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『あるキング』:伊坂幸太郎【感想】|Fair is foul , and foul is fair

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 こんにちは。本日は、伊坂幸太郎氏の「あるキング」の感想です。

 

 著者は、作品が文庫化する時に加筆・修正することがあります。前回読んだ「モダンタイムス」もそうでした。「あるキング」も、雑誌連載時・単行本・文庫とそれぞれに加筆修正されてます。

 単行本化の書き直しの時は、本筋は同じだが違った雰囲気の小説になっていると評しています。文庫化の時の改稿の際は、連載ヴァージョン・単行本ヴァージョンとも違う奇妙なものになった気がしないでもないと書いています。「あるキング」においては、それでもいいような気もするとも書いています。  

 私が読んだのは文庫版です。雑誌連載や単行本を読んだ方は違和感を覚える感想になるかもしれませんが、ヴァージョンが違うということでご容赦を。 

「あるキング」の内容

山田王求。プロ野球チーム「仙醍キングス」を愛してやまない両親に育てられた彼は、超人的才能を生かし野球選手となる。本当の「天才」が現れたとき、人は“それ”をどう受け取るのか―。【引用:「BOOK」データベース】 

 

「あるキング」の感想

「マクベス」

  マクベスを読んだことはありません。有名な話なので、何となく知っている程度です。その劇中の有名な台詞が、この物語の様々なシーンに登場します。

 「Fair is foul , and foul is fair」

 禅問答のような台詞で抽象的です。マクベスでは、魔女が発する言葉です。魔女を魔女らしくするための台詞。人間には理解し難いし、どんな解釈でも出来そうです。文庫冒頭に、この日本語訳が6つ書かれています。

 

きれいは汚い、汚いはきれい。 -松岡和子訳ー
いいは悪いで悪いはいい ー小田島雄志訳ー
きれいは穢い 穢いはきれい。 -福田恆存訳ー
輝く光は深い闇よ、深い闇は輝く光よ、 -木下順二訳ー
晴々しいなら 禍々しい、禍々しいなら 晴々しい -安西徹雄訳ー
きれいは汚い。汚いはきれい。 -河合祥一郎訳ー 

 

 直訳的なものから意訳的なものまで様々です。正反対のものが、本当は同じことだと言うことなのか。人それぞれの見方によって物事の性質は変わるということか。物語の様々なシーンで登場する台詞ですが、その都度、使われる意味が微妙に違っている気もします。

  この抽象的な台詞のおかげで、物語が理解しづらくなっている気がします。ストーリー自体は分かりやすいですが、随所に登場する魔女とこの台詞が物語に理解し難いものを与えます。ストーリーが複雑化します。 

 フェア・ファールから野球の話になり、王から絶対的な実力を持った野球選手の話になったという安直な理解もできます。もちろん、これ以上の意味を持っていると思いますが。理解しがたい台詞があるために、軽快さがなく爽快感も感じません。伊坂幸太郎らしくない小説ということですが、確かにそうです。 

 

球に興味が・・・

 天才なのか努力の人なのか。
 主人公の王求は、どちらも兼ね備えた人物です。野球の王として生まれてきます。生まれた時から、決まっていたように描かれます。彼の異質さが野球を通じて描かれていきます。 

 ただ、野球に興味のない人には退屈であまり引き込まれないかもしれません。王求のすごさは分かりますが、そのすごさを本当に理解できるかどうか。

 王求の両親が抱く地元球団に対する熱狂的なファン感情も、理解はできるが実感できない。興味のない分野の話なので、どうしても感情移入できません。それほどボリュームがないので最後まで読めましたが、モダンタイムスくらいのボリュームだったら途中で挫折したかも。 

 

終わりに

 今までの伊坂作品と違います。読み終えたあとの爽快感はあまり感じず、気持ちがスッキリする結末でもありません。何かモヤモヤした状態で終わってしまった気がします。

 好みが別れると思いますが、私は好みではありませんでした。ただ、バッティングセンターで王求と管理人が話したガンダムのくだりは面白かった。