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『下町ロケット ガウディ計画』:池井戸 潤【感想】|小さな宇宙「人体」への挑戦

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 前作は、続編を意識させる終わり方でした。というより続編ありきの終わり方です。「ガウディ計画」も著者の定番「勧善懲悪」を感じさせる作品です。前作から引き続き登場している人物は、本作においても生き方に全くブレがありません。ドラマの影響で阿部寛が頭から離れません。イメージ通りだからいいですが。

 前作からの登場人物は頭に入っているので、新しく登場する人物だけ覚えればいい。登場人物の相関図はややこしそうですが、意外とスッと入ってきます。善と悪の区分が分かりやすいからかもしれません。個性が豊かとも言えます。

 文章はテンポよく、難しい表現もありません。一気に読み進めてしまいます。一般的に、続編は一作目よりインパクトが落ちます。ロケットから人体へと舞台は変わります。ミクロの世界は宇宙と同じくらい壮大な世界です。夢はありますが、ダイナミックさがロケットに敵うかどうか。 

「下町ロケット2」の内容

ロケットエンジンのバルブシステムの開発により、倒産の危機を切り抜けてから数年―。大田区の町工場・佃製作所は、またしてもピンチに陥っていた。量産を約束したはずの取引はあえなく打ち切られ、ロケットエンジンの開発では、NASA出身の社長が率いるライバル企業とのコンペの話が持ち上がる。そんな時、社長・佃航平のもとに、かつての部下からある医療機器の開発依頼が持ち込まれた。「ガウディ」と呼ばれるその医療機器が完成すれば、多くの心臓病患者を救うことができるという。ロケットから人体へ―。佃製作所の新たな挑戦が始まった!【引用:「BOOK」データベース】  

「下町ロケット2」の感想

つの製品

 物語の主軸は人工弁の開発「ガウディ計画」です。そこに人工心臓の開発も絡んだりします。複数の開発計画が佃製作所を取り巻き、負担を掛けます。関わっている人間と組織が限られ交錯しているのはいかにも小説らしいところですが。

  • 日本クラインとの戦いは「人工心臓」と「人工弁」
  • サヤマ製作所との戦いは「バルブシステム」と「人工心臓」

 佃製作所は、「人工心臓」と「人工弁」と「バルブシステム」の3つの戦いを強いられます。人工心臓から人工弁の開発へと移行していく流れは理解しやすい。人工心臓から撤退を決めるのも人工弁があったからですし、経営判断もあったのでしょう。

 ただ、佃のバルブシステムにサヤマ製作所が関わってくるのは不自然さを感じます。もともと「NASA」の看板を背負ったサヤマ製作所がバルブシステムに食い込んで来ようとすること自体は自然なことなのかもしれません。問題は、サヤマ製作所が人工心臓にも関わっていたことです。サヤマ製作所の経営方針や得意分野がよく分かりません。佃製作所も手を広げすぎなところもありますが。人工心臓の開発から始まり人工弁へと続く医療機器の開発です。では、バルブシステムを取り巻く争いの役割は何でしょうか。

  • サヤマ製作所の実態描写のため?
  • 佃製作所の資金繰りの描写のため?
  • 帝国重工内の争いの描写のため?

 バルブシステムは本筋ではないので、中途半端な描かれ方をしています。コンペの緊張感もあまり伝わりません。佃製作所は全ての製品で高い技術力を発揮しますが、ターゲットが分散し過ぎています。いくつもの製品を作り、利益を上げていこうとするのは分かります。ただ、特殊な製品ばかりに開発費を注いでいる。佃製作所は最先端技術の研究所ではなく、町の製造業です。その実態がどんどん霞んできます。 

小企業の厳しさ

 佃製作所の従業員は200名程度です。大企業ではありませんが零細企業でもありません。中小企業でも体力のありそうな規模に見えます。大企業と中小企業の大きな違いは資金力と信用でしょう。資金力が技術力の差となり、信用が製品の売れる原動力になります。中小企業はスタート地点から差が付けられています。

