさせない。

 

 モヤモヤしてしまうと言う訳でもないのですが、ふたつの物語の合わさり方が、気持ち良さまで昇華するほどでもない・・・気がします。

 切れ味鋭い伏線回収とストーリー展開を伊坂幸太郎らしいと言うなら、この作品は、伊坂幸太郎らしくないのかもしれません。

  軽妙な台詞と会話の妙は、いかにも伊坂幸太郎らしいですが。

 

 

「SOSの猿」の内容 

三百億円の損害を出した株の誤発注事件を調べる男と、ひきこもりを悪魔秡いで治そうとする男。奮闘する二人の男のあいだを孫悟空が自在に飛び回り、問いを投げかける。「本当に悪いのは誰?」はてさて、答えを知るのは猿か悪魔か?そもそも答えは存在するの?面白くて考えさせられる、伊坂エンターテインメントの集大成。 【「BOOK」データベースより】 

 

「SOSの猿」の感想

「私の話」

 関係性を感じられないふたつの物語の同時進行で進んでいきます。

 その物語のひとつである「私の話」。

 家電量販店で働く30台半ばの「遠藤二郎」の視点で描かれる物語。物語の主軸は、郷里が同じ「辺見のお姉さん」の息子「眞人」のひきこもりを何とかすること。

 

 ある程度、目的のはっきりした物語なので読んでいて分かりやすい。登場する人物たちの台詞や微妙に噛み合わない会話の妙。個性の際立つ登場人物たちも、伊坂幸太郎らしさが表れています。

 この物語だけを読んでいても、結構面白い。二郎自身の行動や考え方が面白いのもありますが、脇を固める登場人物たちがさらに面白い。

 二郎の母親や、コンビニで出会った雁子。もちろん、辺見のお姉さんも。

 彼らのキャラに翻弄される二郎の様子が、ほほえましく感じます。

 

 ただ、「私の話」では、これでもかと言うほど、噛み合わない会話を繋げていきます。なので、物語の本筋が分からなくなってしまいそうになります。

 当初の本筋は、眞人のひきこもりを解消することです。その過程を通じて、「猿の話」との関係性を匂わせていくのですが、全く予想がつきません。

 先読みさせない展開は面白い反面、読んでいて迷ってしまいます。この物語は、どこに行くのだろうか。そのもどかしさを感じていきます。

  

「猿の話」

 一方、「猿の話」は因果関係と孫悟空の話。「私の話」との関連性が全く読めません。

 牛魔王や孫悟空が登場するファンタジーの世界です。ファンタジーと呼べるほどの爽やかなものではありませんが。

 物語のベースは、五十嵐真による株の巨額損失事件の調査です。現実的な物語構成の中に、非現実な孫悟空との組み合わせです。何とも妙な組み合わせです。

 

 そもそも、「猿の話」の語り手が誰なのか。

 この物語は一体何を描こうとしているのか。

 

 それがよく分かりません。五十嵐真が、事件の原因を探るために因果関係を辿っていきます。その過程で登場する「西遊記」に必然性があるのか。物語の主軸がどこにあるのか。読み進めるうちに、よく分からなくなってきます。

 ただ、事件の原因究明以外にも多くの出来事が起こります。おそらく、これらの出来事は、あとで重要な要素になってくるのだろうな、と言う予感はします。

  

 ふたつの物語の関係性

  物語の後半、「五十嵐真の話」の直前に、「猿の話」のネタバラシがあります。そのネタバラシを元に、「五十嵐真の話」として新しい物語が始まります。

 「猿の話」が「五十嵐真の話」であり、「五十嵐真の話」が「猿の話」です。そして、語り手も明かされます。

 

 ここまで来て、この繋げ方。強引過ぎる気もします。このふたつの関係性に必然性を感じません。

 ただ、「猿の話」と「五十嵐真の話」の比較から、物語は更なる展開を見せる訳ですが。

 全てが綺麗に組み合わさるパズルのような伏線回収が、伊坂幸太郎の魅力とするならば、「SOSの猿」は、彼らしくない。パズルが合わさらないことを前提に、物語を終盤に持ち込み、終わらせる訳ですから。間違い探し、あるいは答え合わせ。

 

 どこが間違っていて、どこが合っているのか。その違いの差は、どこにあるのか。物語の進行上、都合の良い合わせ方に感じます。無理があると言うほどでもないですが。

 

 それぞれの物語は面白いですし、会話や登場人物は、伊坂幸太郎らしさを感じさせます。ただ、ふたつの物語を関連付ける設定は微妙かな、と言う印象でした。