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『アルルカンと道化師』:池井戸 潤【感想】|探偵半沢、絵画の謎に挑む。

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  こんにちは。本日は、池井戸 潤氏の「アルルカンと道化師」の感想です。

 

 2020年9月17日に発刊された半沢直樹シリーズの五作目です。半沢が東京中央銀行大阪西支店に転勤した直後が舞台なので、第一作「オレたちバブル入行組」の前日譚になります。

 2020年7月19日から2020年9月27日まで、TBSで「半沢直樹」の再び放送されました。「ロスジェネの逆襲」「銀翼のイカロス」を原作としたドラマは高視聴率で、前回同様半沢ブームを作り出しました。俳優たちの演技にも注目が集まったところです。

 その最終回に合わせたように「アルルカンと道化師」が発刊されました。半沢熱の冷めやらぬ内に、その勢いのまま発刊された印象です。実際、ドラマの影響で本作に興味を抱いた人も多いだろう。銀行内での戦いのみならず、顧客との信頼・バンカーとしての矜持と信念など、前四作で描かれた半沢の原点が描かれているはずだと期待してしまいます。

 一方、ドラマの影響力は相当に大きいはずで、本作に対する読者の期待も相当に高いはずです。半沢は何と戦い、何をもたらすのか。結末でどのような爽快感を得ることができるのか楽しみで仕方ない。新しく登場した人物もいる一方で、渡真利忍や浅野匡支店長、中野渡謙など見知った顔ぶれも出てきます。

 人物設定は明確で、敵味方は分かりやすい。勧善懲悪の見本のような小説です。あくまでも半沢から見た世界なので、一方的に過ぎる気がしますが。徐々に追い詰められていく半沢がどのような逆転劇を起こすのか。ページを捲る手が止まりません。 

「アルルカンと道化師」の内容

東京中央銀行大阪西支店の融資課長・半沢直樹のもとに、とある案件が持ち込まれる。大手IT企業ジャッカルが、業績低迷中の美術系出版舎・仙波工藝社を買収したいというのだ。大阪営業本部による強引な買収工作に抵抗する半沢だったが、やがて背後にひそむ秘密の存在に気づく。有名な絵に隠された「謎」を解いたとき、半沢がたどりついた驚愕の真実とは―。【引用:「BOOK」データベース】 

 

「アルルカンと道化師」の感想 

行の内実

 銀行の内実が臨場感たっぷりに描かれるのは、池井戸氏が元銀行員だからだろう。ただ、1995年に退職しているので、現在の銀行の真実とは違うかもしれません。最近は、コンプライアンスも相当に厳しくなってきています。しかし、銀行内を全く知らない読者にはとても新鮮に映ります。

 半沢が勤務する東京中央銀行は、かなりの闇を抱えています。これが銀行の本質なのか、登場人物個人の資質なのかは分かりません。

 「東京中央銀行内の勢力争い」と「顧客との関係」のふたつの軸で描かれています。銀行内の勢力争いが顧客対応に影響を及ぼすので、両者を別々に考えることはできません。資金繰りが苦しい顧客にとってはいい迷惑です。

 銀行は経済基盤を支える存在なので利益一辺倒では役割を果たせないのかもしれないが、一企業でもあるので利益を追求するのも当然です。銀行の利益と顧客の利益と社会の要請の全てを満たすことを目的とするべきだろう。それらが同時に満たされれば問題ありませんが、相反する時に銀行がどのような行動を取るかで信頼されるかそうでないかが決まるのだろう。

 東京中央銀行が収益の柱としてM&Aを推進していくこと自体は悪いことではないし、経営判断として間違っている訳でもない。むしろ時代の変化とともに銀行も変わっていかなければならない象徴だろう。銀行も利益をあげなければ存続できません。

 問題は、それらを銀行内政治に利用することです。企業であるから大きな利益を上げた者が出世していくのは当然ですが、なりふり構わず多くの他者(社)を犠牲にして成り上がっていくのは見ていて気分が悪くなります。しかし、銀行に限らず、現実の企業はそういうものかもしれません。

 東京中央銀行内のバンカーは考え方が二極化しています。自分自身の出世のために顧客が存在していると考えている者と、顧客のために銀行や自分たちが存在していると考えている者です。前者が本部の宝田や支店長の浅野たちであり、後者が半沢です。宝田たちが悪であり、半沢が善だという分かりやすい設定です。

 もちろん顧客や世間の常識から見た善悪の区別です。銀行にとってどちらが正しいかは微妙かもしれません。銀行にとっては利益を確保してくれる社員が一番必要です。銀行も企業である以上、株主に対して責任があります。その責任は経営の結果としての利益です。