 佃製作所が真に追い詰められるのは資金です。前作でも資金難は重要な要素でした。本作で物足りなさがあるのは、資金難の苦しみがあまり伝わってこなかったことです。銀行が登場しなかったことも理由のひとつかもしれません。 資金難は描かれていますが具体的でない。資金繰りが上手くいかなければ会社が行き詰まることは描かれていますが、緊迫感をあまり感じません。いつまでにいくら不足するとか、銀行との借り入れのやり取りとかが描かれていないからでしょう。殿村が冷静に資金を管理する姿もあまりありません。彼まで情熱のままに進んでいます。お金より情熱を優先しているようで現実感がない。 

 日本クラインもサヤマ製作所も金銭的背景が描かれません。サヤマ製作所の台所事情に余裕がないことは描かれていますが、やはり具体的な数字が出てこないことが物足りなさを感じます。佃製作所は技術力があり200名ほどの従業員を抱えています。バルブシステムの供給は大きな利益を生まなくても、技術力をアピールしているはず。何故、資金力で負けてしまうのだろうか。

 前作では小型エンジンの利益をバルブシステムにつぎ込んだことによる社内の軋轢がありました。人工弁の開発でも同じ構図があったのだと思いますが、それほど不満が目に見えません。中里の不満も開発への不満であり、一方的な思い込みです。全般的に佃製作所は円満であり、現実的な側面が伝わらない。サクラダは本業からの利益を人工弁開発につぎ込んでいます。弟の不満が兄弟間の軋轢を生んでいます。金銭の問題は、中小企業にとって最も重要な事項です。そのことが緊迫感を伴って伝わりません。 

事人間たち

 プライベートがない。あったとしても仕事に結び付くプライベートばかりです。サクラダの社長の娘の死はプライベートですが、人工弁の開発と強く結びついています。人生は仕事だけでできている訳ではありません。仕事とプライベートの両方があって人生が生まれます。佃のプライベートはもちろん、殿村・山﨑などの重要人物も私生活が垣間見えません。人工弁の開発を任された若い二人も仕事に全てを懸けています。

 犠牲にしているプライベートがあるから夢を追う姿勢が際立ちます。仕事とプライベートのバランス感覚がありません。果たして人生を楽しんでいるのだろうか。仕事の達成感だけで生きていけるのだろうか。人生の一定の時期は、全てを仕事に懸ける必要があります。ただ、登場人物の全員が今なのだろうかと疑問も残ります。

 年代によって仕事に対する姿勢も違います。ですが仕事に対するスタンスは、全員が同じに見えます。同じ方向を見て一体感が有り過ぎます。仕事人間が悪い訳ではありません。しかし充実したプライベートがあってこそ、仕事に能力を発揮することができる側面もあるはずです。

 具体性はないが、佃製作所の金銭的困窮は多少描かれています。資金に行き詰まった時、最初に削減されるのは人件費です。人を減らすか給料を減らすか。資金の問題は、給料を通して人間関係に大きな影響を及ぼします。給料をもらって働いている以上、正当な対価を求めるのは当然です。しかし、佃製作所の給料のことは描かれません。仕事よりもお金を優先する人がいるはずなのに、誰もが仕事寄りの考え方をしています。200名を擁する会社にしては家庭的過ぎるのも違和感があります。佃製作所の一枚岩振りは少し度を越しています。

 仕事を充実したものに見せるためには、プライベートが必須です。ドラマティックであるが現実的人間劇からは離れてしまった。 

終わりに

 著者らしい勧善懲悪ものですが、物足りなさを感じます。そもそも佃製作所が負ける要素を感じません。絶対的危機感がないから、逆転した時の爽快感が少ないのでしょう。絶対的危機感のなさは佃製作所のアキレスけんである資金を生々しく描かないからでしょう。

 悪役も中途半端な印象で小者に見えます。結末で、今までの悪者が被害者へと変わる。みんながいい人に近づいていく。丸く収まるのはいいですが消化不良です。前作の面白みに比べればトーンダウンした印象を拭えなかった。