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『水車館の殺人』綾辻行人【感想】|1年前と現在が繋がった時・・・

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 綾辻行人の館シリーズの第二作目。「十角館の殺人」の次作の構想をしている際に、館シリーズを思いついたと述べています。館シリーズの第二作目ですが、著者がシリーズを意識して執筆した最初の作品です。

 「十角館の殺人」を読んだ時、私は伏線らしい伏線を読み取れなかった。終盤の犯人の一言で、謎が一気に明かされ驚かされた記憶があります。本作は、伏線やトリックが仕込まれていることが読み取れます。どのように繋がっていくのか予想出来るものもあります。読みながら謎を推理していく楽しさがあります。推理した内容通りに物語が進めば満足感がありますし、裏切られればミステリーの巧妙さに感心してしまいます。

 西洋の古城の佇まいの水車館。白い仮面。洋画。執事。古典ミステリーらしい雰囲気も引き込まれる要因です。古典的と言えば古典的ですが、今となっては新鮮に感じます。 ネタバレしています。

「水車館の殺人」の内容

仮面の当主と孤独な美少女が住まう異形の館、水車館。一年前の嵐の夜を悪夢に変えた不可解な惨劇が、今年も繰り返されるのか?密室から消失した男の謎、そして幻想画家・藤沼一成の遺作「幻影群像」を巡る恐るべき秘密とは…!?【引用:「BOOK」データベース】 

「水車館の殺人」の感想

囲気が際立つ

 人里離れた場所にある水車館が独特の雰囲気を醸し出します。中世の古城を思わせる佇まいが、これから起こるミステリーの期待感を高めます。過去のミステリー作品を彷彿とさせる雰囲気は、本作の発表当時には新鮮味があったのでしょうか。それとも当然のごとく古臭く感じられたのでしょうか。「十角館の殺人」で新本格ミステリーの旗手として注目を集めたことからも、世間から評価されたのは間違いありません。

 冒頭に書きましたが、水車館だけでなく執事・壁に掛かる洋画などは、外国のミステリー作品を思い起こさせます。海外の古典ミステリーに詳しくないのですが、同じような雰囲気を纏った作品は多数あるのかもしれません。一方、顔の火傷と白いゴムの仮面は、横溝正史の「犬上家の一族」を意識しているのでしょうか。雰囲気はオリジナリティが溢れている作品ではないかもしれない。どこかで読んだことのある、見たことがあるような気にさせる舞台設定です。だからこそ冒頭を読むだけで、ミステリー作品の雰囲気と期待感が溢れます。

 プロローグは衝撃的な事件から始まります。ミステリーが強烈に印象付けられます。もちろん、ミステリーにおいて重要なのはストーリーです。

  • どんな事件が起こり、謎が表れるのか。
  • その謎の裏には一体何があるのか。
  • どのように謎は解かれていくのか。

 事件を推理しながら読み進めていくことに楽しさを感じるためには、解くべき謎がいかに巧妙に組み立てられているかが重要ですそれと同様に作品の雰囲気も重要です。作品の雰囲気は読者を引き込む重要な要素です。読み始めてすぐに引き込めるかどうかは、雰囲気が物語に馴染んでいるかどうかです。状況に違和感があると白けてしまいます。本作は、今となれば非現実的な設定です。人里離れた洋館。閉じ込められた美少女。常に仮面を付けた主人。ただ、非現実的ながらも、読み慣れた設定でもあります。独特の雰囲気は、懐かしさも感じます。ベタとも言えますが、これはこれで王道ミステリーです。 

去と現在

 1年前と現在のふたつの時間軸で水車館を描きます。「十角館の殺人」では、同じ時間軸で孤島と本土のストーリーを描き、結末で収束させました。本作は場所は同じだが、時間軸が違う。現在は過去の状況をなぞるように進んでいきます。現在と過去がどのように噛み合ってくるのか。

 また、ふたつのストーリーは時間の進み方を同じくらいに設定して描かれています。過去の午前が描かれれば、現在のほぼ同時刻が描かれます。現在の午後が描かれれば、過去のほぼ同時刻が描かれます。過去と現在という丸1年離れた時間でありながら、時間の経過のスピードは同じです。そのことが1年前の事件を、まるで現在起こったかのように感じさせます。過去と現在を混じり合わせる要因は、登場人物にも表れます。

  • 両方に登場する者
  • 過去にしか登場しない者
  • 現在にしか登場しない者

 同じ水車館を舞台にしているので、両方に登場している人物がいることも現在と過去を混同する原因です。登場人物の発言が過去のものなのか、現在のものなのか。読み返さないと思い出せない時もあります。いつの発言なのかはとても重要な鍵になることがあります。状況や出来事も同様です。荒れた天候など1年前と同じ状況を作り出すことで、過去の出来事が過去の出来事に感じられなくなってきます。1年前の終わった殺人事件の緊張感が伝わります。

述トリック

 過去と現在を同じように描きながらも、決定的に違うことがあります。過去が3人称で描かれ、現在が1人称で描かれていることです。本作のトリックの最も重要な仕掛けです。白い仮面と白い手袋。1人称と3人称の違い。これから導き出される答えは限られています。過去の紀一と現在の紀一は別人ということです。そうすれば、現在の紀一は誰なのか。必然的に正木が浮かび上がってきます。どうやって正木は入れ替わったのか。何故、入れ替わったのか。ハウダニットとホワイダニットが重要な謎解きの要素になります。

 現在の紀一=正木を軸に考えると、多くの出来事に筋が通ってきます。古川の失踪や根岸の墜落死。1年前の焼死体。落ちていた薬指。多くの謎が繋がります。論理的に組み立てられた筋書きが見えます。正木の真の動機はなかなか見えてきませんが、彼が組み立てた殺人事件のトリックは徐々に見えてきます。ミステリーを読み慣れている読者ならずとも、どこかの段階で「現在の紀一=正木」に気付きます。

 ただ、気付いたとしても十分に楽しめます。何故なら、1年前の事件の真相を推理する作業は残されていますから。どのような形で露見するのかを推理することも残っています。謎を徹底的に隠し続けるのではなく、読みながら解き明かされていくことを想定して執筆しているのでしょう。適度に開示されていく謎解きの要素に気付きながら読み進めていくのは楽しい。難しい謎解きを求めている人にとっては簡単すぎるかもしれませんが

終わりに

 ミステリー作品としての雰囲気を感じますし、謎解きもほどほどの難易度で面白い。「十角館の殺人」ほどに驚かされる展開はありませんが、淡々と続くストーリーは一種の不気味な印象も与えます。古城や白い仮面や洋画などの小道具も物語に馴染んでいます。登場人物も少なく特徴的なので、ストーリーがスムーズに頭に入り込んできます。

 頭を悩ませながら難しい謎に挑むという作品ではありません。読者のミステリーの読み込み具合で評価が分かれる作品だと思います。私は適度な読み心地で満足出来ました。もう一度読み返すと、叙述トリックのために表現に気を使っているなと思うところが多くあることに気付きました。