 利益には短期的な利益と長期的な利益があります。短期的な利益を考えれば、顧客との関係はあまり重視されないかもしれません。しかし、長期的な利益を考えれば、顧客との関係は良好でないといけない。半沢は良好な関係から生まれる利益を求めているのだろう。銀行の利益と顧客の利益と社会の要請の全てを満たすことを理想としています。半沢は顧客第一主義ですが、利益を度外視している訳ではない。 

 

台は大阪

 大阪だからと言って、合理性よりも人情が優先するとは限りません。企業の経営者は社員の生活に対して責任があります。人情で経営判断を誤らせる訳にはいかない。様々な情報の元、最も合理的な選択をするのが経営者です。

 しかし、全て合理的に判断して人間関係を築いていけるかどうか。いざという時に頼りになるのは信頼関係であり、それは人間性の問題です。人間性の発露として人情があるのだろう。信頼がなければ、任せることはできません。また、任されるということは信頼されているということです。そのためには相手の立場に立ち、真剣に考え、行動しなければならない。

 東京に住んだことはないので大阪との違いは分かりませんが、一般的に大阪は人情の街と言う認識があるようです。人情は個人個人の特性だと思いますが、場所や地域の影響もあるのだろう。

 半沢は優秀なバンカーであるとともに、人情深いのかもしれません。顧客の仙波の意向を第一に考え、いかに行動すべきか考えます。もちろん、バンカーとしてなので、仙波の考えが現実的でなければ変更を促します。その際も、真剣になって対応します。その姿に信用が生まれます。

 M&Aを持ちかける宝田や浅野支店長は仙波の立場に立ちません。あくまで銀行のためだけです。彼らはM&Aを仕掛ける田沼の立場に立っているように見えますが、それすらも自分達の出世のためです。田沼も気付いているだろう。あくまでも、利害が一致しているに過ぎません。結果を出さなければ、あっという間に関係は崩壊してしまいます。

 半沢はギリギリまで追い詰められます。戦う相手は立場が上の人間ばかりなので、スタートから不利です。しかし、半沢は負けることを考えません。その姿勢が味方を作るのだろう。また、普段の誠実さがいざという時に協力してくれる人々を作ります。

 だからといって、半沢は銀行の利益を求めない訳でもありません。半沢は常に様々な視点から状況を見ています。だからこそ結果を出すのだろう。 

 

ステリーと経済

 本作は銀行を舞台にした経済小説です。一方、ミステリーの要素も強い。田沼による不可解なM&Aの理由を探ることが重要な鍵になります。

 半沢は、仙波に2億円の融資を実行しようとします。それを阻むのが、宝田を中心とした反半沢派です。しかし、半沢に対する意趣返しが真の目的ではないのは分かります。宝田たちの目的は別にあり、田沼のM&Aの真の目的も別にあります。仙波への融資のためには、その目的を突き止める必要があります。

 銀行員がそこまでする必要があるのかと感じざるを得ないほど、半沢はやり過ぎ感があります。銀行員の範疇を越えています。宝田や田沼の思惑のために、仙波が窮地に追いやられるのは我慢ならないだろう。半沢の行動は仙波のためでありながら、銀行の在り方を問うためでもある。

 半沢は宝田たちの動きの中に、単にM&Aを推進する東京中央銀行の方針のためだけではないと踏みます。真相を明かすことは自らの身を守るためだけでなく、宝田たちを追い落とすことにもなります。ある意味、半沢も仙波を社内政治に利用したと言えるだろう。

 ミステリーの鍵は仁科譲のアルルカンが彼のオリジナルかどうかです。仙波工藝社の壁面から現れたアルルカンが物語を進展させます。そして状況は二転三転してます。ミステリーの解決がそのまま宝田たちの思惑へ繋がっていくのは都合良さも感じます。また、渡真利から得る情報も精度が高い。半沢の銀行内の立場は宝田たちより下ですが、それ以外の面で恵まれています。

 本作はどちらかと言えばミステリーです。半沢は探偵ではないのだから、違和感があるのも事実です。 

 

終わりに

 五作目になると少しだけ飽きがきます。善悪の区別が明確で勧善懲悪で終わります。状況は五作とも違いますが、展開は同じです。非現実感も伴ってきます。実際の銀行員には有り得ない行動に映ります。

 やり過ぎくらいを読者が求めているのも事実だろう。しかし、経済小説と言えなくなってきています。一気に読みきるほどには面白いのは間違いありませんが。